何とかなるさ...の世界!? -110ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 


~真のクリスチャン~

 

イエス様は、再び戻って来られることについて、しつこいほどに説教しました。

 

この13節の後、イエス様は、この警告と一緒に話をまとめました。

(マタイ25:1-13)

 

さて、これは私のではなくイエス様の言葉です。

「だから、目を覚ましていなさい。あなた方は、その日、その時を知らないからです」(マタイ25:13)

 

彼等はキリストに情熱を持っていないので、彼(キリスト)と一緒に時間を費やす事がなく、彼(キリスト)を追い求める者達でもありません。

 

しかし、聖書は言っています。

彼等は愚かで、また本当の危険の中にいるのです。

 

彼等は、どれほど(悪魔に)攻撃されやすい者であるのかを、すぐには認識していません。

 

なぜなら、彼等はキリストが来る時のための準備を全くしていないからです。

 

イエス・キリストに献身しているという話ではありません。

 

愛や祈祷、献身についての話をここでしているのでは全くありません。

 

「私達は、私達自身のことをするので、ただあなたの御名だけを呼ばせてください。」

 

彼等は、「私はキリストと結婚している」と言います。

 

彼等が、最後に愛するキリストの臨在の中で、15分を費やしたのはいつか、彼等が、最後に聖書を手に取って、イエス様が誰なのか知るだけでなく、一章でさえも読んだのはいつのことであるかを訊いてみなさい。

 

ここに、神が恵まれた人々がいます。

ここに、神が彼らに触れ、守られた人々がいます。

 

神は、彼等に健康と力を与えました。

神は、彼等に愛する子供達を与えました。

 

若者でさえも...

神は、彼等を祝福され、見捨てず守られます。

 

彼等は低くなって、「有難う、イエス様」と感謝する事さえ出来ません。

 

賢い娘は、「主よ、私たちはあなたを待ち望み、私たちのたましいは、あなたの御名、あなたの呼び名を慕います。」(イザヤ26:8)

 

「私のたましいは、夜あなたを慕います。まことに、私の内なる霊は、あなたを切に求めます。」(イザヤ26:9)

 

「イエス様、私は毎日起きて、私の心はあなたの方へ向かいます。私はあなたを慕います。」

 

それが「真のクリスチャン」です。

 

真のクリスチャンは、泣き叫びます。

 

「私の愛する方(主)は私のもの。私はあの方(主)のもの。」(雅歌2:16)

 

聖書は言っています。

「花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。」(マタイ25:5)

 

これは、私達が今、その預言の成就の中に生きている事を私に伝えています。

 

彼等は全員が眠っていました。

賢い者でさえもです。

 

主よ、備えとして余分に油を持っている賢い人が、どうして眠る事が出来るでしょうか。

 

真実は、大いなる眠りに陥ってしまうであろう最後の日について、イエス様が預言されていることです。

 

さて、これは私が貴方に聞いて欲しい、とても大切な事です。

 

これは、キリストが来られる直前の大いなる眠り、怠惰、そしてまどろみが、多くのクリスチャンを不意に襲うだろうことを、私に示唆しています。

 

非常に多くの信徒がこの事によって試されるでしょう。

私は私の心の中(に示されている事)の全てを信じます。

 

私は神に、私が説教できる神の思いと心の中にある深い悲しみを示してくださるよう求めました。

 

なぜ、神はあなた方と共に栄光をもたらしたいのですか。

クリスチャンという名前だけで、本当は恥じているのです。

なぜ、神は彼を天国に連れて行きたいのでしょうか。

 

今、旅立つからです。

 

なぜ、神は彼を永遠の旅のために天国に連れて行こうとするのですか。

 

なぜ、神は彼と共に誰かを望んでおられるのでしょうか。

 

なぜ、神はあなたを望んでいますか。

 

「なぜなら15年前、私は主なるイエス・キリストを信じました。私は罪人です。神様、私の罪を赦して下さいと告白したからです。」とあなたは言いました。

 

聖書は、悪魔でさえも信じて震えていると言っています。

あなたは震えてさえいません。(ヤコブ2:19)

 

「神は私を愛しています。」

勿論、神はあなたを愛しています。

 

たとえ神が彼等を愛しているとしても、非常に多くの人々が迷子になる事でしょう。

 

なぜなら、神は正義の神であり、聖なる神、義の神だからです。

 

分かりますか。

私は、私の心の中で主が語られることを聞きます。

 

―彼等は、私を顧みないだけでなく、愛してもおらず、私に対する情熱も、親密さも持っていないし、私についても考えていない。―

 

私は、賢い娘達のためにも愛情ある言葉を持っています。

 

眠り始めた人達、これが私が信じる神の深い悲しみです。

 

