飲み会に誘われたとき、行きたいような面倒くさいような、迷う時はないでしょうか?私はよく迷います。

この件についてネットで意見を調べると、「迷ったら行くべき」「迷ったら断るべき」の真っ二つに分かれていました。

私は、迷う飲み会には行かなくて良いと思います。逆に言うと「絶対に行きたい」と断言できる飲み会にだけ行けば良いと思います。

 

「迷ったら行くべき」派の人は、以下の理由を挙げていました。

 

・有益な情報を聞けるかもしれない

・仲が深まるかも知れない

・上司からの評価が上がるかも知れない

 

「行っても何の得もないかも知れないけど、プラスになるかどうかは分からないから、迷ったら行くべきだ」という意見でした。

確かにそうなんです。行ったところでデメリットはないでしょう。

 

しかしこれは、飲み会へ行っても疲れない人の話です。

私は大して親しくない人との飲み会へ行くと、その後不眠症になって生活リズムが壊れて体調不良になり、回復するのに1週間くらいかかります。

仕事でもプライベートでもネットで知り合った人でも、ある程度仲良くなって信頼できる人と少人数での飲み会へ行くのは好きです。

しかし、大して親しくもない人との飲み会に行ってエネルギーを消耗すると、メリット以上にダメージの方が大きくなります。

従って、本当に行きたい飲み会以外は全て断りますし、それで損をしようと給料が下がろうと問題ないと思ってます。

健康第一ですから。

業務外の飲み会を断ったからという理由でクビにする会社があるなら、「我慢して飲み会に参加する」のではなく、弁護士に相談したり労基署に訴えたりすべきでしょう。

飲み会を断って職場で気まずくなるなら、アドラーの「嫌われる勇気」を読みましょう。

 

でも、「とりあえず飲み会へ行ってみればいいじゃん」と言いたくなる人の気持ちも分かります。

 

私は飲み会は嫌いですが、旅行は好きです。

知らないところへ出かけるのが好きで、少しでも迷ったら(予算と時間の許す限り)とりあえず行きます。

 

知らない駅に着いて観光案内所へ行き、観光マップに記載されてる場所は(1%でも迷ったら)片っ端から行きます。

「こんな古墳へ行っても、土が盛ってあるだけで、きっとつまんないんだろうなぁ」

と予測されても、ちょっとでも迷いがあったら行きます。

レンタサイクルをぶっ飛ばして朝から晩までヘトヘトになるまで走り回ります。

 

実際、95%以上の観光地はつまらなく、面白い場所は殆どありません。

しかし「絶対つまんないだろう」と予測していたにも拘らず、実際に行ってみると感激するほど素晴らしい場所もあるんです。1%くらい。

その1%を発見するために、90%以上のつまらない場所を回るのは私にとって全く苦痛ではありません。

色んな人から「そんなに旅行して、よく疲れないね」って言われるんですが、私は疲れない体質なんです。

逆に、面白いかも知れないのに「疲れる」という理由だけで旅行しない人の気持ちがよく分かりません。

 

迷う飲み会に片っ端から参加することを勧める人も同じようなものだと思います。

本人が飲み会で疲れないので、疲れる人の気持ちがわからないだけです。

なので、そういう人は気にせず、迷った飲み会は片っ端から断っていいと思います。

人生損してナンボだし、健康を害してまでやる必要はないです。

「友達がいない」と嘆く人がいますが、嫌いな人と友達付き合いをしている状況に比べれば友達がいないのは遥かにマシです。

 

マウンティングをしてきたり、意地悪をしてきたり、相手の都合を考えずに呼び出したり、会えば聞きたくもない愚痴ばかり聞かされたり...と、会ってエネルギーを取られる友達とは会う必要がありません。

 

エネルギーを奪われているかどうかは客観的には分からず、自分の感覚が全てです。

 

会って元気をもらえる人と会えば良くて、会って疲れるのであれば「イイ人なんだけどなぁ」「特に問題はないのに切るのは申し訳ない」「貴重な情報を得られるから」などと頭でゴチャゴチャ考えずに切って大丈夫です。

 

家族や取引先、同僚、同級生については嫌でも顔を合わせなければならない場合もありますが、友達については忖度は一切不要です。

 

もし「嫌われるのが怖いから」という理由で友達からの誘いを断るのが怖ければ、それは黄色信号です。

 

