インスとソヨンの物語。
お互いの結婚相手が、大学時代から付き合っており、結婚後も、不倫を続けていた。
そんな事実を、その二人が交通事故に遭い、病院以担ぎ込まれ、そこ駆け付けるまで知らない二人の物語。
いわゆるダブル不倫された夫と妻。そんなきっかけで、二人は出逢い、失意の中、愛し合うようになる。
不倫中交通事故に遭い、夫を亡くしたソヨン。
その車の中で、笑顔見せていた妻を亡くしたインス。
二人は、最愛の人に裏切られ、病院で看病しながら、惹かれ合うようになり、関係を深めていく。
仕返しとか、復讐とか、そんな気持ちも少しは心の底にあったろう。
病院で、夫はなくなり、自由になったソヨン。
妻の意識は戻るも、以前とは違う立場に立たされたインス。
二人は、雪の日に、車で、逃避行に出かける。
「どこまで行きましょうか。」
二人の目的地は、二人にとって、必ずしも喜びの生活にはならないのかもしれない。
心から喜び合い、笑える日が来るのは、まだ、かなり先になるだろう。
傷ついた二人は、お互いを癒すように寄り添い、励まし合うことはできる。
しかしながら、すべてを過去のものとして、記憶の中に閉じ込めるには、あまりにも大きな出来事であったからである。
単純に言えば、何ゆえに、不倫していた二人は、学制時代からの付き合いを結婚という形に結び付けなかったのか。
詳しい説明はなされていない。恋愛と結婚は別物と言ってしまえばそれまでだが、ソヨンとインスにとっては、これほどの裏切りは存在しない。
二人は、お互いに、慰め合い、求めあう。しかし、そこには、犠牲感と罪悪感が、同居して、心からの微笑みはない。
裏切りは、世の常であり、人間社会において、いや、友達間において存在し、心を傷つける。
自由と裏切り、それは、古代からのテーマであり、古今東西を問わず、恋愛の中でも、最も大きな部分である。
では、人は、人を信じることはできないのであろうか。不倫は、愛の副産物なのか。
この問題がなくなれば、私たちの刺激はなくなり、恋愛小説を読む読者数が減ることは間違いない。
男と女の関係も、シンプルになるであろう。それは、いいことか。それとも、良くないことか。
恋愛は、良いことである。結婚し、子供を産み、育てていく。その結婚が、日本で4組に1組壊れていく。
アメリカでは、2組に1組だという。これは、もう、完全に離婚が普遍化している。離婚は悪ではない。
とすれば、不倫による、結婚生活への影響を、悪ととらえられない時代がやってくるのかもしれない。
いや、一夫一婦制こそ悪なのであると、そんな社会規範の時代が到来するのかもしれない。
そんな時代になったならば、私たちは、善悪の基準をどうしたらいいのかと問い迷うかもしれない。
それは、やはり、規則や、ルールにこだわるのではなく、精神的な支柱を探さねばならなくなるであろう。
人を愛する。これは、社会規範の源であり、ここから人間関係が始まる。
個人は精神的な生きがいを持って、生活する。これは、善悪の支柱である。
しかし、そうはいかないのも、人の性である。
では、どうすればいい。
答えは、自分で見出しほかない。
君の行動基準は何か。
愛か。
善悪か。
お金か。
自由か。
仕事か。
家庭か。
子供か。
すべてを含んで。
人生は、回る。
そして、救いを求めたとき、光は現れる。
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