10代の頃、親や先生から「この程度のことを知らないと、社会に出てからバカにされますよ」と言われることがよくありました。

 

確かにテレビを見ていると、知識のない人を挙げて「この程度のことも知らないのか」とバカにするような番組があります。

 

バカにされたくない一心で勉強していたこともありましたが、冷静に考えると、バカにする人の人間性の方がよほど問題です。

 

「バカにされないように勉強する」ではなく「バカにするような人を相手にしない/縁を切る」の方が大切かなと思います。

 

あと、親や教師が子供に勉強させるときに「いざという時に困るから勉強しておきなさい」と煽ることもありますが、それを言い出すと学ぶべきことは無限にあります。

 

実際、英語などは、本当に必要になれば割と誰でもどうにかしてます。

 

確かに日本で日本人として生きていくうえで、全く日本語の読み書きができないと相当苦労しますし、四則演算ができないと社会に出てから身につけるのは大変なので、算数と国語は大切かと思いますが、他の科目については興味を持ってからキャッチアップしてもどうにかなるかなと思います。

 

逆に、小さいころから興味のない知識を無理に詰め込んで、「自分が本当に興味のあることは何なのか?」が分からなくなってしまう方が、人生全体では弊害が大きいと思います。

 

中国で働いて思うのですが、中途半端な知識のある人が一番トラブりやすいですね。

 

政治問題や歴史問題など、中途半端な知識で中国人に論戦を挑んでしまい、トラブルになる人がいます。

 

逆に全く何も知らないと、全てのことが「なるほど!」と新鮮に映るようです。

 

また、徹底的に勉強して中国人の考え方を理解している人もトラブりません。

 

知識があるかどうかより、虚心坦懐に学ぶ姿勢があるかどうかが大切なので、「知らないことは興味を持ったときや必要に迫られた時に学べばよい」という考え方で良いと思います。

日本にいると色々なしがらみがありますが、海外では自由を感じられます。

 

私もそれは実感していて、海外にいると日本特有のしがらみから解放される感覚があります。

 

海外にいても日本人コミュニティに留まって、ずっと日本人ばかりとつるんでいる場合は別ですが...

 

でもこれ、日本が海外に比べて不自由な国だからというわけではないんですよね。

 

逆に外国人の中には、日本へ来た方が自由を感じる人もいるようです。

 

なぜこうなるかと言うと、外国人はその国の規範に縛られないからですね。

 

例えば、みんなが残業している中で一人だけ定時で帰ったら白い目で見られますが、それがフランス人やマレーシア人なら「まぁ外国人だから定時で帰るだろうな」で済む場合も多いです。

 

同じように、例えばインド人同士はカーストのしがらみに縛られて、違うカーストの人と食事をすると嫌がられることもありますが、インドに住んでいる日本人はカーストを気にせず過ごすことができます。

 

日本人が牛肉や豚肉を食べていても、インド人ほどはうるさく言われません(うるさく言う人もあるみたいですけどね)。

 

だから、日本が特別に閉塞感があって不自由というより、どこの国でも「地元に留まって、地元の価値観の中で生きていく人」と「都会や海外に出て自由に生きる人」の違いがあるのかなと思います。

「初デートは男性が奢るべきかどうか」問題は、よく物議を醸しますね。

 

男性が奢っても割り勘でも良いと思うのですが、経験的には

 

「なんで僕ちゃんが初対面の女に奢らないといけないんだo(`ω´ )o不公平だ( *`ω´)」

 

とケチケチしてると、ケチケチした女性が寄ってきます。

 

昔の私がそうだったからよく分かる。

 

ケチケチした女性というのは、「初デートは男性が奢るべき」と言いながら、お礼も言わないし、男性を全く立てないような女性ですね。

 

彼女達は「まだ好きかどうかも分からないのに愛想を良くして、勘違いされても困るし」と言いますね。

 

これは男性が「初デートで、まだ好きかどうかも分からない女性にご馳走して、勘違いされても困るし。だから初デートでは奢らない。」というケチケチしてるのと同じです。

 

人間は似た者同士を引き寄せるので、ケチにはケチが寄ってきますね。

 

もう一歩掘り下げると、女性嫌悪の男性には不思議と男性嫌悪の女性が寄ってきて、お互いに嫌悪感を持ちますね。

 

「引き寄せの法則」に従って、自分と同じ精神レベルの人が寄ってくるんですよね。

 

ケチケチせずに奢るようになってから、「初デートくらい男性が奢るべき!」ってツンツンした女性と知り合う機会がなくなって、不思議と精神的に余裕がある女性と知り合うことが多くなった気がします。

 

