簡単!フランス菓子レシピ! -3ページ目

スフレ・オー・グラン・マルニエ

しばらく、更新しない間に、新年になってしまいました。ここ、なんにちか非常に寒い日が続いて、やっと冬らしくなった感じです。

今日のスフレというのは、ふくませるという意味で、非常に軽いジェノワーズのようなもので、あたたかいアントルメとして供されます。

ふんわり軽く、飽きのこないほどよい甘みをもつこのお菓子は、フランスで誰からも好まれるアントルメのひとつですが、人気の高いもうひとつの理由は、オーブンから出すと、みるみるしぼんでしまうことにありそうです。まるで、うたかたの恋のように、はかなくしぼんでしまうお菓子ですから、スフレをいただく時は、デーブルの用意ができてから、しかもスフレを食べる人も揃って、待ちかねたところへ、型から浮き上がって膨らんだ、焼きたてのスフレを運びます。これほど作り手と食べる側とのタイミングを要求しているアントルメも珍しいでしょう。

それでは、今回はこの辺で。

レシピー

今日は、お菓子のお話ではなく、いままで取り上げてきたお菓子で、レシピーのご希望の方は、メールでお送りいたします。自著の抜粋で、簡単なレシピーですが。よろしければどうぞ。

それでは。

ムラング

二・三日寒い日がありましたが、今日は、若干薄らいでいます。

今回のムラングというのは卵白と砂糖で作ったお菓子で、日本でいうメレンゲのことです。

メレンゲは、1720年にメリニゲンという小さな町でお菓子屋を営んでいた、ガスパリーニというスイス人によって発明されたといわれています。しかし、これより以前にも卵白を使ったお菓子はあってようですし、今では、メリニゲンという町が、ドイツにあったかスイスにあったか定かではありません。それにその頃は、まだスプーンでムラングを形作っているにすぎず、ムラングの発達は19世紀初めにしぼり出し袋が発明されるまで待たねばなりません。

それでは、ここでまた食通で有名なスタニスラス王を登場させましょう。フランスで最初に作られたムラングを食べたのが、このスタニスラス王であるといわれ、彼はナンシーで初めて食べたこのお菓子がすっかり気に入り、同じくムラングを好んでいた彼の娘であるまりー・レクチンスカ(ルイ十五世の妃)に、このお菓子の作り方を教えたと伝えられています。当代きっての食通が、どうしてそのほどまでにムラングを好んだのか、それほど好きでない私には理解でいないのです。

このお菓子を好んだのは、この二人だけではありません。マリー・レクチンスカの孫の嫁にあたる、マリー・アントワネットもこのお菓子を非常に愛し、ベルサイユのトリアノン宮殿で彼女自ら作ったといわれています。そして今日まで作り続けられてきた、バシュランという名のムラングで作ったお菓子も、トリアノン宮殿で作ったというのですから、フランス人のムラング好きは、この時以来続いているということです。

確かに、焼き菓子としてのムラングは、砂糖をたくさん使うので甘くなりますが、ムースやスフレ作りには欠かすことができませんし、口当たりを軽くするために、バタークリームに混ぜ込んだり、お菓子の脇役として大切な働きをしています。

それでは、また。