イイコな女社長 ~半歩先の食探し~ -18ページ目

存在欲を満たすための空間

1997年にオープンした恵比寿「201号室」は

存在欲を満たす店として大成功!



恵比寿「201号室」とはどんな店?


http://ameblo.jp/e-e-co/day-20130609.html



看板のない店の前に立ってキャッチするくらいだったら

「看板出した方が早いのでは?」とよく言われました。



ところがキャッチと看板では大きな違いがあります。



キャッチはこちらから声をかけるので

お客様を選ぶことができますが

看板は選ぶことができません。



店というのは

料理も大事、内装もサービスも大事、価格も大事、

たくさんの大事がありますが

一番の大事は客層なんです。



店作りをするとき、ターゲットを想定します。



ところが看板を出すことによって

招かざる客が来てしまう可能性があるのです。



そうするとせっかく店側が想定している

ターゲットのお客様が来ても

何か居心地の悪さを感じるはずなのです。



客層は店での一番のインテリアであり

それが居心地の良さに繋がるのです。



このことはお客様の存在欲を満たすのにとても重要です。



自分が通っている店は

自分と同じくらいお洒落でかっこいい人たちが

集まる店だということだけでも存在欲を満たすことができるのです。





そんなステキな店に出逢ったら

今だったらフェイスブックにアップしたり

食べログに書き込んだりする人もいるでしょう。



これも存在欲の象徴です。



そんなステキな店を紹介したいというよりも

そんなステキな店に行っている

ステキな自分をアピールしたいのです。





その当時はSNSというものが普及していなかったので

ステキな店に出逢うと周りに自慢したくなります。



今でもよく目にする光景ですが

お友達を連れて来た時

「え~~~っ!こんなところにお店があるなんて・・・

さすが○○さん、よく知ってるね~」

と言われてドヤ顔になっているお兄さん。



まさにこれが存在欲が満たされた瞬間なのです。





その後、席に案内され

渡されたメニューに価格表示なし。



でも○○さんは前回の来店のときに

さほど高くないお会計を経験しているので

お友達の不安を無視してどんどん注文。



するとお友達は○○さんに対して

「○○さん、かっこいい~!」と尊敬の眼差しを向ける。



そこで○○さんはドヤ顔パート2!!






お友達が看板もなく、メニューに価格がない店に

来ている自分にわくわくしているところに

お料理が運ばれてきます。



なんとなく口にしたお料理が

なんと美味しい!!



人間の舌は不思議なもので

環境によって美味しくもまずくも感じるのです。



おそらくこのパターンは

店の立地や看板なしとかメニューに価格なしの印象が強すぎて

お料理の味まで脳が指令を出していなかったのです。



確かに料理長は腕が良く

とても美味しい料理を提供していましたが

想像以上に美味しく感じていたはずです。



ですからお友達は必要以上に美味しいことに感動するのです。



「この店、お料理も美味しいね~!」と

その満足げなお友達の言葉に

○○さんはドヤ顔パート3!!!