多くの賢い僕が愚かな娘たちになりつつあります。

 

彼等は目を逸らしています。

彼等はこの部類に属していましたが、今はこの(別の)部類に移動しています。

 

そして神は、神がとても愛しておられる人達を嘆いているのです。

これは、私の霊が燃やされています。

 

預言者達は彼の時代に、後退して行く説教者たちを泣き悲しみました。

 

イザヤは、見張り人が盲目になり、横になり、眠りをむさぼっていると泣き叫びました。(イザヤ56:10)

 

今、私はあなた方、全てのクリスチャンに聞いて欲しいのです。

 

―私は、その部類には合いません。

―私は、愚かな娘ではありません。

―私は、イエス様を心から愛しています。

―私は、聖書を読みます。

―私は、忠実です。

―私は、神のために心を尽くします。

―私は、主への情熱を持っています。

 

聖書はこう言っています。

『怠惰は人を深い眠りに陥らせる』(箴言19:15)

 

怠惰とは、人生でこれまで一度も許可して来なかった事を許可し始めるという事です。

 

怠け者とは、彼がかつて持っていた神の家への、その熱意から後退しているということです。

 

ただ、漂うだけです。

少しずつ漂い始めます。

 

第一に、祈りの時間が欠けています。

彼等は、日曜日の朝のクリスチャンに成ってしまいました。

 

教会に行く事がクリスチャンになる事ではありません。

 

あなた方は経験を積まなければなりません。

 

これは、本当に私の心を燃やします。

 

鈍さがある時、聖書は、あなた方は私の道(神の道)については鈍くなり、また、漂い始めると言っています。

それが、あなた方を深い眠りへと誘い駆り立てます。

 

何かが起こらなければなりません。

これは続きません。

 

そして、その日が刻一刻と近づくにつれ、あなた方は、こう叫ぶのです。

 

「私達の灯火が消えています!」

 

彼等は、これからやって来る事に直面するための術を持っていません。

彼等の心は、恐怖のために衰えるだろう、とイエス様は言いました。

彼等は、牧師達に走り寄り、『どうしましょう。どうしましょう。』と言うのです。

 

『行って、油売りから買いなさい。』

 

私は、主がそんな時間はないだろうと言っているのだと思います。

簡単にそれだけです。

 

―あなたのクリスチャンの性格を築く時間はありません。

―あなたの霊的力を築く時間はありません。

―あなたには時間がないのです。

 

「私達の灯火が消えています!」

「私達は空っぽです。乾いています!」

「私達は人生を無駄にしてしまいました。時間を無駄にしてしまいました。今は主の到来をお招きします。私はまだ用意が出来ていません。備えが出来ていません。」

 

そして、もし今日、あなたの心に留めるなら、イエス様が来られるか、或いはあなたが死ぬその時、あなたは「その時(が来たら)、私は変わるでしょう。死が私を変えるでしょう。突然、私はイエス様の心を持ちましょう。突然、私は彼について話すでしょう。突然、私は彼を褒め称えましょう。」と言うのでしょう。

 

いいえ、いいえ、いいえ!

 

死は何も変えはしません。

 

あなた方は、今知られているように知られるのです。

 

イエス様の前に立つ時、あなた方は今と同じ性質を持っているのです。

何も変わらないのです。

 

罪と邪悪さの中にいるそのままのあなたの状態で、あなた方はイエス様の前に立つのです。

何も変わらないのです。

 

私は神の御前に立たなければならないので、打ちひしがれていると言いました。

 

聖書は、彼女達が出かけている間に、花婿が来て扉を閉めたと言っています。

 

そして、彼女達は扉を叩いて言います。

「主よ、主よ。私達を入れてください。」

 

イエス様が扉を開けて言います。

「確かなところ、私はあなた方を知りません。」(マタイ25:12)

 

「私はあなた方を知らなかった。あなた方は私を一度も知ろうとしなかった。見知らぬ人よ。」

 

そして、扉が閉まります。

 

ちょっと待って下さい。

私は多くの人々が、『それは、地獄に行くだろうとは言っていない』と言うのを知っています。

 

皆さん、聖書は扉が閉まった、と言っています。

私にとっては恐ろしい事です。

 

私にとって、あなた方に他に何を言う事が出来ますか。

扉が閉まったのです。

 

イエス様は、あなたの目の前で扉を閉めたのです。

そして、それは救い主にとって、どれほど難しい事でしょうか。

彼は、公正で聖なる神だからです。

あなた方は、何度も何度も警告されてきました。

 

私は、生ける神の言葉を受け入れます。

私は、有罪判決を受けました。

私は、これまで以上に進みたいです。

私は、今まで私が知らなかったようなイエス様を知りたいのです。

私は、神に私の時間を捧げます。

 

