Johnny Tillotson( (April 20, 1938 – April 1, 2025)が他界して1年が経過。日本では、大きく報じられることも

なく、Connie Francis, Neil Sedakaなど1950年代後半から'60年代にかけて活躍したスターがあい続いて旅立った。

米国でも日本と同様も英国では、CadenceやMGMに残した録音がCDや配信サービスが好調。

 

今回は日本でCD化が実現していないMGM在籍時の録音を中心にお届けします。

 

 

"Talk back trembling lips”CadenceからMGMに移籍した1963年にリリースしたシングルで

最高位7位を記録。オリジナルはカントリーのErnest Ashwarth盤で1963年カントリーチャートで第1位を記録。

"Another you"B面。

"Worried guy"(1964)移籍第2弾。最高位は37位。邦題は「ナイスガイ・ジョニー」Paul Evansの作品。

"Please don't go away"B面で最高位は112位。日本ではAB面を逆にして発売。

 

"I rise I fall"(1964)最高位36位。邦題は「恋のウルトラC」と「君に心を奪われて」の2種がある。

(日本での発売権が日本コロンビアからポリドールに移ったため。)

"I'm watching my watch.(恋のいらだち)前曲のB面。

 

"Worry"(1964)最高位45位。Chip Taylorの作品。

 

”She understands me"(1964)最高位31位。1966年にはBobby Vinton盤が

"Dum-de-da"のタイトルで再ヒット。

"Tommorow"前曲のB面。自作曲。

 

”Angel"(1965)最高位51位。Max Steiner-Ray Evans-Jay Livingstoneの書いた美しいバラード。

"Then I'll count again"1965(恋のカウントアゲイン)最高位86位。Chip Taylorの作品。

 

"Heartaches by the number"(1965)最高位35位。グラミー賞歌唱賞にノミネート。邦題は「恋はつらいね」

Guy Mitchellの1959年のヒットのリヴァイヴァル作品。

 

”Our world”1965(僕等の世界)最高位70位。Paul Evansの作品。

かなりのプロモートも大ヒットとならず、徐々にチャートの順位が下降していきます。

"My Gidget" 上記作品のB面。TV"Gidget"のテーマ。Jack Keller-Howard Greenfieldの作品、

 

"Hello enemy"(1966)最高位128位

"Country boy"(1967)自作曲。日本語盤も制作され、日本でヒット。

 

”You’re the reason"(1967)カントリーチャート48位。この頃からカントリー色が

濃くなっていきます。

 

”I can spot a cheater”(1968)カントリーチャート63位。

B面は「涙ながらに」の再録音でした。

 

”Letter to Emily”(1968)「エミリーへの手紙」Bobby Goldsboroの作品。作者自身も録音しています。

MGMでの最後の作品。CD”Stereo singles collection”で初CD化されています。

 

Johnny Tillotsonは1958-1971年の間に31曲をチャートインさせ、1960年代にはアーティスト別の集計では43位、

All Timeでは200位にランクされています。’70年代以降カントリーチャートに2曲を送り込んでいます。

MGMでは編集盤を含めると10枚のアルバムをリリース。チャートインしたのは最初の2枚のみでしたが、

英国では大半のアルバムがCD化され、好調なセールスを記録、カントリー調のポップヴォーカルが歓迎されて

いるようです。このあとAmos, Buddah, CBS, UAなどに移籍しますが、大ヒットは残せずに終わっています。

ヒット曲を永続的に出すことは容易ではないようです。

 

”Johnny  Tillotson sings"は"Our world"を中心とした1965年のアルバム。ラストに収録されている

"Red roses for a blue ladY"(ブルーレディに紅いバラ」です。

 

 

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今回は1960年代半ばから’70年代半ばまで日本でも高い人気を獲得したVikki Carr(July 19, 1940-)の特集。

Singer songwriterの作品を中心にお届けします。

 

"Song for you"Leon Russellの作品。Andy Williams盤が1971年全米82位を記録。Carpentersも録音

しています。Vikki Carrのステージナンバーです。

"You are the sunshine of my life"Stevie  Wonderの自作自演盤が1973年全米第1位を記録

ライヴ録音。

”Song sung blue” Neil Diamondの作品。作者自身のレコードが1972年全米第1位を記録。

 

”If you could read my mind"「心に秘めた想い」Gordon Lightfootの自作自演盤が1971年全米5位を記録。

 

 

Singetr songwriterの活躍のさきがけとなったのが、Carole Kingの"Tapestry"でした。

 

"So far away"は作者のCarole KIng盤が1971年全米14位を記録。

 

 

"One hell of a woman"「女であること」Mac Davisの自作自演盤が1974年全米11位を記録。

 

 

"You are"Mac Davisの作品でAndy Williamsも1969年に録音しています。

"Sunday morning coming down"「うつろな日曜日」Kris Kristoffersonの作品。

Ray Stevens, Johnny Cash盤が1969年から'70年にかけてチャートにはいっています。

前曲と同じアルバム"Nashville by Carr"に収録されています。

 

 

 