○○さんは一度の来店で

3回も存在欲を満たすことができるのです。





この快感に味をしめた○○さんは

存在欲を満たすためにまた違うお友達を連れてくるのです。



連れて来られたお友達も同じ気持ちなので

連鎖的にリピートに繋がります。



「201号室」は本当にリピート率の高い店でした。



一ヶ月以内のリピート率は8割くらいあったのではないかと思います。



同じメンバーで何度も来るお客様もいましたが

毎回新規のお友達を連れて来られる方も

半分くらいはいらっしゃいました。



新規の顧客を増やすためには

最終的にリピート率をあげることが近道なのです。





ですから「201号室」がオープンしてしばらくしてから

「隠れ家」とか「看板のない店」というワードが流行り始め

メディアの取材のオファーもありましたが

いっさいお断りしていました。



メディアに出れば一時的に新規の顧客を取り込むことはできますが

そのお客様が招かざる客の可能性もあるし

リピートに繋がる確率が極めて低い。



そしてメディアに出ることによって

○○さんのように一度の来店で3回ドヤ顔ができる

存在欲を満たす快感が半減してしまう。



おもしろかったのは

お断りしたメディア関係の方に理由を説明したところ

妙に納得してくれて

その方が常連客になって新規のお客様を

どんどん紹介してくれたことです。


こういった仕事をしている方でさえ

いや、こういった仕事をしている方だからこそ

ご自身の存在感を満たすことに一所懸命だと

実感したのでした。



「誰にも教えたくない店」だけど

「大切な人だけには教えたい」

そんな立ち位置の店だったからこそ

リピート率をあげることができたのです。



今でこそ、当たり前のような理論ですが

その影には人間の存在欲というものが

大きく関係していると考えれば

どんな仕事でも応用することができます。





こんな調子で開店2カ月目から赤字知らずで順調に推移し

当時の恵比寿で知る人ぞ知る話題の店になりました。



私自身も手探りながらも

最初の一年間は365日休まないと決めて

大晦日も元旦も店を開けました。



最初から定休日を作るよりも

まずはやってみなくてはわからないと思ったことと

休まないということが自信に繋がると信じていたからです。





売上もうなぎ昇りで、表向きは資金繰りの心配もなく

大成功なスタートは切ったものの

影では料理長との意見のぶつかり合いもあり

転職ばかりのサラリーマン時代と違った悩みもありました。



今までは逃げ続けてきたけれど

独立して経営者としてやっている以上、逃げるわけにもいかない。



でも逃げることは罪悪ではないと信じて

逃げ癖がついている私としては

実は逃げたくて仕方なかったのです。



料理長との亀裂は開店一年目にして限界に達していて

二人が一緒に店にいることは無理な状態にまでなっていました。





ここで私が決断したことは、やはり「逃げる」ということでした。



「逃げの延長が独立だった」はずなのに

また逃げることを選択したのです。


http://ameblo.jp/e-e-co/entry-11545368223.html




果たして「逃げの美学」は通用したのでしょうか?


http://ameblo.jp/e-e-co/entry-11541845997.html










恵比寿「201号室」

1997年に恵比寿にオープンした「201号室」は

その名のとおりマンションの2階の部屋番号を

そのまま店名にしました。



看板は出しませんでした。



なぜなら、自分が店に行く時

通りかかって看板を見て

飛び込みで入るということが

ほぼなかったからです。



行きたい店は

ほとんど人から教えてもらった店だったので

看板の必要性はあまり感じていませんでした。





もし私が飲食店で仕事をしていたら

こんな発想はなかったと思います。



飲食の経験がなかったので

逆に100%お客の立場に立てる。



現場を知らないからこそ

常識にとらわれない考え方ができる。



外食の業界においてはその当時

看板がない店というのは

常識破りだったようですが

私にとってこの業界の常識なんて知らなかったので

ただ自分がお客だったら

こんな店かっこいいなとか

こんな店行きたいなという

発想しかできなかったのです。



やっと一部の人が携帯電話を持ち出した時代で

まだインターネットもそんなに普及していなかったし

ぐるなびや食べログってサイトも

一般的に知られていない時代です。



宣伝にお金をかけるという発想もありませんでした。





そんな中で

看板もないマンションの2階の店で

どうやって集客したのか?



まず、私は店の下に立ってキャッチをしました。



ビラ配りではなく、キャッチです。




恵比寿ガーデンプレイスができたばかりの頃で

「201号室」がある坂道は

今でこそ飲食店ビルも建ちましたが

その当時はほとんど店なんてない暗い通りでした。



そもそもこの物件は

恵比寿のロータリーの屋台のおでん屋で

知り合った常連客に教えてもらいました。



その常連客がいつも洗濯物を出している

クリーニング屋の2階。



洗濯物を出しに行くたびに

この物件、随分長いこと空いてるなって

思っていたらしい。



表通りでもなく、マンションの2階で

飲食店向けの物件ではなかったので

恵比寿にしては格安物件だったと思います。





そんなところで

どうやってキャッチをしたのか?



通りかかった人の中で

私がターゲットとする人種に

「今夜のお食事はお済ですか?」

と声をかけます。



ターゲットとする人種とは

流行に敏感な業界人っぽい人

領収書で飲食代をおとせそうな人

外食を日常茶飯事にしてそうな人・・・

そんなかんじ。



暗くて人通りが少ない坂道ではありましたが

恵比寿ガーデンプレイスから駅に向かう裏道だったので

ターゲット層の確率は高かったのです。



声をかけると最初はびっくりされますが

その辺は多数の引っ越しと転職で

身につけた能力を発揮させて

相手に嫌がられないように

店へ誘導するのはたやすいことでした。



「ビール一杯サービスするから」と言っておびき寄せ

ビールを飲んでいるうちに

移動するのも面倒だからここで食事していくかってことになり

食べてみたら想像以上に美味しい!