今、父よ、有難うございます。

あなたは、あなたの言葉に忠実です。

何と偉大な愛を私達のために持っていて下さっていることでしょう。

主よ、あなたは賢い者も、愚かな者をも愛して下さいました。

しかし、あなたは約束しました。

 

―もし、あなたが心を尽くしてわたしを探し求めるなら、わたしを見つけるだろう。(エレミヤ29:13)

 

~名ばかりのクリスチャン~

デイヴィッド・ウィルカーソン

 

 

レッド・ツェッペリンの有名な曲、「天国への階段」の逆再生が悪魔的だという話について全然知りませんでした。

 

というか、それほど興味もなかったのでどうでもよかったのですが、でも昨日たまたま目にし、気になったので取り上げようと思います。

 

まず、この「天国への階段」の歌詞が出来上がった経緯について興味深いのは、リードシンガーのロバート・プラントがこの曲について、「何の思いやりや配慮を与えることなく、常に欲しい物を全て手に入れた女性に関する皮肉な歌」であると語っていることです。

 

また彼は、この歌詞は悪魔が人間の媒体を通してメッセージを伝える時にオカルト的自動書記によって行われたと認めてもいます。

 

 

 

以下は逆再生の歌詞です。

 

逆再生するんだ。

敵対者よ、何故その歌がここで歌われたのかを聞け。

 

[軌道に乗って、]全て到着。

彼等が歌い、彼等は一つになる。

 

教区民、今私は貴方を赦そうか。

それとも、私の中のクリスチャンに聞こうか。

 

その川が私の罪をかき立てる。

ああ、彼女は私達のお粗末さで腫れ上がる。

 

私の人生全てが彼のために終わるのだろうか。

私達は皆気分が悪くて、ショックを受けている事を知っている。

 

[主の言葉を聞くために、]私の神は今私を救うだろう。

 

...ギターソロ...

 

私は救われないだろう。

なぜなら、私はサタンと一緒に生きているから。

 

今日の一つの願い。

あなた方全員がここで遅くなるだろう3人のために祈る事。

 

今祈れば、貴方は主が私の方を向くのを見るだろう。

 

でも、ああ、私は高みで失った苦しみに身を包まれた下らない愚か者だった。

 

それから逃れる術はない。

 

ああ、愛しいサタンに乾杯。

 

サタンの力で私を悲しくさせる小道がある。

 

彼は彼と一緒にこれら666を渡します。

 

彼が私達を苦しめた道具小屋がある。

悲しいサタン。

 

ウゥ~......

 

家族は緩まない。

彼等は私に提供されている。

 

常に労働者を落ち着かせる。

私達が知っているやり方でいつも。

 

「廃墟が見える」と彼が言った。

「彼等は私に世界を提供したのか。」

 

誰が主の落下を望んだろうか。

もし私達が翼をなくしたら、貴方が私を助けるだろうと言ってくれ。

 

それから逃れる術はない。x2

ウゥ~......

 

彼等は全てを見るために、海辺のそばで狩をする。

 

これがニュースだ。

沈黙の悲しみと共に歩くのは誰か!

 

???

 

「重い、持ち上げてくれ。」

いつの日か黙想する。

 

???

 

逃れる術はない。x2

ウゥ~......

 

主よ、という者は、私達の律法を持っている。

マアト(エジプトの女神)は素晴らしいに違いない。

ミサは終了した。

 

あそこに

 

貴方が学ぶべき人がいる。

 

私の宣誓した音楽の役目を果たしているものがあれば、

 

全ての私のミサの目的のため、雪でそれを洗い流して欲しい。

 

敵対者よ、ここで何故歌われているのかを聞いてくれ。

 

ウゥ~......

 

知っておくべき人(snowとありますがknowに置き換えています)、

彼のショーは価値あるものとなるだろう。

 

見て、私達にとって奇妙で、哀れで、[弱々しい]。

 

彼のショーを見るというチャンスがある。

貴方の頭を抱えて。

 

敵対者よ、ここで歌われる言葉を聞け。

 

この地球の地下に構築したもの。

 

ああ、愛しいイスラエル。

 

The end

 

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悪魔、ルシファーは、光を司る天使であると共に、音楽も司る天使だったので、この地上の大王になっている間、彼の思い通りにある種の音楽は支配されているのでしょう。

 

特に、魂を彼に預けたアーティスト達の曲は言うまでもありません。

 

そして、彼はまた眩いばかりのキラキラした宝石が大好きなので、天から宝石などを降らしたりする奇跡を起こすのも朝飯前なのです。

 

そんなまやかしに騙されないで下さい。

 

