木南晴夏→楠木正成から江州音頭に至る
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一人の人間の成長を取り巻く環境から音楽を語る”木南晴夏”連載シリーズ。「木南晴夏から楠木正成に至る」 を経て、我々は河内平野一帯(摂津にもかぶる)に暫く錨を下ろし、一人の人間(含:木南晴夏)をが育った、異なるN個の世界を、異なる時系列で旅している。音楽史の旅は、仮面ライダーディケイドの9つの世界の旅と同じ。木南晴夏の9つの世界のひとつが江州音頭。 「江州音頭へのいざない」 に記述されているとおり、河内音頭&江州音頭の起源は、楠木正成の金剛山籠城に際して、兵士の慰安(なぐさめ)として提供された音楽にあるといわれている。それが戦後、河内音頭へと進化したようだ。楠木正成は大阪のダンスミュージックの生みの親ともいえる。 今日は志賀國天寿一門会の江州音頭(2008近江組曲)の演奏(参照 )をサンプルに、江州音頭のコード進行、Funkyなギター・フレーズをコピーする。キーはDマイナー。まずはイントロ。
で、基本的には、トニック(I=C)とサブドミナント(IIm=Dm)の繰り返し。IImはIVの代理であるから、つまりは、
のI-IVバンプである。ソウル・ミュージック、ファンク等黒人のダンスミュージックと日本古来のダンスミュージックが同じI-IVバンプであることが大変興味深い。ダンス音楽は全世界共通のスキームに乗っている。ニンゲンは同一の高揚を求めるものなのだ。歌が入って、
などの”合いの手”的歌心いっぱいのリズムカッティングが続く。これいいなぁ~。マジで。後日、他のフレーズなんかも掘り出してみたい。コードボイシングというか、リズム重視のカッティング・アイディアの宝庫だなぁ>江州音頭。 昔(1991年ごろ)、関西の同志社大学で河内家菊水丸のライブをみて、ギタリストのプレイに魅了されたことがあるが、河内音頭 or 江州音頭のギタリストはもっと世界中のギタリストの注目と賞賛を受けるべきだ。 ■関連記事: 木南晴夏から楠木正成に至る
【このコンテンツは批評目的による志賀國天寿一門会の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
ワコール「LALAN」(2009春・夏)と鏡像段階
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「ワコールつけた。愛でも恋でも何でもこい」というコピーが強烈に印象的な、絶叫から始まるワコールLALANのCM音楽を解析する。 公式サイト では、Web限定気持ちのよくなる映像公開中のようだ。
■関連リンク: ワコール LALAN 公式サイト ■関連記事: 木南晴夏、酒井彩名&あびる優 in Licca 「Good Love」
【このコンテンツは批評目的によるワコールLALANコマーシャルの音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
木南晴夏 as PR女子高生 in 「ABC夏の高校野球 きみといる夏甲子園」
引き続き、阪急平野の旅。「木南晴夏」嬢を中心に、彼女の足跡をたどりつつ、音楽史を語るこのたびも、そろそろ後半に差し掛かりつつある。2001年夏、木南晴夏嬢は、全国高校野球選手権大会のABC高校野球PR女子高生にえらばれブラウン管にデビューする。 大阪府豊中市は、高校野球発祥の地といわれる(参照 )。玉井町3丁目にあった豊中グラウンドにて、1915年(大正4年)に全国中等学校優勝野球大会が開催されたのが高校野球のルーツだということだ。豊中グラウンドの建設自体が、箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)によって行われており、先に述べた 阪急平野の四角形のなかでイベントが発生しているのが、非常に興味深い。その後、阪神電鉄との争い(?)のなかで、甲子園に舞台は移るのであるが。 高校一年生の木南晴夏嬢の姿を、2001年のABC夏の高校野球「きみといる夏 甲子園」 のプロモーションCMで見ることができる。今日は、このバックで流れる曲をコピってみた。残念ながら曲名はわからない。誰かご教示ください。 キーはCメジャー。イントロのギターのフレーズがとてもカッコよく、
と、歌ありの【A】パートに突入する。 【A】
■関連リンク:You Tube ■関連記事:木南晴夏&上戸彩のソフトバンクCM
【このコンテンツは批評目的による作者不明(判明次第記述)氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
タモリ in 笑っていいともスペシャル 尺八フレーズ解析