本当に親しい友人であれば、「気分が乗らないから」とか「その日は休みたいから」という理由で断っても全く問題になりません。

 

確かに10年後くらいに精神的に成長してから「あの人にも良いところがあったから、今だったら縁切りまでしなくても仲良く付き合えただろうなぁ」と思うことはありますが、当時の精神レベルでは無理だったのですから後悔する必要はないです。

 

エネルギーを取られる人と友達関係を保ったまま良い友達を増やそうとしても、中々うまくいきません。

 

なぜなら、元気をくれる友達に、ついついエネルギーを取られる友達のことを愚痴ってしまうからです。

 

最初は熱心に話を聞いてくれていた友達も、段々ウンザリしてきます。

 

精神的に成熟した人は「なんでそんな未熟な人と友達やってるんだろう?」と不思議に思うので、エネルギーを奪う人といつまでもズルズルと友達をやっていると、成熟した人から距離を置かれてしまいます。

 

こうして、未熟な人と友達関係を続けていると、成熟した人とは疎遠になって、周りには未熟な人ばかりが残ります。

 

結局、ダメな人間関係は自分で引き寄せています。

 

従って、友達と関わって疲れてしまう人は孤独になる勇気を持つことが必要です。

 

寂しいからと言って質の悪い友達と関わっていると、いつまで経っても友達には恵まれません。

 

友達がいないと、時間もお金も自分の自由に使えて意外と楽しいものです。

 

逆説的ですが、「友達なんていらない」と割りきって自分自身を大切にすればするほど良い友達に恵まれます。

結婚生活に正義や常識、善悪などを持ち込むと家庭がギスギスし始め、最悪のケースでは家庭崩壊します。

 

具体的には「普通~だよね?」「~べきじゃない?」「どうして~してくれないの?」という口癖を連発していたら要注意です。

 

私は25歳で結婚して35歳で離婚し、これまでの人生では今が一番幸せです。

 

家庭で「○○すべき」「普通は◯◯」を連発していたら、家族は常に家でジャッジされることになるので、家が安心できる場ではなくなります。

 

毎日毎日そんなことを言われ続けたら、男女問わず外に安心感を求めて不倫したくなる人は多いでしょう。

 

安心できない家族なんて必要ありません。

 

安心感以外は、お金さえ払えば(家事代行など)外部サービスで代替できます。お金を稼ぐ自信がないなら、パートナーではなく社会保障を頼りましょう。

 

今の日本で生きていくだけなら、死ぬまで一人暮らしでも何とかなるのではないでしょうか(というより、家族がいるからと言って助けてくれる保証はないです)。

 

何故それでも家族を求める人がいるのかと言えば、「帰れる場所が欲しい」「安心できる場所が欲しい」ということではないでしょうか?

 

正義感や社会常識がどのようにして家庭を崩壊させるのか、具体例を挙げてご紹介します。

 

例えば、自分ばかり毎日掃除をしてパートナーが全く掃除をしてくれないとか、たまに掃除を任せても不十分という不満を抱えている人は多いのではないでしょうか?

 

そうすると、「普通、家事は夫婦で平等に負担するよね?」「お皿を洗った後はシンクも綺麗にするべきだよね?」と不満を言いたくなります。

 

よくあるのが、実はパートナーが綺麗好きではなく、月に1回くらい清掃すれば十分と考えているケースです。

 

あなたが毎日部屋をピカピカにして綺麗にしておきたいのに対し、パートナーは「部屋を歩けなくなるくらいゴミが貯まったら、まとめてゴミを片づけよう」と考えていた場合、一般常識をぶつけ合っても仕方がありません。

 

「1か月に1回しか掃除しないなんて、不潔で非常識だ」と切り捨てるのは簡単なのですが、パートナーの常識では毎日掃除する方が非常識かもしれません。

 

世間一般と比べて自分の常識が多数派であることを証明しても、幸せな家庭を築く上では何の価値もありません。

 

パートナーの考えよりも世間を優先している限り、安心できる家庭は築けません(家の中で常に世間一般と比較されることになるので)。

 

相手の考えを聞いた上で「普通は○○」と「普通」を主語にして正論をぶつけるのではなく、「私は毎日掃除しないと気持ちが悪い」と「私は」を主語にして自分の気持ちを表現します。

 

もっと正確に言うと「私は毎日掃除しないと気持ちが悪いのに、あなたが私の気持ちを無視して掃除に協力してくれないから悲しい」でしょうか?

