人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記 -5ページ目

人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記

人生と読書は切り離せない、体と心のような関係です。人生は旅であり、また、読書も旅です。徒然なるままに書いていきます。コメントお待ちしています。

インスとソヨンの物語。

 

お互いの結婚相手が、大学時代から付き合っており、結婚後も、不倫を続けていた。

 

そんな事実を、その二人が交通事故に遭い、病院以担ぎ込まれ、そこ駆け付けるまで知らない二人の物語。

 

いわゆるダブル不倫された夫と妻。そんなきっかけで、二人は出逢い、失意の中、愛し合うようになる。

 

不倫中交通事故に遭い、夫を亡くしたソヨン。

 

その車の中で、笑顔見せていた妻を亡くしたインス。

 

二人は、最愛の人に裏切られ、病院で看病しながら、惹かれ合うようになり、関係を深めていく。

 

仕返しとか、復讐とか、そんな気持ちも少しは心の底にあったろう。

 

病院で、夫はなくなり、自由になったソヨン。

 

妻の意識は戻るも、以前とは違う立場に立たされたインス。

 

二人は、雪の日に、車で、逃避行に出かける。

 

「どこまで行きましょうか。」

 

二人の目的地は、二人にとって、必ずしも喜びの生活にはならないのかもしれない。

 

心から喜び合い、笑える日が来るのは、まだ、かなり先になるだろう。

 

傷ついた二人は、お互いを癒すように寄り添い、励まし合うことはできる。

 

しかしながら、すべてを過去のものとして、記憶の中に閉じ込めるには、あまりにも大きな出来事であったからである。

 

単純に言えば、何ゆえに、不倫していた二人は、学制時代からの付き合いを結婚という形に結び付けなかったのか。

 

詳しい説明はなされていない。恋愛と結婚は別物と言ってしまえばそれまでだが、ソヨンとインスにとっては、これほどの裏切りは存在しない。

 

二人は、お互いに、慰め合い、求めあう。しかし、そこには、犠牲感と罪悪感が、同居して、心からの微笑みはない。

 

裏切りは、世の常であり、人間社会において、いや、友達間において存在し、心を傷つける。

 

自由と裏切り、それは、古代からのテーマであり、古今東西を問わず、恋愛の中でも、最も大きな部分である。

 

では、人は、人を信じることはできないのであろうか。不倫は、愛の副産物なのか。

 

この問題がなくなれば、私たちの刺激はなくなり、恋愛小説を読む読者数が減ることは間違いない。

 

男と女の関係も、シンプルになるであろう。それは、いいことか。それとも、良くないことか。

 

恋愛は、良いことである。結婚し、子供を産み、育てていく。その結婚が、日本で4組に1組壊れていく。

 

アメリカでは、2組に1組だという。これは、もう、完全に離婚が普遍化している。離婚は悪ではない。

 

とすれば、不倫による、結婚生活への影響を、悪ととらえられない時代がやってくるのかもしれない。

 

いや、一夫一婦制こそ悪なのであると、そんな社会規範の時代が到来するのかもしれない。

 

そんな時代になったならば、私たちは、善悪の基準をどうしたらいいのかと問い迷うかもしれない。

 

それは、やはり、規則や、ルールにこだわるのではなく、精神的な支柱を探さねばならなくなるであろう。

 

人を愛する。これは、社会規範の源であり、ここから人間関係が始まる。

 

個人は精神的な生きがいを持って、生活する。これは、善悪の支柱である。

 

しかし、そうはいかないのも、人の性である。

 

では、どうすればいい。

 

答えは、自分で見出しほかない。

 

君の行動基準は何か。

 

愛か。

 

善悪か。

 

お金か。

 

自由か。

 

仕事か。

 

家庭か。

 

子供か。

 

すべてを含んで。

 

人生は、回る。

 

そして、救いを求めたとき、光は現れる。

 

 

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