#663 第15回「おごれる者たち」感想~大河ドラマ『光る君へ』 | 歴史に遊び!歴史に悩む!えびけんの積読・乱読、そして精読

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ききょう、ついに女房となり清少納言と名付けられ、まひろは『蜻蛉日記』の藤原道綱母に出会い、作家の道がみえてきたのかも・・・大河ドラマ「光る君へ」 - NHK』の第15回「おごれる者たち」について

自分のために生きるききょう(清少納言)、ついに中宮定子の女房に、一方停滞していたまひろ(紫式部)は『蜻蛉日記』の藤原道綱母と出会って道が見えてきたかも

第15回も前回と同じく990(永祚2)年からスタートです。

(NHK大河ドラマ『光る君へ』一条天皇と支える摂政の道隆(C)NHK)

 

宮中では、長兄の道隆が摂政として、娘の定子一条天皇の中宮とし、中関白家を繫栄させる独善的政治をしていきます。道長はやさぐれている道兼を励ましますが、ここで道兼道隆への激しい恨みを述べます。その後何かあるかと思ったんですが一気に993(正暦4)年に飛びます。

 

道隆はより独善的な政治色を強め、このときの除目で自らの仲間たちを優遇するので、あのうるさ方の藤原実資が、道長にどう思うのかを聞いています。

ここで印象に残るのが、「朝廷が乱れれば世の中が乱れる」という趣旨の発言です。のちの疫病のことを指しての伏線だと思います。

 

一条天皇も成長し、道隆は関白となります。ここで道隆や妻の貴子は一族の繁栄のために娘の中宮定子にはやく皇子を生むことを求めます。

加えて、一条天皇の生母の詮子を実質追い出すようなことをして、詮子は道隆への恨みを募らせるようなこともしてしまいます。

 

やりたい放題の道隆とその中関白一家がタイトルの”おごれる者たち”ということを指しているようです。

 

そんな”おごれる者たち”中関白家にも波紋が、その波紋を生み出すのが道長です。庶民のことなど顧みる気のない道隆の政治姿勢に対して、庶民のことを考えるべきだという姿勢の道長は、今回も道隆のその浪費的な政治姿勢に異を唱えます。また、伊周との弓矢の対決でもわざと手を抜いておきながら、残り2射について、伊周の「お互いの願いを言ってから矢を射る」という趣向の所で、伊周のおごれる雰囲気にカチンときたのか1射目を見事に当て、2射目は道隆が止めさせたので終わりますが、道隆と道長の間には静かに対立の火種が大きくなりはじめます。

 

一方のききょうやまひろらについて、ききょうには大きな転機が、まひろには今後の生き方が見えてきたという状況が描かれています。

貴子は、中宮定子のまわりをしっかりと固めるべく、ききょうに定子に仕えることを求め、ききょうはここで定子から清少納言と呼ばれることとなり、女房として働くことが実現します。

(NHK大河ドラマ『光る君へ』定子に仕えることになるききょう、定子にみとれ(C)NHK)

 

中宮定子に名付けられるんですね。その名づけ理由に事実と異なることは異なると述べるあたりは芯がしっかりとしているキャリアウーマンな感じがしました。清少納言が定子に見とれる様は、『枕草子』を書くことになるのにつながりそうです。

 

まひろ(紫式部)との関係では、定子のもとで女房として働ける喜びをききょうが伝え、一方これといってどう生きようということを決められず迷っているまひろが、石山寺詣でて、藤原兼家の妾の藤原道綱母と出会い、『蜻蛉日記』で話が盛り上がります。

(NHK大河ドラマ『光る君へ』道綱母と会話するまひろ(C)NHK)

道綱母が『蜻蛉日記』を書いた理由の

「わたしは日記を書くことで、己の悲しみを救いました」

この言葉に感じるものを得たまひろでした。そろそろ作家への道が開かれるのかなと期待させるものでした。

 

ききょう(清少納言)やまひろらの新展開がという中、京では疫病がはやることに・・・

 

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