 

しかし相手は「私は月に1回掃除すれば十分で、自分の時間を他のことに使いたいのに、あなたが私の気持ちを無視して掃除を強要してくるから悲しい」と思っているかもしれません。

 

お互いに話し合って、「交代で週1回の掃除をする」くらいの結論で妥協するのだと思いますが、このとき

 

「今まで掃除は毎日しないと気持ち悪いと思っていたけど、意外と週に1回くらいでも構わないかも知れない。試してみよう」

 

と、自分の常識を壊して新しいライフスタイルにチャレンジする覚悟も必要になります。

 

パートナーと全く話し合いができない、話し合いをする気がない、という状況であれば、もう本音で話し合える、安心できるパートナーシップではないかも知れません。

 

例えば掃除の件で言うと、強迫性障害の不潔恐怖の方がパートナーだった場合、毎日何時間も掃除せずにはいられないので、掃除を手伝わないと怒鳴り散らされるなど、脅迫的にその掃除を手伝わされるケースもあります。

 

その場合には距離を置くしかない可能性もあります。

 

ここで相手の言うがままに毎日何時間も掃除を手伝ってしまうと強迫性障害が悪化します。

 

そうすると次の問いは、「なぜあの人は変わらないのか?」ではなく

なぜ自分はこの崩壊したパートナーシップにしがみついているのか?

なぜ離婚するのが怖いのか?

どうすれば次の結婚では相手の本性を見抜けるのか?」です。

 

いずれにしても、家庭生活では常識や正義を盾に相手を責める必要性は最後までありません。

 

普通は専業主婦が毎日ランチにママ友と外食なんて有り得ないだろ?少しは断るべきだろ?誰が稼いだ金で飯を食っていると思ってるんだ!」

 

と言うのではなく

 

私は毎日一生懸命頑張って働いていますが、あなたの金の使い方を見ていると家計のことを真剣に考えていないのではないかと不安になります。私が頑張って稼いでいることを尊重されていない気がして悲しいです」

 

と言います。パートナーは「家計も心配だが、ママ友からの誘いを断ったら子どもが学校でイジメられるのではないかと不安」という気持ちを抱えているかも知れません。

 

常識を押しつけずに気持ちを伝えあえれば話が進んでいくのではないでしょうか?

 

常識で責め立てたら相手の行動をコントロールできると錯覚するかもしれませんが、相手の心まではコントロールできません。

 

「普通○○すべきだよね?」と言えば言うほど、相手の心はどんどん離れていきます。

 

相手の自己肯定感が低いと粘り強く我慢してくれるかも知れませんが、数十年を経て(パートナーや子どもから)何らかの問題が出る可能性もあると思います。

 

色んな夫婦から一番よく聞く不満は「私はこんなに頑張っているのに、パートナーが○○してくれない」ですが、相手を責める前に、まずは自分を犠牲にしてまで頑張るのを辞める勇気を持つことだと思います。

 

頑張るのを辞めるのは、頑張り続けることよりも大変です。

 

私もつい「普通は○○だよね?」と言ってしまうのですが、自戒も込めて要注意です。

東京で働いていた時、毎朝6時台に家を出て満員電車に1時間近く乗り、会社の最寄り駅に着いた時には既に疲労困憊をしていました。

 

そのまま会社へ行くパワーがなかったので会社近くのドトールでブレンドコーヒを喉へ流し込んで感覚を麻痺させて、会社へ向かいました。

 

会社ではパワハラ気質の上司の下で猛烈に働き、忙しい時は夜11時を過ぎることもありました。

 

終業後、ラストオーダーギリギリの大戸屋へ滑り込み、夜ご飯を味わう暇もなくお腹へ放り込み、家へ着いたら12時過ぎでした。

 

しかし1日に不満があったので寝る気にならず、深夜3時くらいまでどうでも良いYouTubeを見て、翌朝ボーっとする頭のまま6時台に起きて出社しました。

 

当時は30歳くらいで収入が額面で(賞与や残業代も入れて)700万弱ほどあり、年齢の割には平均より収入がある方でしたが、ストレス発散にお金を使ってしまい殆ど残っていませんでした。

