何とかなるさ...の世界!? -113ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

いよいよ第三神殿建設に向けて本格的な活動が始まろうとしているようです。

 


キュロス王とトランプ大統領の二人の顔が重なり合った肖像画が表面に、神殿の絵が裏面に描かれた記念コイン。このコインを紹介している人は、トランプ大統領をキュロス王に重ねて、彼等が第三神殿の再建と主導をすることを望むと宣言しています。そして、女性記者の「それはいつ建てられますか」と言う質問に対して、彼は「非常にすぐです。既に始まっています」と答えています。

 

これは驚くべき聖書の預言の瞬間です。数年前に第三神殿の建物について話し出すことは馬鹿げたことで、イスラム世界に囲まれている事を恐れて、第三神殿を建てる事について敢えて触れず、イスラエルの国民は信じられないほどの否定的な反応をしたものでした。

 

今日ではそうでなくなり、この第三神殿が建てられる事は間違いありません。また事実、とにかく私は聖書の言葉を読んでそれを知っていました。その言葉は、ある日あらゆる国々の人々がエルサレムに集まり、王を崇拝し、仮庵の祭りを守ることを告げています。

 

そして、イスラエルが建国70周年目であることが信じられません。

トランプ大統領が国家としてのイスラエル設立70周年の記念日である2018年5月14日に、エルサレムをイスラエルの首都であると宣言し、それから、アメリカ大使館をエルサレムに移し開くとしています。また、それだけでは物足らず、今世紀で最長のエルサレムに直接かかるブラッドムーンを体験しました。

 

その後、赤い雌牛が8月28日に誕生しました。従って、世紀最長のブラッドムーンは、7月27日だったので、その雌牛はその約1ヵ月後の8月28日に生まれ、第三神殿の生贄のため、赤い雌牛としてサンへドリン(最高法院)によってその資格を授与されました。雌牛の灰は今日2018年12月10日(ビデオ撮影日)、第三神殿となる石の祭壇に奉げられています。

 

実際の式典の写真と事実、その映像の一部を今お見せしましょう。

 

― 映像 ―

 

ホセア6章6節

わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。

全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

 

― 映像 ―

 

「アメリカ、アメリカ人よ。私達は少し説教されている事を知っています。そして、間もなくすぐに、人となったヨハネが現れ、エルサレムから世界を支配し、私が救世主であると宣言するでしょう。

しかし、これは歴史の終焉ではありません。ユダヤ人たちはこれを歴史の終わりだと言うでしょう。ヨーロッパに騙されていたキリスト教徒は目を覚まして目をこすります。そして、彼等は少しの待ち時間を節約します。エルサレムでこの日、彼はメシアだと言います。彼はマリアの息子ではありません。再臨するメシアはマリアの息子です。この息子はマリアの息子ではなく、イエスでもありません。

 

私達があたかも騙されているかのようです。私達は、騙されているという講義を聞いているかどうか知らないと、彼等に言っていますか。これはメシアではなく、偽のメシア、反キリストです。

 

そして、これは歴史の終焉ではありません。ユダヤ人達は祝っていますが、これは歴史の終わりではないのです。歴史は真のメシアが再び来られる時に幕を閉じます。」

 

― 映像 ―

 

「ユダヤ人の救世主像のためには、幾つかの重要な事が起こらなければなりません。救い主が到着するためのユダヤ人の考え方では、私達(クリスチャン)が考える救い主のようには考えられないのです。私達は、神の御子として誕生したイエスの雛形を救い主と考えます。それは、ユダヤ人の救い主に対する見方ではありません。彼等は王を探し、政治指導者を探しているのです。実際のところ、彼等の救い主は油注がれた者を意味します。そしてそれは、王に油を注ぎ、これが神の人であることを認識させる古代の時代に遡ります。」

 

― 以下省略、映像 ―

 

The Third Holy Temple Plans Have Begun

 

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エゼキエル8章6節

この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは彼らのしていることが見えるか。イスラエルの家は、わたしの聖所から遠く離れようとして、ここで大きな忌みきらうべきことをしているではないか。あなたはなおまた、大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」

 

第一コリント7章29節

兄弟たちよ。私は次のことを言いたいのです。時は縮まっています

 

以下に紹介するビデオでは、神様は私達の中に存在する罪を憎むのであって、決して私達人間を憎むのではないということが理解できるのではないかと思います。

 

 

スティーヴン: 私は父を愛し、その愛を渇望していました。私はただ父に認められたいがために、人並み以上の努力をしました。

 

スティーヴン・ベネットは、父親の愛情を勝ち取る事が全然出来ませんでした。アルコール依存症だった彼の父親と違い、スティーヴンは芸術やスポーツ、女の子の友達を好みました。その事が、ティーヴンが非常に恐れていた父親や同級生からの侮辱という集中砲火をもたらしたのです。

 

スティーヴン: いつも自分が違うと感じ、自分の正体に苦しんでいました。僕はゲイなんだろうか。僕は奇妙なんだろうか。

 

それから、11歳でスティーヴンは家族の友人だった男性に虐待されました。

 