エゼキエル28章

13)あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。赤めのう、トパーズ、ダイヤモンド、緑柱石、しまめのう、碧玉、サファイヤ、トルコ玉、エメラルド。あなたのタンバリンと笛とは金で作られ、これらはあなたが造られた日に整えられた

14)わたしはあなたを油注がれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。

15)あなたの行いは、あなたが造られた日から、あなたに不正が見いだされるまでは、完全だった。

 

 

 

イザヤ書1章

10)聞け。ソドムの首領たち。主のことばを。

耳を傾けよ。ゴモラの民。私たちの神のみおしえに。

11)「あなたがたの多くのいけにえは、わたしに何になろう。」と、主は仰せられる。「わたしは、雄羊の全焼のいけにえや、肥えた家畜の脂肪に飽きた。雄牛、子羊、雄やぎの血も喜ばない。

12)あなたがたは、わたしに会いに出てくるが、だれが、わたしの庭を踏みつけよ、とあなた方に求めたのか。

 

13)もう、むなしいささげ物を携えて来るな。香の煙―それもわたしの忌みきらうもの。新月の祭りと安息日―会合の召集(※1)、不義と、きよめの集会(※2)、これにわたしは耐えられない。

14)あなたがたの新月の祭りや例祭を、わたしの心は憎む。それはわたしの重荷となり、わたしは負うのに疲れ果てた。

15)あなたがたが手を差し伸べて祈っても、わたしはあなたがたから目をそらす。どんなに祈りを増し加えても、聞くことはない。あなたがたの手は血まみれだ。

16)洗え(※3)。身をきよめよ。わたしの前で、あなたがたの悪を取り除け。悪事を働くのをやめよ。

17)善を成すことを習い、公正を求め、しいたげる者を正し、みなしごのために正しいさばきをなし、やもめのために弁護せよ。」

 

※1)ホセア2:11-わたしは彼女(イスラエル)のすべての喜び、祭り、新月の祭り、安息日、すべての例祭を、やめさせる。

 

※2)ヨエル1:14-ああ、私が荒野に旅人の宿を持っていたなら、私の民を見捨てて、彼らから離れることができようものを。彼らはみな姦通者。裏切り者の集会だから。

アモス5:21-わたしはあなたがたの祭りを憎み、退ける。あなたがたのきよめの集会のときのかおりも、わたしはかぎたくない。

 

※3)エレミヤ4:14-エルサレムよ。救われるために、心を洗って悪を除け。いつまで、あなたの中には邪念が残っているのか。

 

上記の聖書の箇所は、神様がイザヤを通してイスラエルの民に与えられた預言の言葉ですが、クリスチャンに対する警告でもあるのです。

 

いくら教会や集会に行って礼拝し祈り、そこで聖められたつもりでいても、自分の罪を捨て切れず握ったまま、実際には聖められていない状態で礼拝や祈りを奉げているならば、神様はそのような者の願いや祈りを決して聞いては下さらないということなのです。

 

第一ヨハネ1章

1)初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、

2)―このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。―

3)私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです

4)私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。

 

5)神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。

6)もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかも闇の中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。

7)しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに(御父と御子との)交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。

8)もし、罪はないというなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。

9)もし、私たちが自分の罪を(神に)言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての罪から私たちをきよめてくださいます。

10)もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。

 

 

The Great Harvest

 

 

☆乙女座 - 処女

 

黙示録12章

1)また、巨大なしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、月を足の下に踏み、頭には十二の星の冠をかぶっていた。

 

トランペットの饗宴

 

2)この女は、みごもっていたが、産みの苦しみと痛みのために、叫び声をあげた。

3)また、別のしるしが天に現れた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、その頭には七つの冠をかぶっていた。

4)その尾は天の星の三分の一を引き寄せると、それらを地上に投げた。また、竜は子を産もうとしている女の前に立っていた。彼女が子を生んだとき、その子を食い尽くすためであった。


☆救い主イエス

 

黙示録12:5

女は男の子を生んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を牧するはずである。...

 

「あなた方は、あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎むようにと言うのを聞いたことがあるでしょう。しかし、私はあなた方に言います。あなたの敵を愛して、あなたを迫害する人々のために祈りなさい。もし、あなた方を愛している人だけを愛するなら、その中に何の報いがあるでしょう。」

 

第一コリント12:12

ですから、ちょうどからだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。

 

☆第七のトランペット - 最後の切り札

 

黙示録12:5

...その子は、神のみもと、その御座に引き上げられた。

 

黙示録16:15

―見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物を着け、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。―

 

第一コリント15:52

終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

 

 

2019年が始まったばかりなのに、今年に入って拍車をかけるように、既に色んな異常現象が世界各地で起こっています。

 

私達が向かっている先が、決して明るい未来ではない事を、益々はっきりと表している数々の出来事が、以下のビデオから見て取れます。