 

早く年収1000万円を超えたいと思って頑張っていたのですが、とても健康に悪く不眠症で、ちょっとしたことでイライラしていました。

 

ストレスが限界を突破して頻繁に身体を壊すようになったので、その会社は1年半で退職しました。

 

その会社は3社目でしたが、30歳を過ぎて1年半で転職していたら、その先もう転職できなくなってしまうのではないかという不安もありましたが(今からすると余計な不安でした)、身体を第一に考えて転職をしました。

 

転職してガクッと年収は落ちたものの、とても働きやすい職場で労働時間も短くなり、心身ともにとても健康になりました。

 

コロナになってからはフルリモートになり、世界中どこで働いても良い環境になったので、感染状況を見つつ働きながら日本全国を旅行していました。

 

しかし、新しいことにチャレンジしたいので、今の会社で70歳まで働くことは考えていません。

 

近い将来またどこかで転職すると思うのですが、以前の東京での生活を思い出すと足がすくみます。

 

私は歴史が好きなので、日本国内では関西が好きで、特に滋賀県や奈良県が好きです。

 

京都も良いのですが観光地化され過ぎていて観光客も多いため、実は滋賀県の方が静かで落ち着けるお寺が多いという印象です。

 

滋賀や奈良にいてお寺や自然に囲まれて過ごしていると非常に気持ちが整い、仕事が炎上してもイライラせず、不眠になることもありません。

 

私は東京生まれの東京育ちで、日本国内では東京・神奈川以外で暮らしたことがなかったので、奈良にいることがここまで心地よいとは知りませんでした。

 

きっと田舎の生活は寂しいのだろうと思っていましたが、東京にいる方がよほど寂しく感じられます。

 

朝、早く起きてお寺を散歩するのが楽しみで、朝5時台に自然と目が覚めて夜10時には眠くなります。

 

ところが東京の実家へ戻ってくると、朝4時まで寝つくことができず昼の11時まで寝ています。

 

実家の問題もありますが、東京にいること自体がストレスなのではないかと感じるようになりました。

 

東京にいながら、奈良や滋賀にいる時のような落ち着いた気持ちになることはできないものか?と考えていたある時、大阪の堺市を訪れました。

 

堺は今でこそ地方都市の1つに過ぎませんが、室町時代は京都に次ぐ大都市で、非常に活気のある大きな都市でした。

 

その堺は千利休という日本一有名な茶道家を生み出した都市で、堺には千利休の記念館があります。

 

千利休記念館で茶道に関するDVDを見ていたところ、「市中の山居」という考え方があることを知りました。

 

「市中の山居」とは、茶道をすることで、堺のような大都市にいながら、まるで山奥にいるかような落ち着いた気持ちになることができる、という考え方です。

 

これは正に私が求めていたものでした。

 

今まで茶道には全く興味がありませんでしたが、茶道をすると東京にいながら気持ちを落ち着けることができるかも知れません。

 

今すぐ始めるわけではないですが、将来茶道を楽しみたいです。

 

そして、茶道の考え方の根底には禅の思想があるらしく、禅の根底には仏教の思想があるので、結局は仏教の考え方を学ぶことが幸福への道なのですね。

20歳くらいの頃、ある離婚経験者のお姉さんから

 

「結婚するんだったら、婚姻届を出す前に離婚届にサインしてくれる人に限るよ!離婚で執着が発生すると大変だからね。」

 

「『まず離婚届に署名して!』って話して『え?どういうこと?』って聞いてくれる人ならいいけど、『そんな非常識な!有り得ない!』ってキレ出す人と結婚したら苦労するよ」

 

と言われました。

 

当時は意味が分からなかったのですが、私も25歳で結婚して35歳で離婚を経験した今になって振り返ると意味が分かります。

 

離婚は時間的にも経済的にも大変消耗します。

 

「経済的にも精神的にも一人でも幸せに生きていける。だから、気持ちが離れたら離婚する覚悟もある」という人同士が結婚しないと、執着して共依存からの共倒れになってしまいます。

 

「夫婦なんだから、ずっと添い遂げてくれて当たり前」と思ってしまうと、一緒にいてくれることに感謝する気持ちがなくなります。

 

「離婚されてしまうかも知れない。でも大丈夫。自分は一人でも幸せに生きていけるから!」と思えた方が、「今日も一緒にいてくれてありがとう」と自然に思えるのではないでしょうか?

