#652 レビュー『エウリーピデースⅢ ギリシア悲劇全集7』 | 歴史に遊び!歴史に悩む!えびけんの積読・乱読、そして精読

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『イオーン』『トロアーデス』『エーレクトラー』『タウリケーのイーピゲネイア』の4作品で構成される『エウリーピデース III ギリシア悲劇全集(7)

主要人物それぞれは悲劇的状態にあるも、大団円で終わり、悲しいでは終わらない作品の数々が収められています。

 

エウリーピデース III ギリシア悲劇全集(7)

ギリシア悲劇全集 全13巻+別巻 月報揃 岩波書店 K0562

 

  内容やレビュー

『イオーン』『トロアーデス』『エーレクトラー』『タウリケーのイーピゲネイア』の4作品で構成されています。『イオーン』以外の3作品は広義の意味でのトロイア戦争の後日談です。
 

『イオーン』

アポロンの酷い行為でもたらされた親子の悲劇、最後は全員良かったで終わるが・・・

ギリシア神話では主神ゼウスをはじめ、神々が人間の女性に手を出して子どもを産ませるという話がいくつも出てきます。この話もそこから生じた悲劇です。

 

アテナイ王エレクテウスの娘のクレウーサですが、アテナイの危機を救って王となったクスートスに嫁いでいます。この二人には長年子ができずに困っており、デルポイのアポロン神殿に子どもを授かるための託宣を得ようとやってきます。

 

実はクレウーサには子どもがいました。若かりし頃、そのアポロンに肉体関係を強いられて男の子を生むことになり、クレウーサはその赤子をアポロンへの抗議を込めて肉体関係を強いられた場所に捨てます。

 

その捨て子を拾うのがデルポイのアポロン神殿に仕える巫女で、彼は神殿で育ちます。その彼がイオーンです。

 

イオーンとクレウーサはデルポイのアポロン神殿で出会い、クレウーサからアポロンへの恨みなどを聞かされ、自身が仕える神を非難するような託宣を得ることはできないと拒否します。そこへ遅れて登場したのが、クレウーサの夫クスートスでした。

 

クスートスが子を得たいと願ってアポロン神殿で得た託宣は、経緯は分からないがイオーンが自分の子どもであるということでした。そのことを知ったクレウーサは、クスートスが子どもができない自分を裏切って他で子どもをつくっていたこと、しかもアテナイ人ではない人物で、自分たちの国を乗っ取ろうとしていると勘違いして、イオーンを毒殺しようとします(生んだのはクレウーサなのですが)。

※アテナイの市民権というのは父も母もアテナイ生まれという背景があります。

 

イオーン毒殺は実父のアポロンの計らいもあって失敗し、イオーンは怒ってクレウーサを捕らえて処刑しようと動きます。そこでイオーンを拾い育てた巫女が現れて、彼女によってイオーンとクレウーサが親子であることが証明され、女神アテーナ―も現れ、イオーンの父がアポロンであることが伝えられ、アテナイ王位を継ぐように言われます。アポロンが現れずにアテーナ―が現れるのは、この悲劇の発端はアポロンがクレウーサに肉体関係を強要したものであるのでその昔のことで責められたくないからとのことでした。

 

望まぬ妊娠、捨て子、予想外の偶然の再会(神の計らい)、お互いの正体がなかなかわかり合えないすれ違いからのお互いが分かり合う大団円という流れは、ギリシア悲劇では定番な流れなんですねと思う作品です。

 

『トロアーデス ‐トロイア―の女たち‐』

トロイア戦争の終結直後の敗者の悲劇をトロイア側の女たちから描いた悲劇

トロイアは破れ、王のプリアモスも殺され、妻のヘカベー、娘のカッサンドラ―、ポリュクセネ、ヘクトルの妻のアンドロマケや仕えていた女たちはみな勝者のギリシア軍の人たちに戦利品として分配されます。作品はこのヘカベーを中心に展開されます。

 

自身もオデュッセウスの奴隷とされるヘカベーにこれでもかと次々に悲惨なことが襲い掛かり続けます。カッサンドラ―はアイアースに凌辱された上、ギリシア軍総大将のアガメムノンのものに、ポリュクセネは死んだ英雄アキレウスを慰めるために生贄として殺され、アンドロマケの生んだ孫のアステュアナクスは城壁から落とされ殺され、最後にはトロイアに火が放たれて大炎上し、その炎の中に身を投じようとしますがそれもできずに・・・と

 