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季節。毎シーズンの定番として楽しみなのが、笑っていいともスペシャルでのタモリの尺八(の物まね)だ。そうだ、ラスト近辺で芸能人がアーチェリーを行う場面で、本業である司会者としての立場よりも優先度の高いプロセス(nice値が高い)として、タモリが景気付けに行うナイスなBGMである。先週のスペシャルでは、堀北真希嬢のアーチェリー・プレイのBGMとして一回のみ流れ、厳粛な風景を形成していたように思う。今をときめく女優と日本伝統音楽がコラージュされる荘厳な空間。 今回はこのタモリ氏の尺八フレーズをギターでコピーしてみよう。
ディミニッシュコード(F#dim)はマイナートニック(F#m)の補助コードとして用いられており、ディミニッシュ特有の”不安定で不気味な響き”とトニックの安定感を往き来することで音楽が成り立っている。だが、これでは一歩足りない。タモリのフリーキーな演奏に合わせるためには、以下のようなコードアレンジも可能だ。
1小節目の4拍目の裏に、ローリングストーンズのキース・リチャーズが得意とするフレーズを入れてみる。コード進行的には、
と、トニック(Im)に対するサブドミナント(IVm)の挿入であり、ダンス音楽の定番I-IVヴァンプが形成される。 この「タモリの尺八」フレーズをギターリフとして応用し、何らかの音楽に昇華・活用しようとするならば、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)「移民の歌(Immigrant Song)」との類似性が発見できよう。1971年9月に初来日した際、オープニングナンバーとして演じた超強力なナンバー。『レッド・ツェッペリン III 』のA面1曲目に収められている。そのメインリフ、
■関連リンク: 笑っていいとも 公式サイト
■関連記事: いつからタモリは「ウキウキWatching」を歌わなくなったか?
【このコンテンツは批評目的によるタモリ氏、ジミー・ペイジ氏、ロバート・プラント氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
ステレオポニー in 豊中まつり
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阪急平野を引き続き、音楽旅行する。大阪府豊中市第十一中学校は、教育目標に「国際教育・帰国生徒教育の充実と推進」を掲げている(参照 )。これは豊中市の人口の約1.2%が在日外国人であり(参照 )、豊中市が多文化共生施策に熱心な自治体であることを継承するものであるのだろう。「豊中市在住の約5000人の外国人のうち約2700人は、韓国・朝鮮籍の人びとです(『豊中市豊中市人権白書』 より引用)」。 そのせいか、豊中まつり では、「沖縄音舞台」 など、”日本が単一民族国家でないこと”を伝えるような企画が多い。2008年、沖縄からのゲスト、として実力派ガールズ・バンド、ステレオポニーが参加している。まあ、沖縄と姉妹都市、ということもあるが、それ自体も豊中の”多民族国家”意識というか、懐の深さを感じさせる。 Wikipedia
によるとステレオポニーのデビュー前の演奏のようである。こちらにそのときの模様
が掲載されているが、非常にノリのよい曲で、メジャーデビューしたシングル曲より、なんだかヨイ。なのでコード進行だけおってみよう。キーはEメジャー。イントロはコードEを思いっきりカッティング。 【I】
【A-1】
I-V7-VIm-IIIm7-IV-I-IIm7-V7 【A-2】
こうなる。【B】パートは間奏で、 【B】
のスリーコード。【C】パートで歌が入り、 【C】
I-IV-VIm-V7 【D】
IV-V7-I のスリーコードをIにVImを代理させたり。 しかしキャッチ-な曲で、リズムセクションの腕も非常によく、いいバンドになるだろうな。 ■関連リンク:ステレオポニー in 豊中まつり
■関連記事:木南晴夏&上戸彩のソフトバンクCM
【このコンテンツは批評目的によるステレオポニーの音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
仲村トオル in おっぱいバレー「ナイスおっぱい」フレーズ解析
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本日(2009年4月18日)公開映画「おっぱいバレー」の音楽といえば1970~80年代周辺のジャパニーズ・ポップス満載のようであるが、今回は仲村トオルの決めゼリフ「ないすオッパイ」フレーズをギターでコピーしてみよう。公式サイト で見れる予告編をコピー元とする。とても印象的かつ記憶に残るフレーズであり、何かの映画の予告編としてこの映像を初春みたとき、客席からも笑いが毀れていたようだ。