 

 

私は東京生まれ東京育ちで、これまで日本では東京と神奈川以外に住んだことがありませんでした。

 

運転免許証の教習所合宿で2週間だけ山形にいたことがありましたが、それ以外は長期で東京を離れたことはありませんでした
(もちろん旅行はあちこち行きました)。

 

このたびリモートワークになったので憧れの大阪で数か月住んでみたのですが、私にとっては東京より大阪が住みやすすぎてビックリしました。

 

あくまでも個人の感想で客観的なデータは何もなく、東京をディスりたい訳ではないです。

 

 

家賃が安い!

 

梅田の隣駅の天満などでも5万円くらいのワンルームマンションがあります。新宿や大手町の一駅となりで家賃5万なんて有り得ません。

 

難波から3分の新今宮駅は女性は近寄りづらいかも知れませんが、5万円くらい払えば水道光熱費通信費込みで、フロントまでついてるホテルに1か月暮らせます。

 

昔のドヤは汚かったですが、最近はここ10年で外国人バックパッカーが増えたので、綺麗で清潔な格安ホテルも増えた印象です。

 

コンパクトで便利!

 

梅田か難波のどちらかへ行けば全ての用事が済みます。

 

梅田駅(大阪駅)に限っては、新宿駅や東京駅より大きい印象で、日本で一番複雑な駅ではないでしょうか?

 

これは賛否両論いろいろあると思いますが、新宿の地下が単なる道路であるのに対して梅田は地下街が発達していて迷宮っぽさが増しています。

 

仕事の用事があっても、御堂筋線の梅田~天王寺間で全ての用事が済むのではないでしょうか?

 

そして、梅田から天王寺は15分くらいでつきます。

 

東京で「全ての用事が済む駅」と言えば新宿くらいだと思いますが、東京東部や千葉の人が新宿へ行くのは大変です。

 

まず、東京に住んでると「どこで待ち合わせる?」と相談するだけでウンザリします。

 

総武線の新小岩と田園都市線の桜新町に住んでいる人が会うなら神保町くらいが真ん中だと思いますが、渋谷か錦糸町あたりになるでしょうか?

 

どこに住んでて、どこが出やすいか?を相談するだけで消耗します。

 

大阪なら梅田か難波の2択で済みますし、せいぜい神戸三ノ宮か京都河原町が追加されるくらいだと思います。

 

それに、新宿から上野まで移動するには山手線でもメトロでも20分くらいかかり、考えるだけで疲れます。


梅田から難波は10分くらいしか離れておらず、新宿から渋谷へ移動するくらいの距離感なので、この感覚に慣れると東京は都心だけでも広すぎて消耗します。

 

 

食べ物の種類が豊富で安い!

 

勝手な印象ですが、大阪を歩いていると「あ!美味しそう!」と思うお店が多いです。

 

天神橋筋商店街や鶴橋、あるいは梅田の地下街を歩いていると食べたいお店が多すぎて困ります。

 

夜でも美味しい定食屋がたくさんある印象です。

 

逆に、東京の渋谷や新橋を歩いていてもラーメン屋か牛丼屋か居酒屋ばっかりの印象です。

 

昼なら居酒屋がランチ定食をやってますが、夜の東京で700~800円の美味しい定食を探すのは難しい気がします(大戸屋かやよい軒くらいしか見当たらず、個人でやってる定食屋などは少ない印象です)。

 

 

完全に個人の感想なのですが、大阪は歩いていて楽しいです。

 

例えば梅田から通天閣まで散歩しても、梅田の高層ビル群→淀屋橋オフィス街→本町のレトロなビル群→心斎橋のおしゃれな店→難波の商店街→日本橋のオタク街→新世界のド下町→通天閣・・・と、次々に景色が変わって飽きないです。

 

子どもを東大へ行かせるような親は、「子どもに『勉強しなさい』とは言わない」と、さっき本屋で立ち読みした本に書いてありました。

 

子どもに「勉強しなさい」と言わなくても子どもが自然と勉強するようにするのが東大卒の親なのだそうです。

 

私も東大卒なのですが、確かに私の親もそうでした。

 

これが厄介で、子どもが勉強を楽しんで自然と勉強をするなら良いです。

 

