現存するアイスキュロスのペルシア戦争やギリシア神話を題材にした悲劇が集められています。
絶版 新訳決定版 ギリシア悲劇全集 全14巻揃 岩波 古典劇 ギリシア哲学 思想 芸術 喜劇 ニーチェ プラトン アリストテレス
レビュー
ギリシア悲劇三大詩人のアイスキュロスの作品第2弾は、「縛られたプロメーテウス」「ペルサイ」「テーバイを攻める七人の将軍」「ヒケティデス」の4作品です。
アイスキュロスの作品は、三部作構成の場合はその三部作全体を通して味わったときに最終的に伝えたいことがわかるのかなと思われるので、そういった意味では散逸してしまった一部の作品で構成しているのは残念なところです。ぜひなんらかの形で発見されればと願いながら、残されている部分について読みました。
●「縛られたプロメーテウス」
オリュンポス十二神の最高神ゼウスの怒りにより、ゼウスの息子へーパイストスにより、スキュティアーの辺境の岩山に縛り付けられたプロメーテウスが、プロメーテウスの妻ヘーシオネーの父のオーケアノスとその娘、ゼウスに愛されたためにゼウスの妻ヘーラーの嫉妬で牝牛に変えられたイーオーとのやり取りによって展開される作品。
プロメーテウスやオーケアノスは、ゼウスに滅ぼされたティーターン神族の一人。プロメーテウスはゼウスが人間から取り上げた火を、人間に与え、さまざまな技術と知識を与えたことからゼウスの怒りに触れて縛られることになったのが、この劇が始まる前の前提となっています。
従って、この作品を味わうためには、ギリシア神話の理解が必要になることが分かります。
●「ペルサイーペルシアの人々」 驕りが招く悲劇
ギリシアとペルシア帝国が戦ったそのペルシア戦争を題材にした同時代史的な作品。現存するギリシア悲劇としては唯一の神話ではなく史実を扱った作品。
舞台は、ギリシアの敵国ペルシアの都スーサ。ペルシア戦争をペルシア側から見る形での悲劇として展開するのが特徴の作品です。ギリシアに遠征しているクセルクセス王の軍がどうなっているのかを心配で不安に満ちたペルシア王宮から話が始まります。
伝承によると、アイスキュロスはマラトンの戦い(前490)は兄とともに、サラミスの海戦(前480)は末弟と、プラタイアの戦い(前479)にも参戦とペルシア戦争経験者で、この「ペルサイ」の上演は、サラミスの海戦から8年後というペルシアに大勝するもペルシアとの緊張関係が続く中、アテナイはデロス同盟を結成し、覇権国家を歩んでいる時期でした。
サラミスの海戦に生き残ったペルシア軍使者が、首都スーサにいるクセルクセスの母アトッサ(ダレイオスの妻)や帝国の長老たちに、海戦で大敗を喫した状況、亡くなったペルシア帝国軍の将軍たち、そしてクセルクセスの状況を語り、その後アトッサらはダレイオスの墓の前でダレイオスの霊を呼び出して、一連の事を報告したところ、ダレイオスはギリシア遠征という驕った行為によりゼウスにより罰せられるという主張を行います。ペルシアの大王のはずがここではギリシアのオリュンポス神を崇めるものになっています。
その後、クセルクセスが戻ってきてこの大敗をアトッサや長老らとともに大いに嘆いて終わりとなります。
明確には描かれていませんが、ペルシア帝国の亡きダレイオス大王が、異国の神ゼウスを持ち出すところには、ギリシアのペルシアに対する優位性のようなものがあるのではないかと思わされるものです。
●「テーバイを攻める七人の将軍」 宿命だからこそ逃げずに進む
ギリシア神話のテーバイの王権をめぐる話を題材にした悲劇。ソポクレスやエウリピデスもこの題材をもとにした悲劇があります。
話としては、テーバイ王エテオクレースとその弟のポリュケイネースがテーバイの王座を巡って戦う中で、一騎打ちの末にともに死ぬというものです。
この作品では、ポリュケイネースは名前のみの登場で、テーバイで守る側のエテオクレースとその周囲にいるものたちで展開され、戦いはほとんど描かれません。エテオクレースとポリュネイケースは、父のオイディプースによって「互いに剣によってわが物を奪い合うがよい」という呪いを掛けられています。エテオクレースがその父の呪いを知りながら、あえてポリュネイケースとの戦いに、お互いに死ぬことが分かっていても、周りが止めても突き進む。呪いが自らに課せられた宿命であり、その宿命から逃れる(ポリュネイケースと戦わない)形でのポリュネイケース軍を退ける勝利は卑怯なこととして突き進み、そして両者相打ちで果ててしまうことが描かれています。
話の結末はギリシア神話で知られているのですが、その結末、避けられぬ宿命にどう向かっていくのかがこの悲劇を味わうポイントなんだと思います。
●「ヒケティデスー嘆願する女たち」戦争か、神域かのディレンマ
神話にあるダナオスとその50人の娘の伝説を扱った作品で、アイスキュロスに『ダナイデス三部作』の一つ、他に『アイギュプティオイーエジプト人』『ダナイデスーダナオスの娘たち』がありますが、この2作品は失われてしまっているそうです。
「縛られたプロメーテウス」で、牝牛のイーオー(アルゴス国の王女)がプロメーテウスによりこれからの運命を教えられ、エジプトでエジプト王エパポス(ゼウスとイーオーの子)を生みます。その後にエジプト王アイギュプトスの50人の息子と、その双子の弟ダナオスの50人の娘の婚姻話が上がるなか、ダナオスと娘たちがその婚姻を嫌がって、祖先の地のアルゴスに逃れてきて、アルゴス王ペラスゴスに保護を求めて嘆願することから話が始まります。
アルゴス王ペラスゴスが、ダナオスと娘の嘆願を受け入れて保護すればエジプトと戦わなければならない危険からいったん拒絶しますが、娘たちは神像の側で首つり自殺をして神域を汚すといったところから、エジプトとの戦いか神域を守るかでディレンマに陥りますが、アルゴスの民会を経て嘆願を受け入れることを決めます。
ちょうどその頃、エジプト王アイギュプトスの軍隊らが娘を追いかけてアルゴスにやってきて、その使者が神域で嘆願している娘たちに暴力をふるって連れ帰ろうとします。これに対してアルゴス王ペラスゴスが娘たちをアルゴス市民として守ることを表明して、アイギュプトスの使者を追い払い、娘たちが神の感謝と加護の祈りを歌って終わるというものです。
この伝説は、その後の展開としては実はアイギュプトス王の50人の息子とダナオスの50人の娘の結婚があり、その娘らにより息子たちが一人を除いて殺されるという展開があり、アイスキュロスも三部作それが展開されていたと思いますが、散逸されて分からないのが残念なところです。
〈書籍データ〉
『アイスキュロスⅡ ギリシア悲劇全集2』
編 者:松平千秋・久保正彰・岡道男
発 行:株式会社岩波書店
価 格:4,500円(税別)
1991年1月31日 第1刷発行
図書館で借りた当時のデータです。