スティーヴン: 私の十代全般は、ただ自分の殻に閉じこもる時代でした。私は何が起こったのか、母にも父にも、また誰にも絶対に告げることはありませんでした。私は、ただ音楽や芸術にだけ没頭し、孤独になって行きました。それは、本当に私と男性としての自分の考えに影響を与えました。

 

全学年を通して、彼は男性と一緒にいたいという願望と戦いました。

 

その後、プラット・インスティテュートオブアートアンドデザインの新入生の年の夜のパーティーの後、初めて同性愛者と出会い、18歳になるとすぐに、彼は隠れるのを止める時だと決心しました。

 

スティーヴン: そして、漸く自分を出せたその翌日、とても自由になったのです。私がゲイの男であっても、最終的に大丈夫だという意味で解放されました。これが人々が受け入れる必要のある私なのです。そして、その時から私にとって11年間の同性愛者生活への転落が始まったのです。

 

大学を中退した後、スティーヴンは肖像画アーティストとして成功します。

 

1981年、エイズの流行がニュースのヘッドラインになりました。多くのスティーヴンの友人やパートナーの命を奪った病気は、彼を薬物やアルコールの使用へと追い詰めて行き、彼はまたそのライフスタイルを受け入れることを固持しました。しかし、彼は自分が嘘をついて生きていた事に気付いていたのです。

 

スティーヴン: 私はゲイなんだろうか。本当にゲイなんだろうか...。私はいつも知っていたと思うし、人々は僕がそのように生まれたのだと言ったものでした。そして、僕の中の深層心理が、それは本当の自分ではないのだと知っている事を繰り返したのです。

 

リハビリを通してスティーヴンは、彼の薬物とアルコール依存症を克服しましたが、彼は何年も同性愛者のライフスタイルに深く関わっていました。

 

そんなある日、幼馴染のキャシーが彼を訪ねて来ました。

 

スティーヴン: 「お邪魔して、イエス様と貴方の同性愛の事についてお話しても良いかな。私が意味しているのは、これら二つのことがお互いに何をもたらすのかということです。」

 

スティーヴンは彼女と会い、静かに耳を傾けました。

彼女は聖書の中から同性愛に関する節を読みました。

 

スティーヴン: 彼女は終に私が見た事のない、聖書の第一コリント6章9~11節(※)に辿り着いたのです。人殺しや同性愛者、これら全ての人々は神の国を相続できません。しかし、11節が私の人生を変えました。それは、ある者達はそういう者だったが、あなた方は洗われた、と言っていたのです。あなた方は神の聖なる者として聖別され、神の前で正しくされたのです。私はこれまでこの箇所を見た事がなかったので、彼女に「ちょっと待って、君はゲイの人々が変わる事が出来ると僕に言っているの?」と言いました。

 

キャシーはスティーヴンに神が彼を愛し、助けて下さることを証しました。

 

しかし、スティーヴンは変わる事には興味がありませんでした。彼は、パートナーが他の男性と一緒にいる事を明かされるまで、パートナーを愛し受け入れ信じる関係にありました。

 

スティーヴン: 彼が私にこれを打ち明けた時、心にぐさりとナイフが突き刺さるようでした。彼がしたことは、根本的に「僕は君にとって不十分だから、君には他に良い人が必要なんだ」という意味です。彼がそう言った時、私は心の中で「全部同じで絶対に変わることなんかない」と言っていました。

 

拒否されたスティーヴンは聖書を開き、答えを探しに教会にさえも行きました。

 

スティーヴン: でも次の一年半、少しずつ神の御言葉が文字通り私を内側から変え始めたのです。神が一晩中、私の目から盲目を取り除いてくれました。そして、ここで私は知らなかった神に赦しを叫んだのです。

 

彼はキャシーを呼んで、何が起こったか説明しました。

 

スティーヴン: その日、彼女と祈る事が最善の方法であると私は知っていました。パートナーの家の電話越しで、泣きながら私はキリストに私の心に入って下さいと求めました。そして文字通り、その瞬間、私の上に平安を感じたのです。その感覚を説明すのは容易いことではありませんが、大量の煉瓦が私の肩から持ち上げられたように感じたのです。

 

スティーヴンはパートナーを離れ、イエス・キリストとともに歩む新たな人生を始めました。

 

時間が経つにつれ、彼は父親も実は難しい幼少時代を過ごしていた事を知り、赦しました。スティーヴンは、彼が父親と話した日のことを覚えています。

 

スティーヴン: その日、父は私を抱きしめ頬にキスをしました。そして、初めて「スティーヴィー、愛してるよ」と言ってくれたことを覚えています。また、「申し訳なかった」とも言ってくれました。そして、その瞬間、私の同性愛が壊れたと正直に言う事が出来ます。ご存知のように、何年もの間、私は他の男性の腕の中で、父の愛を探していたのは分かっていました。勿論、性的にではなく、私は父の愛を求めていたのです。今、私は本当の物を手にしています。

 

その後、1993年、彼はアイリーンと結婚し、現在10代になる二人の子供をもうけました。

 

