イエスさまを信じる人達、ユダヤ人と
異邦人は当時はどう呼ばれていたの?
使徒
9 :2
19: 9
24: 14
24 :22
26 : 5
イエスさまを、信じる人達を、この道”ハ デレッフ”と、
呼ばれていた。
でも、それはトラーを捨てて、新しい教えを信じる人の
グループという意味ではない。
エッセネ派や、パリサイ派、サドカイ派そういう中の一つ。
当時は、イエシュアを信じる人は殆どがユダヤ人だった。
そして、使徒11:26
アンテオケで、始めてキリスト者と呼ばれるようになる。
これ、侮辱的意味合いのある あだ名だった。
しかし、これはキリスト教という宗教を,
信じていたからではなく今までと変わりない、
イエスさまの教えられたモーセの教え、太古からの
教え、旧約聖書を信じ、生行きていた事を、心に留める。
ルカの福音書以降は、キリスト者という言葉は、出て来ない。
そして、トラー、預言書、諸書に、わたしの事が書いてあると
イエシュアが言われた通り=イエシュア=救いの
全てはちゃんと書かれれている。
太古から語り継がれる同じ福音なのです。
弟子達自身は、イエスさまを信じる、ユダヤ人 そして、
それに加えられた異邦人を
マセーテス(ギリシャ語)
弟子、生徒 イェシュアの弟子
と、自ら呼んでいた。
新約で 222回出て来る言葉である。
そのうち25回を、使徒行伝で使われている。
キリスト教は、70AD、神殿崩壊の後、出現する
別の教えなのである。
イエス様や、弟子や、パウロが造った教えではない。
以前に書いたように、色々な教えをそぎ落として、
変えてしまった宗教=西洋宗教。
さて、初代のキリスト教の教祖達がどんな人達であったか。
それは、ヘレニズム文化 ギリシャアカデミーを出た
西洋思想の、人達のみ!もちろん、ヘブライ人は1人も居ない。
イグナチオや、その他大勢。
ユスティノス、テルトゥリアヌス、エイレナ,イオス
詳しく調べてみれば、どれだけ、かけ離れた教えなのか分る。
聖書を削ぎ落としては駄目とイスラエルの神が言われた事に
反した事をした。
プラトンやら、アリステレスやら そういう反聖書思想に
どっぷり浸かったものを、西洋宗教という新しく人間の都合で
造られた宗教の中に持ち込んでしまった。
道理で、信条が大事、心が大事と言う教えなのね。
全ては喩えである、現実ではないと言う教え。
私達の生きるが主の姿、実態であるなら
その行動も、主のトラーにある行動が出来るのが
自然なのに。
体は悪い汚いもの、精神は美とか。
主はそういう風に、私達を創造されていない。
すべて主の創造は 美!究極の美。私達の存在全ても。
そうそう、心とか体が分かれているというのも、ギリシャ思想。
ヘブライ思想は、完全 一つ。全然違う。
入り込んだ。うまい具合に、隙間から
浸透している、主の意図してない教えが。
ああ あの破壊された地球のラストシーンみたいに。
不純物が紛れ込んだのは、ここからだったんだ!
神の言葉は永遠不変なのに、人間が手を加えては見えなくなる
のは、免れない。