しかし大半の東大生の親は子どもを罪悪感でコントロールする術に長けていて、わざわざ「勉強しなさい」と言わなくても子どもが罪悪感で勉強させられるのではないかと感じます。

 

確かに「勉強しなさい」とは言われないのですが、しつけがとても厳しくて、言いつけを守らないと母が不機嫌になるので、母の機嫌を保つために勉強せざるを得ないという状況でした。

 

形式的には確かに「子どもが自発的に勉強する」と言えるのですが、本当にそう言えるのかは重要です。

 

勉強もほどほどには大切ですが、今の時代は「個で稼ぐ」時代になっているので、頑張って勉強して難関大学へ行くよりもIT系の専門学校へ行った方が安定して収入を得られる時代になりつつあるように感じます。

 

本当に勉強が好きな子は思いっきり勉強すれば良いと思いますが、それはアニメ好きな子が代々木アニメーション学院でアニメを極めるのと大して変わらないでしょう。

 

大して勉強が好きではない子に「将来のため」と我慢をさせて無理やり勉強させる時代ではないように思います。

コロナでフルリモートワークになってから、仕事をしながら47都道府県を転々としていました。

 

47都道府県を移動しながら「自分にとってどの都道府県が最も住みやすそうか?」をずっと考えていました。

 

以前は人が多くて刺激的な東京が最高に幸せだと思っていました。

 

しかし最近、仕事のストレスを乗り越えるために自然との触れ合いが必要だと実感しました。

 

東京都心にも明治神宮とか新宿御苑、上野公園など緑豊かな場所はたくさんあるのですが、都心に住むのは家賃が高すぎますし、郊外の住宅地だと逆に都心と比べて緑が少ない印象です。

 

大阪の中心部は東京よりも緑が少ないです。

 

都会のオフィスで机に向かって仕事をしていて不測の事態が起こるとイライラの解消しようがありませんが、緑に囲まれていると取引先がイライラしていても、こちらまで一緒にイライラすることはなくなりました。

 

しかし、地方は家賃こそ安いものの車が必須となるとガソリン代がかかります。

 

また、都会であれば健康的なレストランや安いレストランもたくさんありますが、地方だと外食の選択肢は限られ、自炊に時間を取られることになります。

 

地方と言っても、都心へ気軽に出られる場所がいいですね。

 

また、あまりにも地方へ行きすぎてしまい、町内会費を払ったり町内会のイベントに参加しなければいけないとなると、自分の時間が奪われてしまいます。

 

・地元のコミュニティに時間を取られない

・車がいらない

・緑が豊かで自然もある

・都心へ気軽に出られる

 

これだけ贅沢な条件を満たす場所があるのかと考えたところ、奈良が候補に上がりました。

 

奈良も南の方へ行くとコミュニティの結束がありそうですが、近鉄奈良駅近くのマンションであればコミュニティの縛りはなさそうです。

そして、緑豊かな春日大社などが徒歩圏内にありますし、電車にちょっと乗ればすぐ大阪へ行けますし、家賃も安く、また車がなくても自転車だけで用事が済みそうです。

 

東京は都市圏が巨大すぎて、都心から30km以上(国道16号線より外側)へ行かないと家賃が下がらず、そこまで行くと都心へ出るのが遠すぎて住みにくそうです。

 

福岡も、食べ物が美味しくて家賃も安く、車なしで生活できそうで良かったのですが、博多や天神は東京の山手線沿いや梅田・難波に比べると少し都会度が落ちるので「日帰りで都会に行きたい」と思った時に少し物足りないと感じるかも知れません。

 

私は歴史も好きなので、奈良に住めるよう計画を立てていきたいです。

関東や東海圏の人ならJR東海の「そうだ 京都、行こう」というCMをご存知だと思います。

 

東京で生まれ育った地味で陰キャな私は中学の頃からちょくちょく鎌倉のお寺を散歩していましたが、京都には憧れていました。

 

大阪にいると、「日本に京都があって良かった」とか「美は京に極まる」とか、鼻持ちならない広告をよく見かけます。

 

なぜ多くの人が京都へ行きたがるかというと、東京にいると朝から晩まで学校や仕事に追い立てられ、街もガヤガヤして落ち着かないので、都会の喧騒を離れてゆっくりしたいと思うからです。

 