これは、30代になって金銭的に余裕が出てきたからできかも知れませんね。

「良い人止まりの男」と「都合のいい女」って似てると思う。

 

特に悪い点もないんだけど、異性としての魅力はないから格下に見られてしまう。

 

男性の場合、性欲があるから、とりあえず「都合のいい女」としてキープしとくけど、女性の場合はメリットがないから「良い人なんだけどゴメンナサイ」と断ってしまう。

 

でも、もし男性に財力があれば、女性から「奢ってもらう都合の良い男性」としてキープされるかも知れない。

ミニマニストのシンプルな生活に憧れていたけど、生活に必要なことを全てスマホで済ませた結果スマホ依存症になった。


スマホを目覚ましにしたから枕元にスマホがあって、寝つけないとYouTubeを見てしまう。


ニュースをスマホで見ても、つまらないと別の動画を見てしまう。


ヨガやストレッチをやろうと思い、その動画を見ようとYouTubeアプリにオススメ動画が表示されて見入ってしまう。


結局、何もできない。


信号待ちの1分間ですら、手持ち無沙汰でTwitterを見てしまう。


目覚ましは時計、テレビはテレビ、ヨガ動画はDVDで見て、スマホ依存を減らした方が良さそうだ。


今や、映画館でスマホに触らず最初から最後まで映画に集中するのは至難の業だと思う。

バツイチの婚活では必ず「どうして離婚したのですか?」と質問されます。

 

相手が精神的に不安定だったとか、相手のDVとか不倫とか、性格の不一致など、理由は色々あると思います。

 

相手の問題で離婚する場合「自分は全く悪くない」という場合もあります。

 

そこで、離婚理由よりも大切なのが結婚理由です。

 

言い換えると「なぜ相手の問題点を結婚前に見抜けなかったのか?」です。

 

DV気質やメンヘラ、依存症、浮気性などを事前に見抜く方法は書籍やインターネットに山ほど解説があります。

 

もちろん見抜くのが難しい場合もありますが、それでも「結果としては人を見る目がなかった」という事実は謙虚に受け止めなければなりません。

 

「そんなの、事前に見抜けるわけないじゃん」などと開き直っていたら、負のスパイラルから抜け出せません。

 

例えば、表面的な優しさに騙されてしまったとか、年齢的な焦りで性格の問題点は見て見ぬふりをして結婚したものの、やはり耐えられなかった・・・など、何かしら理由があるはずです。

 

離婚理由は相手のせいにできますが、その相手と結婚することを決めたのは自分なので、結婚理由は絶対に相手のせいにはできません。

 

一度結婚にチャレンジして失敗したことは素晴らしい経験なので、離婚自体は良い人生経験です。

 

でも「なぜ自分はあの人と結婚したのか?」を徹底的に反省しないと、また同じ失敗を繰り返すと思います。

 

離婚するたびに反省して、経験を積んで成長して行くなら何回離婚しても良いと思いますが、全く反省せずに同じパターンで離婚を繰り返すと行き詰りますね。

 

「今度こそは誠実なパートナーだと思ったのに、また裏切られた」という人も多いですが、「なぜその人を誠実だと思ったのか?何を以て『あの人は誠実だ』と判断したのか?」は真剣に考えないといけません。

 

 

最近、子供が不登校や引きこもりになった家庭の体験ブログを色々読みました。

 

不登校になると、母親よりも父親の方が焦ってしまうそうです。

 

お父さんたちは

「社会に出たら理不尽なことばかりなんだから、学校での理不尽くらい耐えられなければ社会に出てからやっていけないだろう」

と怒るそうです。

 

いやービックリ!

 

親にそんなことを言われたら、私なら「学校生活ですら耐えられないのに、社会がもっと理不尽なら、生きてる意味ないじゃん」と思うでしょう。

 

社会はそんなに理不尽かなぁ〜

 

子育てしたことないので無責任なことは言えないけど、社会より学校の方がよほど理不尽だと感じましたよ

 

学校には有給もないし、そもそも給料も出ないし、年齢と住所が近いというだけで全く価値観の合わない同級生と関わらないといけないし・・・

 

しかも先生には「勉強させてもらえる環境は有難いと思え」と言われ、学校行事という名の集団行動も強制させられるし、今思い出しても高校より前には二度と戻りたくないですね。

 

社会に出れば、自分のスキル次第で会社は選べるし、価値観の合う会社を自分で選べばいいし、今は会社に頼らずに生きていくノウハウもたくさん公開されてる。

 

