高倉健/菅原文太 4 | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

高倉健、菅原文太 追悼上映” @ 塚口サンサン劇場

第四弾『日本侠客伝』&『太陽を盗んだ男』


いよいよ特集も佳境。にして、決定打!
初日からこのテンションで、塚口サン、大丈夫か!? な、凄まじい熱気溢れた劇場でありました。


高倉健の快進撃の第一歩となった『日本侠客伝』シリーズの一作目と、菅原文太の説得力がともすれば荒唐無稽な世界へと逸脱しそうな快作を邦画界屈指の名作へと手繰り寄せた『太陽を盗んだ男』!
両作共熱量がスクリーンを燃やしかねない35mm上映!


 『日本侠客伝』

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痺れたー!


後々の高倉健の人気シリーズ『昭和残侠伝』や『網走番外地』へとも連なる原点中の原点。

この作品自身も10作の続編を生んだ。
のも納得な、噎せ返る程の男の美学と、そこで鬩ぎ合う猛々しき蒼さ!


高倉健の、そして東映任侠映画の、大いなる一歩な一本であるものの、この一作目ではまだまだ手探りな感じがあって、そこが健さんの硬さや、その他の若手陣のギラギラとした蒼さと相俟って独特の熱を放っている。 

その製作の経緯を調べると成る程、だから中村錦之助(後の萬屋錦之介)はあの立ち位置で、あの距離感なのか。

錦之助さん、任侠映画がこれ一作のみとは思えぬ、見事な殴り込みの姿!


そしてスクリーンに充ち満ちる猛々しき若人達…
松方弘樹、田村高廣、津川雅彦、長門裕之、藤純子(後の富司純子)、三田佳子、南田洋子etc.
の躍動に目頭が熱くなる。
しかし、私らの世代にはこの組み合わせは嘘だろ!?だ。 


ここでの健さんはねぇ、確かに硬いんだけど、その硬さをどう活かして行くのか?の葛藤が、真っ直ぐに後の作品群へと筋を通した気がする。

あの長門裕之演じる鉄へと皆で張り手するユーモラスなシーンでの、戸惑いと照れはガチか!?


『太陽を盗んだ男』
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念願叶うとか言うレベルでない興奮!
企画の趣旨すら忘れてた!!! 


今、塚口にこれの35mmがあると言う奇跡を噛み締めつつの、映画の・役者の・映画館の爆発寸前の凄まじいエネルギーが渦巻く上映は、余りに蠱惑的な魅力に溢れ危険過ぎる!

邦画界最大の事件とも言える今作に、充ち満ちた凡ゆるエネルギーの坩堝が今にもスクリーンを燃やさんと煮え滾る様に全身全霊が震える。 


この時点で長谷川和彦監督は33歳、ジュリーは31歳かぁ。
文太さんは46歳。
巨大な(頭上に輝く名作映画や名監督と言う)太陽へと挑んだかの様な、余りにアナーキーで、ふてぶてしくて、呆気に取られる程に無邪気な閃光。 


十数年前に深夜にTVで見たっ切りだったけど、改めてスクリーンで観ると、その余りの規格外っぷりに、慄く全身全霊が箍外れちゃって思わず笑ってしまう。
出鱈目にも程があるが、ここに焼き付けられた切実さは未だ胸抉られる。


しかし、よくもまぁ、こんなの撮れたなぁ。
今じゃ絶対無理だよ。
…いや、当時でも多分無理だよ。
後にも先にも、ここまでのエネルギーが映画に注ぎ込まれ邦画はないんじゃないのか!?
そりゃ、燃え尽きちまっても致し方ない。


何より、あのジュリーの眼だ。
モザイク入れなくて大丈夫!?ってぐらいに危険で・猥褻で・蠱惑的。
抜け殻の様な身体の中、蒼白い閃光が点いては・消え・点いては・消え… 

ジュリー演じる城戸、その諦念に塗れたかの様な所作の数々が、伏線となっていた事に気付く瞬間の鼓動の高まり! 


そもそも、城戸が何故原爆を欲したのか?へと、馳せる我々の想いが掌でコロコロと転がされるかの様な構成が見事。

手にした途端、持て余すかの如くノートに要求を綴れなくなる描写がリアル。 

“原爆を作る事”で手にする事が出来る“何か”を彼は結局掴めなかったんだろうし、そもそも初めから何も掴めやしなかったんだ。

原爆を天秤に政府へと突き付ける要求のしょうもなさと、なし崩しに剥き出しになってしまうエゴ。 

ありきたりな独身男性の狭い部屋の中で原爆作る描写の、その日常性と異常性のアンバランスさを絶妙に同居させられるのは、矢張りジュリーしかいなかったであろう。

猫がまた絶妙にそのリアルを徘徊する。

その独りよがりの崇高なる浪漫を綱渡る美と、そこから転げ落ちて行く醜。
矢張りジュリー以外を想定出来ない。

後半クドいぐらいどんでん返しますが、あれなんて結局城戸ですら自分が何故原爆に拘ったのか?を見失ってしまっていたからで、そのみっともなさが象徴している物は何だったのか?とかね。

そして、それは70年代末の空気だ。


でも、此処迄荒唐無稽で暴走出来たのも、文太さんが9番vs日本の間にドッシリ構えてくれていたからで、彼なしでも成立しなかった。

後半の不死身っぷりも凄いけど、池上季実子さんと絡む場面で漂うダンディズムにも痺れる。 

架空のストーンズ来日ポスターが街中に貼られてる画も壮観だったけれども、ジュリーがボブ・マーリーの曲に合わせて自分に祝杯をあげる様も無茶苦茶クール!

あと、ラジオから流れてくるカルメン・マキ&OZの「私は風」も鮮烈!


後半のカーチェイス、そしてヘリコプター!

余りのド迫力に失禁しちゃいそうなんですが、色々調べるとその撮影の壮絶さに、映画に生命張ってんな、と。
いやぁ、もう、こんなん一生に一度はスクリーンで観とかないと!だよ。 


あとはやっぱオープニングのバスジャックだよなぁ。

あれ、ゲリラ撮影なのか…(汗)。
今回の塚口サンでの特集で掛かった菅原文太作品、どれも戦争の影を引き摺ってた気がする。
時は1979年。

 



第四弾の『日本侠客伝』&『太陽を盗んだ男』、この二作には、近代急速な変化を辿った日本で繰り返された、世代間闘争の悲劇が大きな影を落とす。 


そもそもこの企画に並んだ作品の殆どが、古い世代の変えたくない・譲りたくない価値観と、新たなる世代がそこに突き付けるNO!の鬩ぎ合いであった気がする。

そして、その鬩ぎ合いの狭間に立つ健さん・文太さんの、戸惑いつつも、自らの信念に揺るがぬその姿に、私達は時代を越えて大いに頷かさせて貰えたのであろう。

で、その世代間闘争は究極の一本へと辿り着く訳だ。

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