1215年 ラテラノ教会会議と言うものがありました。
仮体説の教理が具体的に定義する人間の教えを
取り決めた会議です。
プロテスタントでは、その様な教理を取り入てていない
ですが、カトリックでは、仮体説と言う教えを造りました。
仮体説とは、カトリックの”ミサ”の儀式の中で、
司祭が聖別した聖体<パン=種入りパン>と葡萄酒が
キリストの体と血に変わると言う教理、神学です。
今もカトリック教会の中で健在の教理です。
反ユダヤ主義に油に火を注ぐ要因になるものなのです。
まず、知らないとならないのは、カトリック、
キリスト教会の中で、聖餐式と名付けられている儀式は、
一体聖書のどこから来たものなのか?を、
ちゃんと事実に戻り、再認識する必要があります。
この聖餐式とは、カトリックキリスト教会が名付けたもので、
実は、“過ぎ越の祭り”のセダー<順序>と言う
晩さんの儀式の中で、行なわれるものなのです。
事実だけに戻って、全てを確認すると分かります。
過ぎ越の祭りを毎年春に祝う度に、過ぎ越の晩餐の儀式で
イエシュアがされた、意図した、同じ儀式をするならば、
始めて丸ごと神の意図通りのデザイン、実質、中身、
実態が、体験出来るのです。
どこかを端折ったり、変形しては別ものになるのです。
これは、主の日=神のデザインした記念日の中で
行うものなのです。
”過ぎ越”の祭りの中で、行なう儀式なのです。
詰まり、過ぎ越の祭りを祝わずしては、本当の聖餐式も
成り立たないと言う事なのです。
そして、一般に今教会の中では、聖餐式の儀式に使うパンは、
パン種が入ったパンを使います。
でも、聖書のオリジナルのこのパンと葡萄酒を頂く儀式は、
“マッツア”=種無しパンなのです。
聖書の中に書かれている神のデザイン、意図されたものと、
人が作り出した教えでは、様々な違いがあるのです。
神の言われた通り、神のデザインした通りを、人はして
始めて、神の実態を地上で映し出す事が出来るのです。
週に一度のシャバットの時は、ハーラーと言う普通の種入り
パンを頂きますが、これは、過ぎ越の祭りの晩さんの中での
儀式とは、違う意味であり、区別されているものなのです。
中世の西洋宗教教会、その頃はカトリックと呼ばれる
グループのみですが、これが、聖体が現実に、キリストの体、
血に変化すると言う教えを作り出しました。
聖書の中に出て来る儀式に使われる“物”は、影です。
実際の物ではないのです。
でも、その”物”を通して、”儀式”を通して、
目に見えない実態を体験する事を繰り返すのです。
文字や、楽譜や、その他コードと同じです。
コード化されたものを、そのまま意図通りに取り出し、
表現すれば、現れ出る物は実態となって見えて来ます。
内側に取入れる情報は、生きたものとなるのと同じ事です。
聖書を読むと気がつきますが、様々な自然界にある物で、
神の真理を様々に表しているのです。
木、枝、種、水、地、目、顔、乳房、光、岩、荒野、羊、
王、子、父、etc etc
その物質を以って表される神の性質の本質を
述べているのです。
救いの岩と言ったら、神は岩と言って居るとは誰も思わない
はずです。岩、荒野を着いて来た岩、建物の土台となる岩が
何の意味があるのかと言う深い所を知れば、その言葉で表現
される、実態、実質、内容を理解し、受け取れるのです。
ですから、儀式で使われる、マッツア=イエシュアの体に
変身すると言う教えは、人間が作り出した教えなのです。
当然でしょう。
しかも、この聖餐式で使われるパンは、種入りパンですから、
これまた聖書の真実とは意味が違うものになり、
詰まりパン種=要らないものが削ぎ落とされた姿
=新しくされた人で表される、完了の業の事実、
実態が表されない事になるのです。
パン種が入ったら、この聖餐式と名付けられている儀式の
意味が聖書の儀式とは、全く違うものになってしまいます。
この西洋宗教が作り出した、パンや葡萄酒がイエシュアに
変わると言う教えの上に、
聖体冒涜と言う教えが造られました。
ユダヤ人が聖体を冒涜していると言う噂です。
ユダヤ人がカトリックの聖体を盗み、十字架につけるために
それを、きりや、釘で突き刺し、焼いていると言う都市伝説、
町の噂です。
とにも、かくにも、反ユダヤ、ユダヤ人への嫌悪をつのらせる
噂が世間を飛び交った行ったのです。
この様な、中傷、誹謗、噂は、関東大震災の時に、日本でも
あった噂と同じです。
ある国籍の人達が、水に毒を盛り込んだと言う噂に、
人々が踊らされ、恐怖心をあおられた事。
この様な、只の噂でも真実だと信じられ、伝達されれば
真実同等の取り扱いをされてしまうのです。
嘘でもずっと言い続ければ、大衆には真実だと
受け取られて行くと言う事です。
このねつ造された噂は、挿絵付きで当時のドイツ
1400ー1500年に出回りました。
その都市伝説は現代でも、健在なのです。
続く