『不思議惑星キン・ザ・ザ』
久しぶりだったけど、まず美術が素晴らしいなぁ。
そしてあんなロケ地がある事が凄い。
オープニングの“不思議惑星キン・ザ・ザ”のイラスト風フォントが最高やった!
あれ、VHSでもそうだったかしら?
にしても、記憶以上にシュールで、結構辛辣だった。
ラストのクー!が泣けるんだよね…
改めて観るとオフビートなユーモアから滲み出る悲哀にこそ今は掴まれる。
一昨年に資料館で観た同監督の『モスクワを歩く』 の瑞々しさから23年か…
あの絶望的(?)なディスコミュニケーション具合、確かに同じ姿形なのその両者を隔てる溝の深さ。
権力の構図。
後半のたらい回し感。
ラストの侘しさ。
色々と深読み出来るよね。
調べると、何と一昨年にはゲオルギー・ダネリヤ自らの手に拠るアニメ版も作られてたんだとか!?
いやぁ、どれも傑作じゃないか!
キン・ザ・ザのアニメ版を日本で公開しての、監督特集とかどうっすか???
『秋のマラソン』も同じく資料館で去年観たけど、これなんかもっと知られて良いよね。『モスクワを歩く』もそうだけど、観ると、心地好く凝り固まったソ連/ロシア映画観崩れる。
『未開の惑星 ファンタスティック・プラネット』
深夜放送で頭に穴空く程の衝撃受けてから約20年…
遂に劇場で遭遇出来た!
ありがとう、みなみ会館!!!
劇場で、フィルムで観ると、先ず音楽の格好良さが際立つね!
70年代特有のプログレッシヴな演奏、中低音の音圧が堪らんかった。
あとここにもイジー・トルンカの名前を発見。
彼のスタジオで製作されてたのね。
色々繋がるなぁ。
しかし、人が飼われている状況を作る事で、逆説的に人の残酷さが浮き上がり、更には過剰な愛玩に潜むナルシシズムやらサディズムが露わになる構図が面白い。
結構ストレートに階級社会をトレースした設定なんだけど、割に権力者側の呑気さがラヴリーだったり(何?あの瞑想!)、飼われている人間の争ってる様に同情の余地がなかったり。
終わったー!
名曲ブラジルで迎える朝!
そー言えばブラジルは去年シネパスでも観てて、でもあの時はデジタル上映だったから、今回はフィルムやー!と意気込んでいたんだけど…
DCP…
まっ、仕方ないね。
しかし、ギリアムらしくない(失礼!)完成度なんだよな、これ。今回は『ゼロの未来』経由なのでその辺の連なりも面白かった。
ギリアムらしい細部への作り込み、その奇天烈なヴィジュアル感覚が最高潮なんだけど、他作品同様妙な説得力あるんだよね。
あと、まさにレトロ・フューチャー!なんだけど、その匙加減も絶妙。
“タイプライターのアナログなミスから始まる物語なのに、デジタルな感覚で人の一生が処理されて行く。”だなんてね。
さてさて、今回のファンタスティック!SFナイト。兎に角若い世代が多かったのが嬉しい驚き。元々学生の多い劇場だとは思ってたけど、今回はラインナップ的にもどの流れで惹かれたのか?をリサーチしたくなったよね。
僕の世代でも、例えば90年代とかこの三本はカルトな人気得てたけど、それはもっとコアにSF好きな感じでだった気が。
今はもっと広いアンテナでキャッチされてそうなんだよね。
シュヴァンクマイエルやチェコアニメの上映に集ってる感じと似ている。
キン・ザ・ザもファンタスティック・プラネットも基本ポップだもんね。
グロテスクであるんだけど、キュートさもある。
あと、みなみ会館、いつも思うんだけど、ポンと劇場公開時のポスターとか毎回事もなげに貼り出してるんだけど、きっちりと残してるとこあるもんだなぁ。と。
保存だけでも相当大変だと思うんだけど。
しかし。
ここで一つ意地悪な疑問を。
何故今回は三本立てだったのか?
何故開始時間は遅かったのか?
何故最後に決まったブラジルはフィルム上映じゃなかったのか?
三本共二時間前後の作品故、いつもの時間にスタートしいてれば、四本立ても可能だった筈。
因みに作品間の休憩時間も通常より長かった。
となると、色々と妄想が膨らむ。
あくまで私の妄想ですが、本来はキン・ザ・ザやファンタスティック・プラネットみたく、神々のたそがれにも通ずる様な、長尺のSF作品を想定していたのではないのだろか?
勿論この三本でもゲップ出る程に濃密なオールナイトだったのですが、神々のたそがれ関連で、何でブラジル?って疑問はあったな。
さて、当初想定されていた作品は…(妄想が止まらん!)。