と弾いてみることも可能だ、ブルージーさが増しナイス。 この「ナイスおっぱい」フレーズをギターリフとして応用し、何らかの音楽に昇華・活用しようとするならば、「ナイスおっぱい」フレーズと、エアロスミス「Walk This Way」のギターリフ↓の類似性が発見できよう。
弾きまくってみると、Steven Tyler、Joe Perry、仲村トオル、ひいては綾瀬はるか、大後寿々花嬢が競演するコンサート会場があなたの目の前に現れるはずだ! in 妄想。 大後寿々花嬢と北九州のレトロな風景の調和を見たい。絶対観に行きたい。 ■関連リンク: おっぱいバレー 公式サイト ■関連記事: 木南晴夏 as マナミ in 「セクシーボイス・アンド・ロボ Voice 5」&大後寿々花
【このコンテンツは批評目的によるJoe Perry氏、仲村トオル氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
木南晴夏 as 三國茜 in 銭ゲバ「かりゆし58 さよなら」
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木南晴夏嬢は、阪急平野を回っていた。一人の人間の成長を取り巻く環境から音楽を語る。一人の人間が育った、異なるN個の世界を旅してみる。音楽のたびは仮面ライダーディケイドの9つの世界の旅と同じ。そして音楽はいつもパッヘルベルのカノンの周りを回っている。 そう、最近のハッペルベルカノンコード進行といえば銭ゲバ主題曲、かりゆし58の「さよなら」だ。キーはCメジャー。イントロはドミナント(G)一発で二小節、4/4拍子。【A】パートに入り、
【A】
ということで基本、パッヘルベルのカノン 。 【B】
ということで1~8小節は、基本、パッヘルベルのカノン 。9~12小節は IV-bVI(7)-V7 と、サブドミナント、サブドミナントマイナー(bVI)、ドミナントと、サブドミナントマイナーを挿入して、悲しげな雰囲気を強調している。パッヘルベルのカノンは永遠である。 ■関連記事: 木南晴夏 as 三國茜「銭ゲバのテーマ」
木南晴夏
【このコンテンツは批評目的による前川真悟氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
宝塚歌劇団「すみれの花咲く頃」或いは木南晴夏 in 阪急平野四角形
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一人の人間の成長を取り巻く環境から音楽を語る”木南晴夏”連載シリーズ。一人の人間が育った、異なるN個の世界を旅してみる。音楽史の旅は、仮面ライダーディケイドの9つの世界の旅と同じ。木南晴夏の9つの世界のひとつが阪急平野。 万博記念公園 、そして先日の「宝塚北高等学校 校歌」 の兵庫県宝塚引き続き、今日は女優・木南晴夏氏が幼少時代より通いつめていたと報じられている宝塚歌劇団の音楽に至ってみよう。そう、この街は偉大なる経営者、小林一三氏が作ったまちだ。 先日、弟の結婚式で神戸に帰郷、東京に戻る途中の新幹線、新大阪駅の書店で、なんとなく「日本鉄道旅行地図帳 10号『大阪』」を買った。その24ページに昭和初期の「阪神急行電鉄沿線案内図」が掲載されており、「ほぼ開業時の駅名が揃い、『阪急平野』が文化圏として広がった時期でもある」(上記文書より引用)との注釈がついている。阪急平野とは、
という四角形である。高校時代の教師が、「阪急電鉄は日本で初めて、都市(大阪)と近郊住宅地(豊中など)、そしてサラリーマン向け風俗街(十三)、そしてエンターテイメント(宝塚)、スポーツ(西宮北口)など、都市生活に必要な拠点をシンプルに結ぶ都市デザインを行ったんや」みたいな話をしていたことを、思い出す。 この四角形の中で、宝塚歌劇団も育ち、幼い木南晴夏嬢は姉とともに、豊中から石橋を経由して、阪急宝塚線に揺られて、宝塚へ通ったのだろう。この上ないワクワク感を胸に。空想ほど楽しいものはない。 「すみれの花咲く頃」は、戦前のドイツ映画主題歌がフランスに渡ってシャンソン化、それをが日本に輸入されて、宝塚歌劇団を象徴する曲となったという(参照 )。戦前の曲らしく、基本的に循環コードのオーソドックスな曲。だからこそ、永遠に美しい曲なのだろう。様々な音源があると思うが、今日はこちら をサンプルにコード進行をチェックしてみよう。キーはCメジャーだ。
【I】
美しくテンションが加わっているが、基本構造は I-IIm7-G7 のツーファイブ。歌(「春、すみれ~」)が入る【A】パートは 【A】
