神の言葉と、人の教えには大きな壁、隔たり、誤差がある | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

現代で使われる、何何〜と言うタイトル、言葉。

たとえばカトリックとか、クリスチャンとか、モルモン、

エホバなどなど、色々数があると思いますが、

1世紀の時代には、その様な教えは、

どれも存在していなかったのです。

 

”クリスチャン”イコール、現代で使われる様な意味では、

その言葉は、聖書の中では使われていなかったのです。

クリスチアヌスと言う言葉は三カ所、

使徒に2回と1ペテロに一回出て来ますが、

”キリストに付いて行く者”と言う当時のあだ名です。

詰まり、イエシュアに付いて行く人ですが、

現代の様な、ローマ皇帝コンスタンテイヌスが造った

宗教の教えに付いて行く人と言う意味では、

使われては居ないのです。詰まり、人間が作り出して、

改ざんされた宗教などを信じている人達は居なかった。

 

イエシュア=トラーの中身を、イエシュアが示した

通り信じて生きた人達=”ハ デレフ”です。

 

キリストに付く=イエシュア=トラーを、信じて、

生きる人達と言う意味だから、現代のそのタイトルの中身、

実態とは、大分誤差があると思うのです。

 

プラス、トラーの中身を、ヘブライ人とそして少数の

異邦人達は、”イエシュアを信じる人達”が皆、

丸ごとトラーを信じて、生きていた事実に注目してみると、

1世紀の”イエシュアを信じる”彼らの信仰と、

現代の宗教の教えとは大きな隔たりとズレがある事、

かけ離れている事が分かるのです。

 

大きな違いは、”イスラエルの神の言葉”を

どの部分も削除したり、付けたししていない事。

 

イエシュア=生けるトラー=文字で書かれたトラー、

イエシュアが解説した、トラーの実態、生き様、

イエシュアが示した、本物の意味のトラーの解説、

トラーを宣言した方直接から、生き様を通しても

トラーの中身=人間の本当の姿を教えられた。

イエシュア=トラーの中身そのままの生き方を、

丸ごと全部を生きて居る人達を、

”ハ デレフ”と呼んで居たからです。

 

イエシュア=救い主を信じている。

聖書=トラーにある通り=神の言葉の通りを信じている。

でも神の言葉を改ざんされた、4世紀にローマ皇帝が造った

西洋宗教を信じてはいない”ハ デレッフ”と言う人達がいる。

生粋の神の言葉だけを信じる人達。

 

4世紀に出来た西洋宗教の教えを信じる人達もいる。

その後様々な教えに分裂して色々な宗教が出現しています。

宗教と言うカテゴリーではなくても、何何と言う

デノミネーション、宗派、考え、派閥と言う様なものに

分裂して行く。それぞれの教祖様や、リーダーの考えに

色塗られた”神の言葉”を信じ込まされて行く。

一旦人の教えが混ざる、神の言葉が付けたし、削除されると

どの様にでも変形した教えが出現し続けて行くのです。

 

同じ神を信じているはずなのに、信じている同じ神の言葉の

内容は、同じ意味、”一つ頭脳”で、信じていないと言う事だと

思うのです。

 

でもその人造の混ぜられた教えに賛同していない、

只只聖書だけを信じている人達が世の中にはいるのです。

イエシュア=救い主を信じて、聖書、神の言葉を削除、

付けたし、改ざんしないで、アブラハム、イサク、

ヤコブ、ヨセフ、古代の人達、預言者、そしてイエシュアと

同じ、パウロや使徒達と同じ様に、何も変わらずトラーの

中身を生きている人達が世の中には居るのです。

 

 

続く