ここからは私の個人的な感想ですが、京都へ行っても思ったほど落ち着きません。

 

まず、京都は都会なので、京都を歩いても都会の喧騒からは離れられません。

 

景観規制で高さ制限が設けられているとはいえ、京都には鉄筋コンクリートの建物が立ち並んでいるので、祇園など一部を除いて歴史の風情は感じられません(後述しますが、奈良は街の発展よりも景観規制を重視したようなので、景観規制のレベルが違います)。

 

京都でもお寺の中へ一歩足を踏み入れれば確かに都会の喧騒からは離れますが、金閣寺、清水寺、二条城、祇園四条などの有名な観光地はコロナ中ですら多くの観光客がいて、ワイワイガヤガヤ、パシャパシャと落ち着きません。

 

「そんなミーハーな初心者が行く寺に行っても落ち着くわけないだろう」と言われるかも知れませんが、京都のお寺はどこへ行ってもそれなりに観光客が多い印象です。

 

毎年、冬には「今日の冬の旅」という観光キャンペーンで非公開の寺院をたくさん特別公開しています。

 

今年は大徳寺、醍醐寺、建仁寺などを回りましたが、どこも人がいます。

 

冬の平日の午前中であれば閑散としていますが、京都のお寺で「観光客が1人もおらず、自分だけで寺や庭を独占した」という経験はまだないです。

 

大原の寂光院なども、静かで落ち着きますが知名度があるので人はいます。

 

もちろん私も京都の名所全てを回ったわけではないので掘り出し物があるかも知れませんが、「日本の伝統文化といえば京都」と考える人は多いので、見つけるのは大変そうです。

 

京都がちょっとしっくりこない理由は

 

・観光ビジネスが発達し過ぎていて興ざめすることがある

・どこへ行っても人が多い(外国人観光客が戻ってきたらますます混む)

・拝観料が高い

 

などです。京都は、物凄くお金を使えば素晴らしい世界が開けると思いますが、庶民には無理です!

 

そこで、京都で物足りない一般庶民は奈良へ行きます。

 

奈良は関東ではイメージがとてもよく、2010年頃のケンミンショーで、東京銀座で「三都物語といえば?」とアンケートしたら異口同音に「京都・大阪・奈良」と答えていました(正解は京都・大阪・神戸)。

 

奈良は京都と違って都会とは言えないので、駅を降りた瞬間から都会の喧騒から離れられます。

 

奈良は江戸時代には既に田舎になってしまっていたようなので、「きっと奈良時代もこんな景色だったんだろうなぁ」と感じることができます。

 

奈良駅と大和西大寺駅の真ん中に平城京跡があって街を分断しているので、発展したくても発展できないようです(街を発展させることよりも歴史を残すことを選んだと言います)。

 

関西人に奈良というと「鹿と大仏しかない」などと言われてしまいますが、そんなことはありません。

 

近鉄奈良駅周辺の東大寺、興福寺、春日大社だけ回って、鹿に餌をあげただけで奈良を理解したつもりになったらもったいないです。

 

京都は応仁の乱で荒廃してしまったため、現在の京都の基礎ができたのは秀吉の時代、そして多くの建物は江戸時代以降に建てられました。

 

それに対して奈良には法隆寺を始め飛鳥・奈良時代の建築が多く、平安、鎌倉から江戸時代まで多くの建物が残っています。

 

奈良駅周辺の「ならまち」や橿原市今井町、南部の五條などは江戸時代の街並みがそのまま保存されて今でも重要文化財に人が住んでいます。

 

橿原市今井町では、観光案内所の人と一緒にインターホンを押して家の中を見学させてもらったこともありました。

 

ならまちの古民家などは京町家そっくりです。京町家は基本的に非公開で、たまに後悔していても入場料を1000円取られますが、奈良の古民家は市が買い取っていて無料で見学できるところもあります(今井町など)。

 

他にも、大和山市の「まちや物語館」はなんと大正時代の遊郭建築を市が買い取って内部を無料公開しています。

 

美しいかどうかは置いておいて、古いものを古いまま残して一般公開するのが奈良のスタンスのようです。

 

 

 

田んぼや畑の間に寺や古墳があるという点では一見すると群馬、栃木、茨木あたりの北関東の風景と似ているのですが、奈良は何かが違うのです。

 

