1976年9月6日前代未聞の事態が、函館空港で起こった。
ソ連戦闘機ミグ25が着陸したのである。
もちろん、許可なしの、強行着陸である。
乗っていたのは、ビクトル・イワノビッチ・ベレンコ空軍中尉。
冷戦時代の、共産主義社会から、自由主義社会への亡命であった。
辻氏は、当時高校生で、教室の窓からミグの機体を見ていたという。
窓が震えるほどの振動で、尾翼の赤い星が明確に見えたらしい。
自由を求めて、ベレンコ中尉は、亡命してきた。
辻も、この原稿を書いているときは、ニューヨークにいた。
それは、妻子を日本に残しての自由を求めて、単身滞在であった。
辻氏は、東海岸から西海岸のロスアンゼルスまで列車の旅に出る。
アムトラックという、鉄道列車で四日間の旅になる。
目的は、あの、頭から離れなかった、自由の戦士に会うためである。
日本に亡命したベレンコ中尉は、三日後、アメリカへ出国した。
当時は、世界的なニュースになり、大騒ぎになったと記憶している。
サンデイゴでベレンコ中尉は、やり手のビジネスマンになっていた。
彼が一番苦労したものは、選択の自由であったと述懐している。
ソ連には、まったくそれがなかったという。
現在では、アメリカで様々な仕事をこなす、興行師と自負していた。
それに、コンベンション産業に講演することで貢献しているという。
ベレンコ氏は、ソ連のシステムを隷属であるといっている。
つまり、人民は、国の奴隷であるといいたいらしい。
ロシアの自由とは、何でも無責任にやるという意味での自由らしい。
彼らロシア人には、支柱になるものが必要と語っている。
ロシアの家族とは、しばらく連絡していたが、今はしていないらしい。
アメリカの妻と4人の子供たちとも離れて暮らしているという。
彼は、まるで、孤独な独身生活を送っているかのようである。
しかしながら、そこから寂しさは、まるで感じられなかった。
この表題は、辻氏が、若いころ、この世は幻ではないのかと感じていたことからつけられている。
歳を経るにしたがって、そうではないと強く感じるようになったという。
自分を、函館から東京に連れ出すきっかけとなったベレンコ中尉亡命事件に、決着をつけるべく、辻氏は会いに行った。
辻氏は、自由を小さいころから求め続けてきたという。
自由を世界にばらまいたアメリカを見に来て、人々の瞳の中に、自由を信じるまぶしさを見出す。
辻氏は、ベレンコ氏とのインタビューで、自分の追い求めた自由に出会えたのであろうか。
辻氏を、大都会の持つ自由へと引き込んだミグ亡命事件は、ここに決着を迎えた。
終わりに、辻氏にとってベレンコ氏は、過去の人となったような記述が載せてある。
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