メニューに価格は表示していなかったので

お会計は高いと思いきや

想像したよりずっと安い!



だったらもう一回来て

今度はもっといっぱい注文しようかな・・・

という流れになります。




暗い坂道の2階に看板なし

メニューに価格表示なし。



実はここに存在欲を満たす秘密が隠されているのです。



存在欲とは・・・


http://ameblo.jp/e-e-co/entry-11540361062.html



存在欲を満たす秘密とは・・・


次回のブログで説明したいと思います。




逃げの延長が独立だった。

前回のブログで

逃げの美学について

書きました。


http://ameblo.jp/e-e-co/entry-11541845997.html




今だからこそ

逃げることは決して罪悪ではないと言えますが

9回も転職を繰り返すうち

30歳を迎え

果たしてこのままで良いのかという

ありがちな悩みを抱えるようになってきました。



様々な仕事を経験しましたが

転職の理由は

「もうここに私の居場所はない」とか

「上司と合わない」とか

「飽きた」とか

自分勝手な理由ばかり。



こんな理由で転職を続けていたら

いつまでたってもこの繰り返し。



転職だらけのの20代は

自分なりに納得して行動していたことでしたが

将来に対する不安が全くなかったと言ったら

嘘になります。




でも、何をしたら良いのかわからない。




ただ一つ悟ったことは

私はどんなに素晴らしい会社に所属しても

決して満足できないタイプだし

満足できないことを我慢できるタイプではない。



結論、会社や人に依存するタイプではなく

自分で何かやらないと気がすまないタイプなんだということ。



そのことに

やっと30歳で気づいたのです。





結果、何をしたら良いのかわからないが

とにかく独立しようと決心したのです。



何かをしたいから

独立しようと思ったのではなく

逃げの延長が独立でした。





なぜ、私は逃げ続けたのか?



30歳のときは

深く考えていなかったのですが

今考えるとよくわかります。



本当の意味での自由を求めていたのだと・・・



ただただ自由を求めるために

独立することを決心して

決心した後

一番最初にしたことが「貯金」でした。



とにかくまとまったお金さえあれば

「何か」できると思い

3年間で500万円貯めることを目標としました。





どんな職種で独立するのか全く決まっていなかったのに

社会人になって初めて大きな目標ができたような気がして

今まであればあるだけ使ってきたのに

貯金が楽しくなってきました。



仕事はできたので

収入もある程度あったのもありましたが

貯金という目標を持つと

今まで湯水のように

洋服やジュエリーや旅行に散財していたものに

全く興味がなくなり

無駄な付き合いも排除できるようになりました。



車も手放し

その頃には物欲というものが

どんなに意味のないものかということも実感できました。





そして3年後、33歳のときに

目標額の500万円を達成することができたのです。



ところが

3年間という年月があったにもかかわらず

まだ何をして良いのかわからなかったのです。



でも何かをしなくてはならない・・・



目標額を達成した充実感と同時に

あせりも感じていました。





そんなときに気づいたことがあります。



3年間必死になって貯金していたので

排除できることはたくさんあったのに

どうしても排除できなかったことがある。



その排除できなかったこととは

美味しい料理を食べて

美味しいお酒を飲んで

好きな人と一緒にいられる空間があること。



その頃から

一人飲みもしていて

一人飲みを通じて知り合った人も多数いたり

周りに飲食系の仕事をしている人も多かった。



そんな人たちの助言もあり

他にやりたいこともないし

お店を持つことを目標として

貯金をしたわけではなかったし

後付けではあったのですが、


なんとなく私が求めている本当の意味での自由が

満たされるような気がして

飲食店をオープンすることに決めました。




とは言っても、私は料理人でもないし

飲食系の経験も

学生時代の居酒屋のアルバイトや

キャバクラ(その当時は女子大生パブ)くらいで

もちろん経営というものがどんなものだかわからない。



でも500万貯まっちゃったし

周りもノリノリだし

エイヤ~!ってかんじでやるっきゃないという流れでした。



人が集まる場所としての飲食店であれば

最も自分が自由でいられるための手段になり得ると考えました。




そんなこんなで

逃げの延長ではありましたが


500万円の貯金と500万円の金融機関の借入と

300万円の親戚からの借金の計1300万円で

1997年、恵比寿に1号店「201号室」を

オープンしたのでありました。