プリズナーズ | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

プリズナーズ

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2014年5月。 @ 西宮OS。

どこを切り取ってもヤバ過ぎて…ヤバ過ぎて…ヤバ過ぎて…
神がいよいよ地上に降り立って御戯れ。に、人間共が右往左往の地獄絵図。
いや、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、勘弁して下さい!


ずーっと死神みたいな顔色のジェイク・ギレンホールが、ラスト、黄泉の国を彷徨い…みたいな、あそこ!

何あの撮影!?
トリハダ立ちっぱ!!!


兎に角撮影の異様さは劇場と言う暗闇・空間を改めて強く意識させた。


オープニング間も無くの、雨中の家の庭の木への、ワゴン車の後部座席窓からの、カメラのあの動き。

木にぶつかった車の画。

拷問部屋が懺悔室へと反転する様。

そのカテゴリー不可能な不気味さ。


しかし、よく指摘されている“宗教的モティーフ”は、確かに素人レベルでも解るものから、多分そうなんだろうなぁー、そして気付かないレベルの物まで散りばめられていふのでしょうが、実際そこに“囚われ”過ぎてしまうと途中で思わぬ落とし穴に呑まれてしまうだろう。


まぁ、でも、ギレンホーン他、最期まで果たしてこの人物は“どちら側”の人間なのかが掴めないのにはビビる。

そここそが今作のキモでもあるのだろう。

ポール・ダノのモラルを試されるかの様な気持ち悪さ全開!も最高だけど、デヴィッド・ダストマルチャンは今作で一気に“ある界隈”のスターダムを駆け上がったのでは(苦笑)!?


これもまた“街の映画”で、そこで育ち・住み、その街の匂いが染み付いた顔・言葉・服装が並んでいた。

ヒュー・ジャックマンはちと小綺麗過ぎましたが(笑)。
数日前に観た『MUD』もそう。
“お前んとことの親父が…”とかね、あんな光景今の日本では成立しない。


ズブズブズブズブ、町の暗部へと呑まれ客席が沈み込む。

その焦燥・徒労…恐怖。の三時間。
やがて開く地獄の蓋には戦慄を通り越し放心す。
相当疲れますが、心折れる事なかれ。
ドゥニ監督の次作『
複製された男』は二ヶ月後に公開である。

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覚悟せよ!


今作が完璧な映画かどうかは(未だ冷静になれないし)分かりませんが、自分の理想とする映画には限りなく近い。
前作『
灼熱の魂』も二回目観た時の方が衝撃大きかった。


初観では、あっ…や、あっ!と、気に掛かってるとこが沢山あるので、それを確認しに二回目行きたいとこなんですが…二回目でそれらが繋がって行き観えてしまう図には劇場から逃げ出したくなる程の恐怖がべっとりと絡み付いている事であろう。

それをシネマ神戸さん辺りの密室感で確認したら、発狂しかねないぞ…