『ヘレネー』『ポイニッサイ‐フェニキアの女たち‐』『オレステース』の3作品で構成される『エウリーピデース IV ギリシア悲劇全集(8)』
次々に酷いことが畳みかけるように起こり続ける悲劇と機械仕掛けの神が現れて丸く収まってしまう悲劇???が味わえる1冊
ギリシア悲劇全集 全13巻+別巻 月報揃 岩波書店 K0562
内容やレビュー
『ヘレネー』『ポイニッサイ‐フェニキアの女たち‐』『オレステース』の3作品で構成されています。3作ともトロイア戦争関連ネタとしては、結構変わったエピソードを取り上げるor創作した悲劇になっています。
◆『ヘレネ―』
神話では、トロイア戦争は、トロイア国王子パリスがスパルタ国王妃ヘレネ―をトロイアに連れ帰ったのが原因とされますが、これについては異伝もあるそうで、エウリピデスはその異伝をもとにつくったのがこの悲劇です。
その異伝とは、パリスはヘレネ―をトロイアに連れて帰ろうとしますが、そのとき神がヘレネ―を保護してエジプト王プロ―テウスに預け、パリスにはヘレネ―の幻を連れて帰らせた。ギリシア軍も勝利するが、スパルタ王メネラオスもヘレネ―の幻を連れて帰国の途に着く中でエジプトに流れ着いてしまい、そこでヘレネ―と奇跡の再会を果たすというストーリーです。
ヘレネ―が亡きプロ―テウスの子のテオクリュメノスに妻になることを求められていること、流れ着いたメネラオスは生きて流れ着いた場合はテオクリュメノスに殺される可能性があったことは悲劇的な要素ですが、ヘレネ―が夫メネラオスは海難で死んでいたことを伝え、ギリシア風の弔いとして海難で亡くなったものを海で弔ってからテオクリュメノスの妻になるとうそをついて二人で脱出を成功させること、その脱出を知ったエジプト王テオクリュメノスのもとに機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が登場して、二人の脱出を説得して納得させてしまい、話はよかったねで収まるものです。
ストーリー全体で見ると、悲劇という悲しさよりも、奇跡の再会、危機的状況から機転を利かせての脱出、神の登場でみんな納得というエンターテイメントな映画を見ているような感じでの作品でした。
◆『ポイニッサイ‐フェニキアの女たち‐』
呪われしテーバイ王家を何世代にもわたりつづく呪いによる悲劇です。
(筆者作成 エウリピデスの『ポイニッサイ』におけるテーバイ王家関係図)
テーバイでは、オイディプス王が神託の通りに父であるライオス王を殺してしまい、母であるイオカステーと夫婦関係になってしまって、自ら目を突き刺して盲目にすることがあり、その後の王家はオイディプスとイオカステーの間に生まれた兄のエテオクレースと弟のポリュネイケースの間でとのことでした。
兄弟は1年交代でテーバイ王に就くとし、まずは兄のエテオクレースが王になります。王になるとそれが惜しくなり、ポリュネイケースを追い出します。ポリュネイケースはアルゴス国でアドラストス王に気に入られ、その娘のアルゲイアーをもらい、アルゴス軍を率いてテーバイを攻めに来ます。
アイスキュロスの『テーバイ攻めの七将』では、エテオクレースを主人公に、兄弟が戦えばともに死ぬという神託がありながら、エテオクレースは止められても卑怯者になりたくないとその神託を分かってでも戦って、ポリュネイケースと一騎打ちの末に亡くなる悲劇が描かれていますが、こちらはその神託の成就は同じなのですが、展開が異なります。
両軍対峙する中、母のイオカステーが動いて、兄弟に休戦の約定を結ばせて平和裏に終わらせようとします。テーバイ城内にやってきたポリュネイケースとエテオクレースは母の前で話し合いますが、両者の言い分はかみ合わず(権力を握ったエテオクレースの言い分はかなり無理筋)に決裂し、戦うことになります。
そんな中、テーバイ側が勝つにはどうしたらいいのかというところで、イオカステーの兄クレオンが盲目の予言者テイレシアースから予言を得ようとします。ギリシア悲劇の展開ではこういう場合の予言はたいてい求めた者を苦しめるもので、テーバイの勝利にはクレオンの息子メノイケウスを生贄にすることでした。クレオンはメノイケウスに逃亡することを指示しますが、メノイケウスは父を騙して安心させて、生贄としての死を選びます。
その後、戦いでテーバイ側が勝利しますが、オイディプスの呪いが成就してエテオクレスとポリュネイケース兄弟は一騎打ちの末に共倒れで死にます。そこでテーバイの王位を継いだのがクレオンでした。