お父さん達は、子供に説教する前に自分の生き方を真剣に考え直した方がいいし、その考え方の歪みが「子供の引きこもり」という形で現れてるんだと思う。

よく「男性は女性にアドバイスしがちだけど、女性はアドバイスを求めてなくて、単に話したいだけなので、共感しましょう」と言われる。

 

女性の話は確かに男性に比べて脱線することが多く、結局何が言いたいの?と言いたくなることが多い。

 

でも、成熟した女性は、一通り話したいことを話して満足すると「私にも問題がありましたね・・・」といって、わざわざこちらからアドバイスしなくても勝手に自己解決していく。

 

一通り言いたいことを言った後の自己解決能力は男性よりも高いので、女性にアドバイスする必要はなく、話を聞いて共感すれば良いのですね。

 

しかし中には、全く自己解決せず、最後まで全てを周りのせいにして非難し続ける女性もいる。

 

誰に対しても上から目線で「私は正しい」と主張する女性で、被害者ポジションに身を置きたがる。

 

20代前半の頃は、そういうメンヘラ女性の話も一生懸命聞いて、共感しようとしていた。

 

その結果、全くモテない。「良い人なんだけどね男性として見れない」で終わってしまう。

 

メンヘラ女性からエネルギーも吸い取られて疲労困憊するし、結局フラれるので、どうやって共感すればいいんだろう?と思ってた。

 

しかし30代になって離婚して、改めて考えると、考えるべき問題はそこじゃない。

 

「どうやって女性の話に共感できるか?」ではなく、「なんで共感できないような女性と関わっているのか?」だ。

 

老若男女関係なく、全てを他人のせいにして愚痴を言っている人など、関わってはいけない。

 

なんでそんな女性とか変わってしまうのかというと、性欲に負けているからだ。

 

結局、身体目的で関わっているから、その足元を見透かされて、女性から感情のはけ口にされてしまうのだ。

 

メンヘラ女性はそういうのを見抜く力が高くて、どんどんメンヘラ女性が寄ってくる「メンヘラホイホイ」状態だった。

 

実際は身体目的なのに、親身になって話を聞いているフリをして「僕は身体目的じゃありません」と善人ぶっているところが更に気持ち悪い。

 

まだ「あなたの身体に魅力を感じたのでセックスしてください」とストレートに言う男性の方が、裏表がなくて可愛らしいと思う。

 

大抵は、愚痴を散々聞かされて「あなたのことは男性として見れません」と言われて良い人止まりで終わってしまうんだけど、稀に付き合えるともっと大変なことになる。

 

身体の関係まで持ってしまうと、もう逃げることができない。

 

非モテ男だから逃げられないし、逃げられないから非モテ男なんですよね。

 

夜中の2時に「もう私死にたい」って言われたりしたけど、本当にメンタルが削られる。

 

なんでこんな状況になってるかと言うと、性欲の奴隷になっていて、「もし彼女がいなければ自分には価値がない」と思っているからだ。

 

自己肯定感が低いから、更に自己肯定感が低いメンヘラ女性のケアをすることに自分の存在意義を見出して、承認欲求を満たしていた。

 

性欲最優先で、身体目的で女性と関わって、しかも「僕は身体目的じゃありません」って偽善者ぶってたからメンタルが削られていたのだ。

 

スポーツ感覚でセックスを楽しめるサバサバした男女ならいいけど、そうでなければ、男性でもセックスに心の繋がりを求めた方がいいと思うなぁ

 

「男性は本能的に多くの女性と身体の関係を持ちたがる」というけど、実際には軽蔑している女性と身体の関係を持つと、男性でもエネルギーを吸い取られるし自己肯定感が下がると思う。

 

当たり前だけど、やっぱり「気持ちの繋がり>性欲」にしないと、男性も幸せになるのは難しい。

 

どんなに美人でも、やっぱりメンヘラに近づくのは危ない。

 

だから、全く共感できない女性は相手にせず距離を置くのが正解。そんな女性と関わっている暇があれば、孤独な時間を充実させた方が良いし、その方が成熟した魅力的な女性と知り合えると思う。

 

とても不思議なんだけど、「僕はあなたの愚痴を聞くほど暇じゃありません。さようなら」と言うと、急に女性の方から追いかけてくることがある。

 

インターネットで調べると、一生懸命メンヘラ女性の話を聞いていたときは「良い人だけどツマラナイ男」と思われていたのに、どうでも良くなって相手にしなくなると「余裕のある魅力的な男」に映るらしい。

 

こうなった時、その女性に興味あるフリをして自分の都合で連絡を取り、その女性を沼らせる男性もいるらしいけど、そんなエネルギーを消耗することをよくやるなぁと思う。

 

