耳のある者は聞きなさい... | 何とかなるさ...の世界!?

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 


~真のクリスチャン~

 

イエス様は、再び戻って来られることについて、しつこいほどに説教しました。

 

この13節の後、イエス様は、この警告と一緒に話をまとめました。

(マタイ25:1-13)

 

さて、これは私のではなくイエス様の言葉です。

「だから、目を覚ましていなさい。あなた方は、その日、その時を知らないからです」(マタイ25:13)

 

彼等はキリストに情熱を持っていないので、彼(キリスト)と一緒に時間を費やす事がなく、彼(キリスト)を追い求める者達でもありません。

 

しかし、聖書は言っています。

彼等は愚かで、また本当の危険の中にいるのです。

 

彼等は、どれほど(悪魔に)攻撃されやすい者であるのかを、すぐには認識していません。

 

なぜなら、彼等はキリストが来る時のための準備を全くしていないからです。

 

イエス・キリストに献身しているという話ではありません。

 

愛や祈祷、献身についての話をここでしているのでは全くありません。

 

「私達は、私達自身のことをするので、ただあなたの御名だけを呼ばせてください。」

 

彼等は、「私はキリストと結婚している」と言います。

 

彼等が、最後に愛するキリストの臨在の中で、15分を費やしたのはいつか、彼等が、最後に聖書を手に取って、イエス様が誰なのか知るだけでなく、一章でさえも読んだのはいつのことであるかを訊いてみなさい。

 

ここに、神が恵まれた人々がいます。

ここに、神が彼らに触れ、守られた人々がいます。

 

神は、彼等に健康と力を与えました。

神は、彼等に愛する子供達を与えました。

 

若者でさえも...

神は、彼等を祝福され、見捨てず守られます。

 

彼等は低くなって、「有難う、イエス様」と感謝する事さえ出来ません。

 

賢い娘は、「主よ、私たちはあなたを待ち望み、私たちのたましいは、あなたの御名、あなたの呼び名を慕います。」(イザヤ26:8)

 

「私のたましいは、夜あなたを慕います。まことに、私の内なる霊は、あなたを切に求めます。」(イザヤ26:9)

 

「イエス様、私は毎日起きて、私の心はあなたの方へ向かいます。私はあなたを慕います。」

 

それが「真のクリスチャン」です。

 

真のクリスチャンは、泣き叫びます。

 

「私の愛する方(主)は私のもの。私はあの方(主)のもの。」(雅歌2:16)

 

聖書は言っています。

「花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。」(マタイ25:5)

 

これは、私達が今、その預言の成就の中に生きている事を私に伝えています。

 

彼等は全員が眠っていました。

賢い者でさえもです。

 

主よ、備えとして余分に油を持っている賢い人が、どうして眠る事が出来るでしょうか。

 

真実は、大いなる眠りに陥ってしまうであろう最後の日について、イエス様が預言されていることです。

 

さて、これは私が貴方に聞いて欲しい、とても大切な事です。

 

これは、キリストが来られる直前の大いなる眠り、怠惰、そしてまどろみが、多くのクリスチャンを不意に襲うだろうことを、私に示唆しています。

 

非常に多くの信徒がこの事によって試されるでしょう。

私は私の心の中(に示されている事)の全てを信じます。

 

私は神に、私が説教できる神の思いと心の中にある深い悲しみを示してくださるよう求めました。

 

なぜ、神はあなた方と共に栄光をもたらしたいのですか。

クリスチャンという名前だけで、本当は恥じているのです。

なぜ、神は彼を天国に連れて行きたいのでしょうか。

 

今、旅立つからです。

 

なぜ、神は彼を永遠の旅のために天国に連れて行こうとするのですか。

 

なぜ、神は彼と共に誰かを望んでおられるのでしょうか。

 

なぜ、神はあなたを望んでいますか。

 

「なぜなら15年前、私は主なるイエス・キリストを信じました。私は罪人です。神様、私の罪を赦して下さいと告白したからです。」とあなたは言いました。

 

聖書は、悪魔でさえも信じて震えていると言っています。

あなたは震えてさえいません。(ヤコブ2:19)

 

「神は私を愛しています。」

勿論、神はあなたを愛しています。

 

たとえ神が彼等を愛しているとしても、非常に多くの人々が迷子になる事でしょう。

 

なぜなら、神は正義の神であり、聖なる神、義の神だからです。

 

分かりますか。

私は、私の心の中で主が語られることを聞きます。

 

―彼等は、私を顧みないだけでなく、愛してもおらず、私に対する情熱も、親密さも持っていないし、私についても考えていない。―

 

私は、賢い娘達のためにも愛情ある言葉を持っています。

 

眠り始めた人達、これが私が信じる神の深い悲しみです。

 

多くの賢い僕が愚かな娘たちになりつつあります。

 

彼等は目を逸らしています。

彼等はこの部類に属していましたが、今はこの(別の)部類に移動しています。

 