何が違うんだろう?と思ったら、奈良は景観規制がされているのでパチンコやラブホテルがなく、ガヤガヤした看板もないのです。

 

だからこそ、本当に古代の雰囲気を感じることができるのです。

 

奈良は古いものがそのまま残っているので、古代史好きの私はハマるのですが、京都に求めているものをは少しずれます。

 

例えば奈良の明日香村には蘇我入鹿が暗殺された場所が残っていますが、ただ石が積んであるだけです。

 

落ち着くことは落ち着くのですが、美しいか?と言われると、美しくはないかも知れません。

 

京都の人が「奈良は古いだけで美しくない」と言ってたのを聞いたことがあるのですが、確かに一理あります。

 

美しい庭園を見てゆっくりしたいと思うのであれば、奈良は少しずれるかも知れません。

 

そこでお勧めしたいのが滋賀です。

 

滋賀なんて琵琶湖しかないと私も思っていましたが大間違いでした。

 

京都よりも古い大津宮、信長が築いた安土、秀吉が築いた長浜、近江商人で有名な近江八幡、日野、五箇荘、井伊家の拠点だった彦根、比叡山延暦寺や麓の坂本、東海道と中山道が分岐する宿場町の草津など、歴史的に由緒ある場所がたくさんあり、古いお寺がたくさん残っているのです。

 

京都ほど都会ではないので、奈良と同じように古い風景がそのまま残っており、とても趣があります。

 

奈良のように古いまま放っておかれている感じではなく、よく手入れされた臨済宗の方丈や枯山水などもあります。

 

しかも、(滋賀の人によると)観光PRが下手なので観光客が来ず、人がいないのです。

 

よく手入れされた綺麗な庭を1人で独占して何時間もボーっとすることが可能です。

 

個人的な一押しは、比叡山の麓のまち坂本にある滋賀員門跡と旧竹林院です。ぜひ騙されたと思って行ってみてください。

 

「この先に何かあるのか?」という、誰もいないところを歩いていくと、とても素晴らしい庭が広まっています。

 

安土の旧伊庭邸、水口の大池寺などもオススメです。

 

滋賀のお寺の住職に話を聞くと、「滋賀は知名度がないですが、本当に通な人は滋賀へ来ます」と言います。

 

都会の喧騒を離れて落ち着いてリラックスしたい人はぜひ滋賀へ行ってみてください。

みんなが「大学くらい出ておかないと」と思い込んでるから、大学まで行かないと仕事が決まらないし、大学まで行かないと給料も上がらない。

 

でも、その仕事は本当に大学まで行ってないとできないことなの?と言うと、そうでもない仕事はたくさんあると思う。

 

仕事で必要なスキルは専門学校で学べばいい。

 

もちろん、大学でなければ学べないことも色々あり、思考を深めるとか多様な視点を持つとか、社会的な意義は色々あるのだと思います。

 

でも、奨学金に苦しむ女子大生を風俗に追い込んでまで維持しなければならないほどの社会的意義があるとは思えません。

 

身体を売って奨学金を返済している大学生の女の子のことがよくメディアで取り上げられてるけど、同じ貧困状況の男の子はどうしてるんだろう?という疑問もあります。

 

日本が国際競争に勝つために基礎研究の裾野を広げる必要はあるのかも知れませんが、一部の優秀な大学に集中投資した方が良いと思います。

 

本気で勉強したいなら、今の時代はインターネットでも色々な環境は整っていると思います。高卒レベルの国語力があれば自分で色々勉強できるはずです。

 

本当は潰れなくちゃいけない大学が、みんなの「大学くらい出ておかないと」という思い込みによって生き残っています。

 

存在意義がない潰れかけの大学の先生方の給料が、奨学金で苦しむ学生からの搾取によって成り立っている状況です。

 

社会全体が、60年前みたいに「普通は高卒だよね。大卒は、よほど優れた仕事をする人だよね」となれば、大学までの学費を考えずに子供を作れるので、もう少し結婚率や出産率が増えるのではないでしょうか?

 

年収200万台の男性でも、高卒の男性でも結婚できるようになるのではないでしょうか?

 

この状況を変えるには政府が独裁的に大学を潰して「大学生はなかなか採用できないから高卒を取るしかない」という状況へ社会を持っていくことだと思いますが、まず無理ですよね。