30代になっても性欲はあるけど、メンヘラ女性をケアするほどのエネルギーはなくて、尊敬できる女性と関係を持ちたい。

 

でも、尊敬できる魅力的な女性の前ではこちらがメンヘラになってしまい、フラれてしまう。

 

本命女性に対しても余裕のある態度で接することができる男性は本当に凄いなーと思う。

 

たぶん恋愛以外に夢中になれる仕事や趣味があって、「この女性は尊敬するけど、この女性に気に入られなくても僕の人生の幸福度は変わらない」って思えるから本命女性の前でも余裕のある態度でいられるんだろうなぁ。

 

そうなりたいし、そうなるためにはやっぱり孤独な時間を楽しむ力が必要だな

仕事を通じて知り合った女性で「素敵なだなぁ」と思う女性がいました。

 

その女性(Aさんとします)は既婚でしたが、実力のあるフリーランスで経済的には豊かで、趣味も豊富で友達もいて、とても自立している印象を受けました。

 

旦那さんも知り合いだったのですが、「こんな素敵な奥さんがいて、羨ましいな」と思いつつ、「私も再婚する時はこういう女性を見つけよう」と心に誓ったのでした。

 

私の元妻は、とても愛嬌があって、素直で裏表がなく正直なところは魅力的だったのですが、機嫌が悪くなるとすぐ

 

「どうせ私のこと好きじゃないんでしょ?」

「インスタ投稿してる暇があるのに私に連絡する暇はないんだ?」

「そんなにインスタが好きなら、私と離婚してインスタ女子と結婚すればいいじゃん」

「また会社の飲み会?そんなに仕事が好きなら、私はいなくてもいいんじゃない?」

 

と、依存的な言葉を投げかけてくるメンヘラ気質だったのが重圧でした。

 

子どもはいなかったのですが、コンビニやブックオフ、ドトールなどのパートを転々とし、いつも職場の人とケンカしてニート生活に戻るのでした。

 

私も非常に未熟だったので、メンヘラ妻の承認欲求を満たしてあげることで私自身の承認欲求も満たしていた(つまり「妻には自分が必要だ」と思うことで自分の存在意義を確認する)ので共依存の関係でした。

 

しかし30歳を過ぎて私がだんだん妻のメンヘラに耐えられなくなってくると関係が変わり、離婚へ至りました。

 

私はバツイチなので、若くて美人な女性と結婚したいとは全く思わず、とにかく精神的に自立していて1人でも幸せを感じられる女性と穏やかな生活を送りたいと思っています。

 

Aさんとは仕事以外の話をすることも多かったのですが、先月Aさんから「旦那の出張が多くて家に帰ってこないことが多いと思ってたら、不倫してた」と相談を受けました。

 

「こんなに素敵な女性を放置して不倫するってどういうこと?」と思いつつ、毎日LINEで話を聞いていると、離婚を決めたそうです。

 

Aさんは決断と行動がとても速いので、もう来月には離婚するらしく、慰謝料相当のお金はもらって協議離婚するそうです。

 

「これはチャンス到来!!」と喜びたいところですが、結婚前の頃はそう早合点して関係を壊してしまったことが何度もあるので恐ろしいです。

 

今までは既婚女性だから仕事関係の人として、もしくは友達としてAさんと普通に接することができていました。

 

しかし離婚されてしまうと、どうしても恋愛対象の女性として意識してしまい、私のAさんに対するコミュニケーションが不自然になるのは確実です。

 

もともと非モテなので、こういう時どう平静を保ったら良いのか分からないし、不自然なことをして自分から関係を壊してしまうのではないかと不安で眠れないです。

最近よく「若いうちはできるだけ節約して、貯金や投資をして資産を作りましょう!」と言います。

 

福利の力は絶大なので、20代から毎月3万ずつ貯金すると、50代の頃にはビックリするような金額に成長していますね。

 

でも、若いうちに色々経験すると、長い間思い出を楽しめます。

 

例えば、20代で世界一周をすれば、残りの60~70年近い人生でずっと世界一周旅行の思い出に浸れることができます。

 

しかし世界一周したのが70代だと、思い出を楽しめるのは10~20年くらいです。

 

過去の経験の思い出を楽しむことを「思い出の配当金」と呼ぶそうですが、素敵な呼び方だなと思いました。

 

メリットは思い出を楽しめることだけではないですね。

 

例えば若いうちに47都道府県を一周したら、その後の人生で知り合う日本人みんなとご当地の話題で盛り上がることができます。

 

お金を節約してFIRE生活を目指すのも一つの考え方ですが、若いうちの経験って本当に貴重で、20代のうちは貯金せずにやりたいことをやり尽くしても良いのではないかと思ってます。