そして神は、神がとても愛しておられる人達を嘆いているのです。

これは、私の霊が燃やされています。

 

預言者達は彼の時代に、後退して行く説教者たちを泣き悲しみました。

 

イザヤは、見張り人が盲目になり、横になり、眠りをむさぼっていると泣き叫びました。(イザヤ56:10)

 

今、私はあなた方、全てのクリスチャンに聞いて欲しいのです。

 

―私は、その部類には合いません。

―私は、愚かな娘ではありません。

―私は、イエス様を心から愛しています。

―私は、聖書を読みます。

―私は、忠実です。

―私は、神のために心を尽くします。

―私は、主への情熱を持っています。

 

聖書はこう言っています。

『怠惰は人を深い眠りに陥らせる』(箴言19:15)

 

怠惰とは、人生でこれまで一度も許可して来なかった事を許可し始めるという事です。

 

怠け者とは、彼がかつて持っていた神の家への、その熱意から後退しているということです。

 

ただ、漂うだけです。

少しずつ漂い始めます。

 

第一に、祈りの時間が欠けています。

彼等は、日曜日の朝のクリスチャンに成ってしまいました。

 

教会に行く事がクリスチャンになる事ではありません。

 

あなた方は経験を積まなければなりません。

 

これは、本当に私の心を燃やします。

 

鈍さがある時、聖書は、あなた方は私の道(神の道)については鈍くなり、また、漂い始めると言っています。

それが、あなた方を深い眠りへと誘い駆り立てます。

 

何かが起こらなければなりません。

これは続きません。

 

そして、その日が刻一刻と近づくにつれ、あなた方は、こう叫ぶのです。

 

「私達の灯火が消えています!」

 

彼等は、これからやって来る事に直面するための術を持っていません。

彼等の心は、恐怖のために衰えるだろう、とイエス様は言いました。

彼等は、牧師達に走り寄り、『どうしましょう。どうしましょう。』と言うのです。

 

『行って、油売りから買いなさい。』

 

私は、主がそんな時間はないだろうと言っているのだと思います。

簡単にそれだけです。

 

―あなたのクリスチャンの性格を築く時間はありません。

―あなたの霊的力を築く時間はありません。

―あなたには時間がないのです。

 

「私達の灯火が消えています!」

「私達は空っぽです。乾いています!」

「私達は人生を無駄にしてしまいました。時間を無駄にしてしまいました。今は主の到来をお招きします。私はまだ用意が出来ていません。備えが出来ていません。」

 

そして、もし今日、あなたの心に留めるなら、イエス様が来られるか、或いはあなたが死ぬその時、あなたは「その時(が来たら)、私は変わるでしょう。死が私を変えるでしょう。突然、私はイエス様の心を持ちましょう。突然、私は彼について話すでしょう。突然、私は彼を褒め称えましょう。」と言うのでしょう。

 

いいえ、いいえ、いいえ!

 

死は何も変えはしません。

 

あなた方は、今知られているように知られるのです。

 

イエス様の前に立つ時、あなた方は今と同じ性質を持っているのです。

何も変わらないのです。

 

罪と邪悪さの中にいるそのままのあなたの状態で、あなた方はイエス様の前に立つのです。

何も変わらないのです。

 

私は神の御前に立たなければならないので、打ちひしがれていると言いました。

 

聖書は、彼女達が出かけている間に、花婿が来て扉を閉めたと言っています。

 

そして、彼女達は扉を叩いて言います。

「主よ、主よ。私達を入れてください。」

 

イエス様が扉を開けて言います。

「確かなところ、私はあなた方を知りません。」(マタイ25:12)

 

「私はあなた方を知らなかった。あなた方は私を一度も知ろうとしなかった。見知らぬ人よ。」

 

そして、扉が閉まります。

 

ちょっと待って下さい。

私は多くの人々が、『それは、地獄に行くだろうとは言っていない』と言うのを知っています。

 

皆さん、聖書は扉が閉まった、と言っています。

私にとっては恐ろしい事です。

 

私にとって、あなた方に他に何を言う事が出来ますか。

扉が閉まったのです。

 

イエス様は、あなたの目の前で扉を閉めたのです。

そして、それは救い主にとって、どれほど難しい事でしょうか。

彼は、公正で聖なる神だからです。

あなた方は、何度も何度も警告されてきました。

 

私は、生ける神の言葉を受け入れます。

私は、有罪判決を受けました。

私は、これまで以上に進みたいです。

私は、今まで私が知らなかったようなイエス様を知りたいのです。

私は、神に私の時間を捧げます。

 

今、父よ、有難うございます。

あなたは、あなたの言葉に忠実です。

何と偉大な愛を私達のために持っていて下さっていることでしょう。

主よ、あなたは賢い者も、愚かな者をも愛して下さいました。

しかし、あなたは約束しました。

 

―もし、あなたが心を尽くしてわたしを探し求めるなら、わたしを見つけるだろう。(エレミヤ29:13)

 

~名ばかりのクリスチャン~

デイヴィッド・ウィルカーソン