"Help me make it through the night"「ひとりぼっちの夜」これもKris Kristoffersonの作品。

Sammi Smith盤が1971年全米8位を記録。

"Loving her was easier"「夜明けの祈り」作者のKris Kristofferson盤が1971年全米26位まで上昇。

 Vikki Carrは、日本では大ヒットがないにもかかわらず、´60年代後半から’70年代初めにかけて、アルバムが

好評で、かなりのファンを獲得しました。本国で’70年代半ばからLatin Marketに移動したため、日本での

新譜のリリースが止まり、アルバムのCD化もごく一部にとどまっています。特にCBSに残した音源がほとんど

再発されずに終わっているのが、惜しまれます

 

"I'll be home"Randy Newmanの作品。Vikki Carrの録音盤が1971年全米96位を記録。

CBS移籍第1弾として発売されました。

 

"Danny's song" Kenny Logginsの作品。Anne Murrayのレコードが1973年全米7位を記録。

ステージナンバーの"Love song"もKenny Logginsの作品です。

 

 

"I'll have to say I love you in a song"「歌に託して」Jim Croceの自作自演盤が1974年全米9位を記録。

 

 

"Neither one of us"「さよならは悲しい言葉」作者はJim Weatherly。Gladys Knight and the Pips盤が

1973年全米2位を記録

 

 

 

"Ain't no way to treat a lady" 「さめた心」Harriet Schockの作品。Helen Reddy盤が

1975年全米8位に進出。


 

"I keep it hid"Jim Webbの作品。1968年にVoguesが録音。Vikki Carrは1971年に録音しています。

 

 

"With pen in hand"Bobby Goldsboroの作品。Vikki Carrのレコードが1969年全米35位を

記録。作者自身のレコードも1972年全米94位を記録しています

 

折り目正しく、ドラマティックな歌唱でファンを獲得したVikk Carr,

その美しい歌声は時代を超えて、受け入れられて行くでしょう。

 

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 今回は先日、他界したNeil Sedaka( March 13, 1939 – February 27, 2026)の特集です。

1960年代の作品を中心にお届けします。作者の表示のない作品はNeil Sedaka-Howard Greenfield

の作品です。

 

"Stairway to heaven"(星へのきざはし)は1960年のヒットで全米9位を記録。

 

 学生時代に友人たちとTokensを結成後、1958年”Diary”(恋の日記)で歌手としてRCAからデビュー。

最高位14位を記録。

1959年には"Oh Carol"が全米9位に進出。

日本ではB面の"One way ticket"(恋の片道切符)がヒットしています。

 

"You mean everything to me"「君こそすべて」1960年全米17位

 

"Run Samson run"1960年全米28位を記録。前曲のB面。

 

"Calender girl"1960年全米4 位。日本でも大ヒットした作品。

 

 

 

"Little devil"「小さな悪魔」1961年全米11位

 

自身のヒットを連発しながら、Connie Francis, Jimmy Clanton, R &B 系アーティストに楽曲を

提供し作曲家としても活動を続けます。

 

"Happy birthday sweet sixteen"「すてきな16才」1961年全米第 6位。ハッピーサウンド全開の

ティーン向きポップスです。

 

”King of crowns"「悲しきクラウン」1962年全米45位。

"Breaking up is hard to do"「悲しき慕情」1962 年全米第1位。最初のNo.1ソングで’70年代にも2曲が

第1位を記録しています。多重録音をうまく使用。1975年にはスローテンポで再録音し、全米8位を記録し

彼の代表作となり、スタンダード化しています。

 

 

”Next door an angel”「可愛いあの娘」1962 年全米第 5位

”Alice in wonderland”(不思議の国のアリス)1963年全米17位。

 

"Let's go stedy again"「よりを戻そうよ」1963年全米26位。

 

 

"Dreamer" 1963年全米 47位.好調な活躍を続けてきた彼も、ポップス界の状況変化に

チャートの順位を落としていきます。

1964年には大ヒットがなく、一時のような勢いを失っていきます。

"Sunny"1964年最高位87位に留まりました。

”Closest thing in heaven"1964年全米107位。楽曲のクオリティが落ちている

訳でもないのにファン離れが顕著になっていきました。

 

 

”World through a tear”「涙の小径」(Chris Allen-Peter Allen-Dick Everitt)1965年全米75位。日本語でも

録音しています。

 

”Answer to my prayer”(Chris Allen-Peter Allen-Dick Everitt)1966年全米89位。

この間リリースされたアルバムは数点でシングルを重点的に発表していましたが1966年にはRCA

との契約が更新されず、退所します。

 

RCAを離れてSGCから1969年にリリースした"Star crossed lovers"はアメリカではヒットせず、Australia

で第1位を獲得。’70年代に向けて、活動を開始しています。

 

 

1958ー1967年の間に25曲のヒットを出したあと作曲活動に重点を置いたあと

オーストラリア、イギリスで再起をはたしアメリカでも1975年の「雨に微笑を」

でチャートに返り咲きます。

 

日本では'70年代以降の作品を収録したアルバムが現在販売されておらず

Oldies系のアーティストとして認識されたままで、ソングライター、パフォーマ―として

の姿が伝わらないままになっています。状況の改善が望まれます。

 

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