任用試験2
勉強会で教えてくれた人を仮にKさんとします。
ハッキリ言って迷惑でしたが、Kさんは朝は新聞配達、昼はフルタイムのパート、夜は連日会合の中、その合間をぬって私に教えてくれるのです。
邪険にもできず、計4回ぐらい私の家で勉強会しました。
試験といっても要は暗記です。
試験範囲は大白に載ります。ご丁寧に大事なところは太字で書いてあるので、そこさえ覚えれば大丈夫です。
勉強会はこの大白を読んだりしただけなんですが、いざ勉強してみると・・
だいぶ忘れてました。
例えば“五重の相対”という言葉は覚えていてもその中身を忘れてしまっていたり・・
今ではあらためて勉強できてよかったと思っています。
内容は十界論、三類の強敵、絶対的幸福、創価学会の歴史、日顕宗を破すなどなど。
十界論や最高の“人の振る舞い”とは“人を敬う行動”である、など
なるほど、と納得できる部分も多く
思うにこの任用試験で“学会は正しい”と思ってしまう人が結構いるのではないか、と。
しかしよく考えると日蓮仏法は学会だけではないですし、
しかも学会は同門ほど厳しく糾弾したりします。
教義が似ているので会員をとられないためでしょうか?
勉強会中、南無妙法蓮華経が文底に沈んでた、というところが解せなかったので
「文底に秘沈とはどういうことか?」と質問したら、
Kさん「文の底に沈んでたってことね」
・・そのまんまじゃねーか。
そんなもんわかっとるわい!
沈んでるのになんで見えた(わかった)のか?ってきいてんのに。
そもそも文底ってなに?って気もしますが・・
とにかく、そんなことは試験にでない、細かくはわからなくていい、とそれ以上の質問をさせないような感じでした。
教学を深く知ると学会の矛盾がみえてくるからなのか、
その人自身もわからないからなのか、
信・行・学の学から入ってはいけないからなのか(信から入らないと信心に結びつかない)
真偽のほどはわかりませんが・・
任用試験1
今日は私が任用試験を受けたときのことを書きます。
最初の試験が任用試験で次が3級、1級みたいな感じであがっていきます。
任用試験は2~3年に1回しかないのですが、去年ありました。
活動家になるとこの試験を受けることを強く勧められます。
私は入会して少したったころ、やさしい教学―新会員講座という本をアマゾンで購入し読んでいましたので任用試験範囲の教学は知っていたこともあり、めんどくさいので受けたくありませんでした。
でもとにかく学会員さんは強引です。
そりゃあ、「私は受けません」とかなりハッキリ言えば受けなくてすむと思いますが、会合で「受けた方がいいよ」とか「家庭円満にもなるよ」(?)など寄ってたかって言われとても断れる雰囲気ではありませんでした。
一般の人には「そんなのハッキリ断ればいいじゃない」と思われるかもしれませんが、
これは実際に学会活動した人にしかわからないと思いますが・・会合で学会に背くような発言(そんなのやりたくない、とかそれは間違ってる等)というのはとてもとても言えるような雰囲気ではないんです。
心臓に毛が生えた人じゃないと無理かと・・。
私もやりたくないことは、家庭訪問などの1対1のときはなるべく言うようにしています。
それでも、断ったりするとなぜかこっちが悪者みたいな気分にさせられます。
できないものはできない、と言ってるだけなのに納得いきません。
別にあなたは悪者だと言われたわけじゃあないです。
でもそういう気分にさせられるんです。その辺は実に巧みです。
『それはあなたが勝手にそう思ってるだけではないのか?』と学会員さんには言われてしまいそうですが、
こういう気分にさせられるのは私だけではないと思います。
で、私は受けませんと言ったわけではないですが、いやそうな顔はしていたと思います。
普通であれば、そこでこの人はいやがってるなと思って身を引くとおもうのですが、学会ではそれが通用しません。
言いすぎかな?とおもうぐらい言ってやっと伝わります(笑
ともかく任用試験を受けることが決まると勉強会があるのですが、
私の地区は私を含め2人しか受験者がいませんでしたのでマンツーマンでの勉強会となりました。
集団での勉強会のところもあるようです。(おそらく受験者が多い地域)
長くなるので何回かに分けて書きます。
嫉妬?
学会を批判すると学会員さんからはよく“嫉妬”って言われますよね。
なんでそうなるの!?
理解できない・・
学会を批判してる人のほとんどは“嫉妬”から批判してるわけではないと思うんだけど。
聖教新聞では毎日のように名誉市民だとか名誉博士だとかで池田氏を賞賛してるけど、学会以外のメディアはなんで池田氏を称えないのか?
って主人にきいたことがあるけど、それは嫉妬してるからだ。
とか言ってたし・・