クレオンは、エテオクレスについては埋葬を許しますが、テーバイを攻めてきたポリュネイケースについては埋葬を許しません。このことに二人の姉のアンティゴネーがクレオンに抗議します。
アンティゴネーはクレオーンの息子のハイモーンと結婚する予定になっていましたが、エテオクレスの埋葬を許さないなら、ハイモーンを床で殺害するとクレオーンに伝え、その結果、オイディプースとともにテーバイをクレオーンにより追い出されることになります。オイディプースも自らの呪われた運命を受け入れて終わります。
権力を握るものはその権力を手放したくない姿、それゆえにもたらされる悲劇と、呪われし一族の呪いの完成ともいうべき悲劇となっています。
◆『オレステース』
まずは悲劇の関係図について、結構異常な関係です。不義密通関係やら、父と娘が関係を持つとか・・・この異常な関係が呪われしタンタロス家の悲劇のネタになります。
ただ、この作品は悲劇としては終わりません。『ヘレネ―』と同じく機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が現れて大団円に終わります。
正直、私はヘレネ―なんて女は、本当に嫌な奴なんですが、父がゼウスだけあって、オリュンポスの神のご加護があるようです。
(筆者作成 エウリピデスの『オレステース』における呪われしタンタロス家の関係図)
この話の前提
トロイア戦争ギリシア軍総大将のアガメムノンは弟のメネラオスの妻ヘレネ―を取り戻すためにギリシア軍を引き連れ、10年に及ぶ戦争の末に勝利して凱旋帰国しますが、そこで妻のクリュタイメーストラーと情夫アイギストスによって殺されてしまいます。
その後、オレステースとエーレクトラー姉弟が、オレステースの親友ピュラデースの協力などでアイギストスと母のクリュタイメーストラーを殺害して父の仇討ちを実現しますが、母殺しのオレステースは復讐の女神エリーニュエスに取りつかれてしまい、発狂したりで苦しみます。これはその後にアテナイで女神アテーナ―の法廷審判で決着がつくことになります。
という流れなのですが、エウリピデスはそのアテナイでの女神アテーナ―の法廷審判の前に、アルゴスの亡きアガメムノーン宮殿の前に居て、母殺しの件でアルゴスの民衆の審判を受けるという設定を生み出して展開するのがこの作品です。
母殺しで恐らく処刑される審判が下されるとオレステースとエーレクトラーは窮地に立たされている中、トロイアから放浪の末、ヘレネ―と共に叔父のメネラオスがアルゴスにやってきます。二人は、ヘレネ―とメネラオスに二人の兄にあたるアガメムノンの貢献を持ち出して、そのお礼に自分たちを窮地から救ってくれとお願いしますが、メネラオスとしては兄アガメムノン亡きアルゴスも領有するチャンスもあるので民衆に気を使って曖昧な返事で協力を渋ります。
民衆裁判では処刑と決まります。裏切られた二人は、一緒に来たピュラデースの力も借りて、メネラオスを後悔させてやろうと、館にいるヘレネ―を殺害して、娘のヘルミオネーを人質にとることを実行します。
ゼウスの娘のヘレネ―は殺される瞬間に神のアポロンが救い出します。オレステースとピュラデースはヘルミオネーを人質にとります。そこに騒動を聞きつけたメネラオスがやってきて、館を攻めようとし、オレステースらは館に火を放つと脅します。
ここで、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)として神アポロンがヘレネ―を連れて登場して、この状況を一気に収めてしまいます。
オレステースは、アテナイに行き、女神アテーナ―の法廷審判で母殺しの罪が許された後、アルゴスに帰国してヘルミオネー(人質にしたメネラオスの娘)と結婚すること、メネラオスはヘレネ―と幸せに暮らすことなどの内容で、皆が納得して終わるというかなり強引な幕引きとなります。
正直、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)について、エウリピデスの作品ではとっちらかった状況をいきなりまとめてしまって大団円ってなるのは、釈然としないものが残ります。
『エウリーピデースⅣ ギリシア悲劇全集8』
訳 者:細井敦子、安西眞、中務哲郎
発 行:株式会社岩波書店
価 格:3,900円(税別)
1990年9月7日 第1刷発行
図書館で借りてきた本のデータです。