何とかなるさ...の世界!? -206ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。


私達の新居が決まり、6月末から主人が早速その家に住み始めました。



殆ど何もない状態のがらんどうの家を、これから私達の家らしく作り上げて行く作業が始まります。



残念ながら、主人も私も本格的なDIYかなづちに関しては初心者も同然。



しかし、幸いにも伯母さんを含め、主人の親類の人たちは、DIY刷毛経験者ばかりで、結構手伝ってくれたので大分助かったのは確かです。



このDIY木工用ボンド期間中、勿論のこと、長屋のご近所さん達(両隣)とも顔見知りとなったのですが、実はこの両隣のご近所さん達が、後々私達にとって、目の上のたんこぶとなることを、誰がこのとき知り得たでしょう...。




つい先程、次男のエリエリが大の仲良しのお友達の家族と一緒に、ポンティンズ というホリデープレースに出かけて行きました。


金曜日までは帰ってきません。


思いっきり楽しんでくることでしょう。


ということで、モンキーおさるが一人減って大分静かになるに違いありません。はは


何せ、行く間際まですごい興奮状態だったので、少しは平和が保たれるかと思います。


...が、もう一人のモンキーさる(ヨシヨシ)と私、二人だけがこの家に残されています。


というのも、主人も先週の金曜日に腸を繋げる手術を受け、ただ今入院中だからです。


この手術は、昨年末に破裂した大腸憩室炎 で切断した腸の部分を再び繋げるためのもので、半年以上たった今ようやく手術する運びとなりました。


さすがイギリス、段取りが遅いこと遅いこと(医療費が無料なので仕方ないですが)...。


それでも、退院させるのは早い訳で、おそらく今週の水曜日か木曜日には、病院を追い出されるのではないかと思います。汗




昨日、主人のお父さんの家に、子供達を連れて行ったところ、ステップマムから私達宛ての封筒を渡されました。


記念日でも何でもないけど、一体なんだろうと思いながら封を開けてみると、そこに書かれてあったのは、何を隠そう、ゲイさん虹になってしまった主人のハーフブラザーのシビルパートナーシップの披露宴の招待状でした汗(彼のハーフブラザーに関してはこちら を参照)。


私は、内心「来たナー!」と思いました(何が?って感じですが)。


その披露宴は9月の末ということで、まだ2ヶ月も先ですが、一応子供達も連れて披露宴に行こうかと主人と話しています。


主人は、結婚式に出席するものだと早合点して、私に「彼等は皆の前でキスするのかなー、やっぱりするんだろうな、誓いのキスだから...」などと言っていましたが、私は、結婚式じゃなくて披露宴の方だということを伝えました。


だから、二人がキスする瞬間は見なくて済むと思います(何だか複雑)。


まー、二人が幸せなら、それに越したことはないのですけど...。


クリスチャン的には、いよいよ本格的に週末、いえ元い、終末が近づいている気がしてなりません。


ユダの手紙(5~8節)にはこう書かれてあります。


5)あなた方は、全てのことをすっかり知っているにしても、私はあなた方に思い出させたいことがあるのです。 それは主が、民をエジプトの地から救い出し、次に、信じない人々を滅ぼされたということです。        


6)また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたち

を、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗闇のしたに閉じ込められました。


7)また、ソドム、ゴモラ および周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。


8)それなのに、この人たちもまた同じように、夢見る者であり、肉体を汚し、権威ある者を軽んじ、栄えある者をそしっています。

 



私とヨシヨシが現地に到着したことにより、役場の方で本格的に共栄住宅を探してくれることになりました。


その後、一週間くらいで空きがあるという知らせを受け、早速その家を見に行きました。


その家というのは、4軒が連なったテラスドハウスでした。


道路を挟んだ真向かいにローカルパブ、そして斜め向こうには、幾つかのローカルショップが軒を並べていて、利便的には良さそうではありました。


道路から家の玄関までは、木の柵が張られているものの、殆どお隣さん同士と共有のようなフロントガーデンがありました。


家の中に入ると、一階にリビング、キッチン、その横に小さなダイニングルーム、そして階段を上った突き当たりにバス・トイレルーム、その他に調度良い広さのベッドルームが二つあり、お勝手のドアを開けると、そこは少し荒れた裏庭になっていました。


さて、この家の第一印象はというと、実のところ今一だったのですが、お世話になっている伯母さんの手前、やはり一日も早く私達家族3人が住む家を見つけなければと思い、すぐ借りることに決めました。


今思うと、もう少し考えれば良かったのでしょうが、伯母さんの負担を考えると、とにかく早く伯母さんを解放してあげなくては、という思いの方が選考していたため、その時は後のことなど考えずに決めたのです。


とはいうものの、その家に私達3人がすぐに住むには、ちょっと無理がありました。


なぜかというと、いわゆるDIYかなづち刷毛作業を施さなければならない箇所が結構あったので、とりあえず主人が先にそこに住み始め、ある程度住環境が整ったら、ヨシヨシと私がそこに引っ越すという形をとることにしました。


なので結局、その後の3週間も私達は、伯母さんの家で過ごすこととなったのです。


私としては緊張しながらも、伯母さんの家での生活を楽しませてもらえたので、とても感謝しています。



2003年6月下旬、私は再びイギリスの土を踏む事となりました。


今度は、新しい家族ヨシヨシも一緒です。


ロンドンのヒースロー空港に無事到着した私達3人は、そこからノースウェストにある主人の育った町へ、電車で向かいました。


途中、ちょっとしたトラブルがあったものの、何とか夜の10時過ぎ、私達の家が見つかるまでの滞在先となる、主人の伯母さんの家に辿り着いたのです。


でも、そこに泊まるのは、私とヨシヨシだけ...。


主人は、その時既に妹さんの所にお世話になっていました。


伯母さんは、一人暮らしをしていて、空いている部屋が一部屋あったので、ちょっとの間だったらということで、私とヨシヨシを快く受け入れてくれたのです。


彼女は、私のお気に入りの伯母さんで、結婚式の前の二日間をそこで過ごしたことがあり、何となく勝手が分かっていたので、私としては安心でもありました。


そんな訳で、いよいよイギリスでの新しい希望に満ちた(!?)、私達家族3人の生活の幕開けです。