残された学生生活 to do my best is important -16ページ目

コーヒーの力 2

さて、今回もまたコーヒーについてである。


前回は、青春時代に悪戯な情報にみだされたことを紹介した。

今回は最も一般的な力をあげる。


ずばり

   眠気覚まし力

だ。



一夜漬けのテスト勉強、明日提出のレポートのための徹夜、昼寝防止、などなどコーヒーの力を借りることは多々ある。


かくいう自分も、中学の純粋無垢な時代は別として、高校、浪人と世話になっている。

高校では、一夜漬けのテスト勉強などはやらなかった。
武士のように潔く、また先生がよく言う

「日頃からやってるやつにはかなわない」

を頑なに信じ、日頃からやってる自分は大丈夫と。



そんなわけはない。

入試ではトップレベルが、テストでは底辺。

順位にマイナスをかけたように、また、ジェットコースターのように急降下だった。


そんなとき、課題を出すのが日本の高校教諭の常套手段。
当時は、単語を何十回と書いて提出と言われた。

何回かすら覚えてなく、無論そんな単語など欠けらも頭に残っていない。

非常に無駄である。

当時から省エネを推進していた自分としては、1はやだ、しかし、真面目にやるには締切は明日。
徹夜せざるをえない。
徹夜にはたくさんのエネルギーを使う。
エコからほど遠い。


こうした理由で、出来る限りの省エネを図った。

まず、ノートに汚い字で殴り書きをする。

これで何個書いたか確認されるのを防ぐ。

さらに隙間を空けずにびっちり書く。
これで紙の節約と、教諭に見る気をなくさす。


最後にコーヒーをのみ眠気を追い出す。


コーヒーを出すために、長くなってしまったが、この作戦は見事失敗。

結局寝てしまったのだ。


浪人時代もコーヒーでの眠気を追い出し作戦の成功率は、消費税を遥に下回る。


一般的な力ですら疑わしい。



では、なぜ未だに飲むのか。

簡単である。

シンプルである。

旨いから。好きだから。

諸行無常

暇である。


本来なら来るべき戦いに備え、己を研き、敵を丸裸にすべきだ。


しかし、現実は暇。

まさか、大学の授業が敵の援護射撃を行うとは。




教授、准教授、講師、名称の如何を問わず、凄まじい力を持つ人がいる。


授業参加者は、高齢化をしのぐスピードで減る。

授業への興味は、流れ星のごとく儚く消え去る。

先生の声は、赤子への子守唄をしのぐ睡眠導入作用をもたらす。

話す単語は、聞き取りにくく、日本語であるとの断定すら危うい。



こうした状況では為すすべがない。

まさしく、第一関門といったとこか。

三日坊主

毎日の積み重ねこそが、偉大な結果を呼ぶという。 

偉大な結果はなかなか手に入れられない。

つまり、毎日の積み重ねこそはなかなかできないということである。



法学部らしく三段論法でやってみたが、つまりは、毎日更新はきつい。


かといって、勝利への軌跡をあきらめたわけではない。

ただ少し、ほんの少し、軌跡を薄めるだけだ。