こんばんは
もう12月も半ばに入ろうとしています。
1年が過ぎるのが毎年毎年早くなっているように感じます。
前回のブログで次男(小3)が私立小学校へ編入を前提とした体験入学をする旨を書いたのですが、ダメでした。
体験入学の前夜からグズグズしだし、当日も夫(私は仕事でした)が付き添っていったのですが、教室に入れずそのまま帰ってきてしまいました。
その後も学校に行けることはなく、調子のよい日はオンラインで授業をつないでもらって家で視聴したりしなかったり。
私たちも体験入学時の次男の様子から登校を無理強いするのはやめ、次男のしたいように過ごせるようにしました。
このまま不登校で2学期、3学期・・・はたまた小学校時代は終わってしまうのかもとすら思っていたのですが、先日、次男の方から「明日は学校に行きたいから付き添ってほしい」と言われました。
翌朝、宣言通りに準備して少しゆっくりめの時間に一緒に学校まで歩きました。
次男がランドセルを背負って通学路を歩いているのを見て涙を堪えるのに必死でした。
学校に着いてからはなかなか教室に入れず。
すごく時間はかかりましたが、ついに次男は自分で教室に入りました。国語の授業でした。
席には着けず、後ろで立ったままでしたが、教科書も開いて教室で授業を受けました。
約2か月振りの教室でした。帰り道も帰ってからも「頑張ったね」とたくさん声をかけました。
その日の夜に次男から「お母さん、今日はどうだった?これからどうなったら嬉しい?」と話しかけられたので「今日は学校に行ってとても頑張ったと思うよ。これからは・・・次男が嫌だと思わなければ、1学期みたいに教室に行って前みたいにお友達の話をきいたりしたいな」といったことを答えました。
その答えをきいた次男は号泣。
「僕も前みたいに教室に戻りたいけど戻れない。どうしたらいいのかわからない。みんな(理由を)なんで?(行く行かないを)自分で決めないとっていうけれどわからないんだよーー」といった趣旨の言葉を何回も繰り返して泣いていました。
ようやく次男の本心に触れられたという気持ちとここまで追いつめてしまって申し訳ない気持ちとで胸がいっぱいになりました。次男も辛いんだ。このことをわかっているようで何もわかっていませんでした。
ただ、自分の気持ちを吐き出せてスッキリしたようで、これまで全く出ようとしなかった担任の先生からの電話に出るようになったり、宿題のプリントを職員室まで提出しにいけるようになったりと少し何かが変わってきたように感じています。
以前のように学校に通えるようになるのかどうかはわかりませんが、次男の心が回復するまで気長に待とうと思えるようになりました。
最後にタイトルの件ですが、不登校のことを調べまくっている時にHSC【非常に敏感な子、いわゆるHSP(繊細さん)の子供バージョンです】という言葉に出会ったのですが、恐らく次男はHSCなんだと思います。当てはまりすぎていて怖かった
この特性を考えると学校自体が次男にとっては試練の場なんだろうな。
もっと早くこのことにも気づけていたらもっと寄り添った対応をしてあげられたのに・・・と後悔しきり![]()
HSCは障害とかではないので本人が折り合いをつけて付き合っていくしかないのだけれど、これまでの親としての対応を考えると逆効果のことをしていたなあと思うことも多々。
しかし、「たられば」を考えてももう何にもならないので、まだ半分くらいは残っている次男の子供時代が穏やかなものになるよう頑張ろうと心新たにしました。