彼等はまた、ゲイとレズビアンのコミュニティーにイエス・キリストを通してもたらされる愛と希望のメッセージを伝える働きを始めました。

 

スティーヴン: 私には、エイズで亡くなって墓地に埋葬された、数多くのパートナーや友人達がいます。私が感染していないのは奇跡です。しかし、私は私の人生において神がなさってくださった事を伝えます。私は毎日、妻や子供達のために神に感謝します。神は、悪夢だった私の物語を取り除いて下さいました。そして、私の今の現実は、時々おとぎ話の中で生きているような感じがします。私は、今までの古い自分に絶対に戻りたくないし、戻る理由もありません。今私は、本当の物を手にしています。

 

※第一コリント6章

9)あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、

10)盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。

11)あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。

 


法的に今日の教会は法人です。ご存知だと思いますが、全ての企業が持続可能になるには、ある程度の成長が必要なのです。教会法人にとって、これは会員資格を意味します。教会が大きくなれば大きくなるほど、諸経費を払うために会員の数を増やす必要があります。明らかにこれは、教会法人がより大きく成長するにつれて、群集に奉仕するように、益々刺激を与えている事を意味し、或いは少なくとも、彼等は群集の好意を失い手放す事が出来ないのです。

 

如何にこれがイエス様の例とかけ離れている事でしょうか。

名声の高さにおいてイエス様は、今日の巨大教会の牧師でさえ嫉妬させるようなものを持っていました。それでも、イエス様が今日まで最も議論の余地のあるメッセージを述べ伝えたのは、注目のペンテコステについてだったことは確かです。

 

群集を試し、彼等を実際には追い払う...今日の教会指導者のように、彼(指導者)が群集に金銭的に依存していたとすれば、どうしてそんな損失を余儀なくされる事が出来ますか。

 

もう一つには、イエス様と群集との関係です。

それは、使徒たちの弟子としての優先順位とほぼ同じくらいなのではないでしょうか。例えば、弟子達がイエス様に来て尋ねた時のことを考えてみましょう。

 

マタイ13章

10)すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに言った。「なぜ彼らにたとえでお話になったのですか。」

11)イエスは答えて言われた。「あなたがたには、天の御国の奥義を知る事が許されているが、彼らには許されていません。

 

実際にイエス様はミニストリー(働き)の最後に、弟子達にこのような優先順位をつけました。彼は、今では何千人もの追随者が去って行ったにもかかわらず、父(なる神)には、誰も失われていないと伝えました。

 

ヨハネ17:12

わたしは彼らと一緒にいたとき、あなたがわたしに下さっている御名の中に彼らを保ち、また守りました。彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました(※)。それは、聖書が成就するためです。

 

※ヨハネ6:70

イエスは彼らに答えられた。「わたしがあなたがた12人を選んだのではありませんか。しかしそのうちのひとりは悪魔です。

 

しかしながら、イエス様は、最初に選んだ一握りの弟子たちが最後まで彼と一緒だったという事実に基づいて、父が彼の全ミニストリー(働き)に根ざして評価したと信じているようです。

 

このことは、今日の慣習的な教会の知恵の中で確実に飛び交っています。例えば、今日の教会が大きな施設を建てた時にはいつも、ある程度元のメンバーを失うことは珍しい事ではありません。

小さな教会は家族のように、大きな教会は会社のように機能する傾向にあります。小規模の教会を増設するよりも、大きな教会を増やすということは、一部の会員にとっては契約を破ることになるのです。勿論、数学的に言えば、全ての会員にとっては、教会が建物を建設中に(会員を)失うことは、それほど重要ではなく、おそらくまた何人か増えることでしょう。

 

しかし、もし神様がイエス様のなさった働き(ミニストリー)と同じように、全ての働き(ミニストリー)を評価したならどうでしょうか。

 

私達が許されているのは、特定の人数なのではなく、特定の人達なのです。要するに、もし神様を信頼する特定の人々が私達の中にいるなら、これらの人々は真のミニストリー(働き)で他の人達と触れ合うだけで、単純にそのミニストリー(働き)から溢れ出て来ます。

 

もしそうだとしたら、私達のある人達はいつか神様の前に立ち、「主よ、私が貴方に連れて来たこれらの人々を見て下さい。」と誇らしげに宣言するかもしれません。そこで、「それは素晴らしいことだが、私が貴方に預けた者達はどうなったのか。」、と言うがっかりするような返事が神様から返るのです。

 

キリストがどのような教会の姿を完璧な教会のモデルとしているのかを見るには、彼の(行なった)ミニストリー(働き)があります。

 

しかし、それにもかかわらず、何故か私達は今日それを完全に後退させているのです。

 

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以上のことから、それぞれクリスチャンは神様に信仰が試され、本物かどうかをふるいにかけられているのだと思います。

 

マタイ7:13

13)狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。

14)いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

 

ヨハネ15章

16)あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って(御霊の)実を結び、そのあなたがたの(御霊の)実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求める者は何でも、父があなたがたにお与えになるためです。

17)あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです。

18)もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。

19)もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。