畳みかけるむごい仕打ちに打ちひしがれるヘカベーですが、唯一人が変わったように攻撃的になるのが、このトロイア戦争の原因をもたらしたヘレネとの対峙でした。ヘレネはもとはスパルタ王メネラオスの妻でしたが、トロイアの王子パリス(ヘカベーの子)に恋してトロイアにやってきた女性でした。それがパリスに無理やり連れ去られたと言い訳して元通りにメネラオスの妻に収まろうとしている姿に、ヘカベーはその主張の全てを覆そうと論難します。ここでのヘカベーとヘレネの論戦は一つの見ものですが、この作品ではないですが、ヘレネは元通りにメネラオスの妻に戻るので、それを知ったうえで読むとここも悲劇的です。

 

とにかく、敗者にこれでもか、これでもかをひどい仕打ちが与えられ続ける作品です。

 

『エーレクトラー』

トロイア戦争の勝者、ギリシア軍総大将アガメムノンが殺された姉弟(エレクトラとオレステス)の仇討ちという有名な題材をエウリピデスも描いてみた作品

 

題材としては有名で父の仇を果たす結論は同じでも、アイスキュロス、ソポクレスとそれぞれで描き方が異なっています。

 

エウリピデスと他の二人との違いは、エレクトラは父アガメムノンを殺した母クリュタイメーストラとその情夫アイギストスらによって、貧乏農夫の妻とされて、王宮におらず農家で貧乏暮しを強いられている状態にあることや、アイギストスやクリュタイメーストラーを殺害する場所も異なります。

 

その農夫の所に、弟のオレステスと親友のピュラデースが現れます。オレステスは自らの正体を隠してエレクトラを試し、エレクトラの仇討ちへの強い思いを知り、正体を明かしたのちに、まずはアイギストスを続いて、エレクトラが貧しい農夫との間に子どもが生まれた知らせを聞いて農夫の家にやってきたクリュタイメーストラーを二人は殺害しますが、オレステスは母殺しについてはかなり躊躇を見せます。

 

そんなオレステスについて、アイスキュロスは「オレステイア三部作」で、父の仇討ち、母殺しに苦しむ姿、アテナイでの法の裁きによる復讐の連鎖の断絶をそれぞれを悲劇作品として描くのですが、エウリピデスの所ではオリュンポス主神ゼウスの双子がやってきて、オレステスに母殺しのあとの一連の苦難と苦難からの解放を語るという展開を見せて、アイスキュロスの「オレステイア三部作」を一気に消化するという荒業を見せます。

 

今後の自らの苦しみとその解放を知ったオレステスは、親友のピュラデースに姉のエーレクトラーを娶るようにお願いをし、苦難の解放のためのアテナイに向かって旅に出る形で終わります。

 

『タウリケーのイーピゲネイア』

『エーレクトラー』で母を殺してしまったオレステスの苦難の旅とトロイア戦争でギリシア軍総大将であり父であるアガメムノンに騙されて生贄にされてしまったはすのイーピゲネイアの姉弟の奇跡の出会いと脱出を描いたよかったねで終わる作品。

 

母殺しのオレステスはアテナイの法廷で同数でその罪から逃れるも、法廷の判決に不服な復讐の女神たちの一部が母殺しの罪で追いかけてくるので、その解放のため黒海沿岸のタウロイ人の国にある天から降って来た木彫のアルテミス像を奪って帰国することを目指します。

 

なんとそこには、オレステスの姉で、トロイア戦争のときに父のアガメムノンに英雄アキレウスと結婚できると騙されてやってきて生贄にされたはずのイーピゲネイアがいました。彼女は生贄にされる寸前に女神アルテミスによって牝鹿と入れ替えられて、この地に居ました。

 

姉は弟をタウロイのアルテミスへの生贄にしてしまいそうなところで、姉がピュラデースに託した手紙の内容を忘れないように語ったところで、姉と弟の再会が成立し、姉の謀で木彫のアルテミス像も奪って船で逃走を図ります。タウロイ人の王は怒って捕えようとしますが、そこに女神アテナが現れて王を説得して話が終わります。

 

オレステスとイーピゲネイアのそれぞれの苦難の人生は悲劇的で、見どころとしてはお互いが相手を認識できないままにすれ違いの中で、そのまま進めば殺されかねない状況が一気に解決に向かうところです。結末としてはよかったね!で終わる作品です。

 

『エウリーピデースⅢ ギリシア悲劇全集7』

訳 者:松平千秋、水谷智洋、

    松本仁助、久保田忠利

発 行:株式会社岩波書店

価 格:4,500円(税別)

  1991年3月28日 第1刷発行

図書館で借りてきた本のデータです。

 
 
 
 

 

 

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