1~4小節は循環コード(I-VI-II-V)で、VIをディニッシュ化しているようだ。5~6小節も基本循環コードでIIm7省略(入れてもいい)、7~8小節はツーファイブ(VIm7-II7-V7)で、IIm7をメジャーコードII7にして色彩を変える手法。9~10は循環コードの順番入れ替え(IIm7-V7-I-VIm7)でIIm7をサブドミナント(IV)で代理。11~12小節は同じく循環コードでトニックIをIIIm7で代理。13~16小節もIIIm7をIの代理と考えると、IV-I-VImu-II7-V7でまあ、循環コード。ということで循環コードの変形の組み合わせで、名曲って生まれるものなのだなぁと。 「すみれの花~」の【B】パートの一回目は、 【B】
で、I-IV-V7-Iのスリーコードに、I-VIm7-II7-V7の循環コード。二回目は 【B】
1~8小節目はI->IVの上昇に、I7(=C)を加えて、Bb->Aという半音下降ラインを演出。基本的に循環コードと考えて問題なし。
■関連リンク: You Tube 黒木瞳&宝塚歌劇団
■関連記事: 木南晴夏 「宝塚北高等学校 校歌」
【このコンテンツは批評目的によるF.Rotter氏、F.Dolle氏、F.Lelievre氏、H.Varna氏、F.Rouvray氏、白井鐵造氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |
木南晴夏 as 小泉響子「20世紀少年」
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今日は、木南晴夏嬢を語る上で、昨年(2008年)”新人女優”大抜擢として報道され、「個性派女優」としての彼女の飛躍につながった作品、「20世紀少年」。ご多分にもれず、今年2月早速家族と観に行った。まあ、多くの人がそのように語っているとおり、この映画は木南晴夏嬢の主演映画だと思った。 映画では省かれているが、ともだちランドにて”洗脳”を免れるため、バンド「エロイムエッサイムズ」の音楽が小泉響子の脳に対して「防護壁」として果たした役割が描かれている。 頭の中で音楽を絶やさないことが、「自分を破壊しないこと」=「正気でいること」として作用することは、「ショーシャンクの空に」のアンディ・デュフレーンにとってのモーツアルトのようである。僕らの頭の中の財産となったフレーズや歌は、誰も汚い手で触るることができない。頭の中は誰にも障ることができない。そしてその財産を、僕らはロックで簡単に手に入れることができる。小泉響子がエロイムエッサイムズを手に入れるように。
=防護壁=ATフィールド)は培われた!! ■関連記事: 木南晴夏、酒井彩名&あびる優 in Licca 「Good Love」
木南晴夏
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木南晴夏 「宝塚北高等学校 校歌」(作曲:三木稔)
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木南晴夏嬢は、Liccaデビュー前の2001年4月、兵庫県公立の宝塚北高等学校に入学する。この高校の校歌がかなりすごくて、かなりの音楽センス(変拍子へのリズム感かな?)がないと歌えない。宝塚北高等学校の公式ページ にて聴く事ができるが、通常の「歌い易い」校歌のイメージからは遠く離れており、高校生にとってかなり難易度の高い楽曲となっている。Liccaデビュー前にこんな楽曲を木南嬢が歌っていたと思うと、彼女の出自にますます興味を覚える。 純邦楽のようでもあり、現代音楽のようでもあり、SoftMachineやNucleusといったイギリスのジャズロック、ホーンロックのような印象も与える楽曲だから不思議、というか前衛的だ。さすが三木稔氏の音楽である。 Wikipedia でも、以下のように記述されている。
ではこの難易度の高い校歌のコード進行を解析してみよう。キーはDマイナー。イントロは普通に4/4拍子。ギターソロにアレンジしてみよう。
【I】
が本楽曲の基本コードとなっているようだ。歌のパートのコード進行を変拍子に注意して解析してみると以下のようである。通常のA、B、Cパートみたいに構造化できない、本当に難しい曲である。
11小節目はGm(IVm=サブドミナントマイナー)のままでもいけそうだが、Bb(=#V)のほうがいい感じがする。 変調というよりも、変拍子の嵐、という感じ。よくもまあ、宝塚北高校の生徒はこんな校歌を歌えるものだ。学校行事でピアノ伴奏を行う音楽教師の先生は、さぞかし大変だろうなぁ。宝塚は小林一三氏が創った街。明日もその阪急平野にドップリと足を踏み入れてみよう。 ■関連リンク:宝塚北高等学校 校歌 ■関連記事: 木南晴夏、酒井彩名&あびる優 in Licca 「Good Love」
木南晴夏
【このコンテンツは批評目的による三木稔氏の音楽の引用が含まれています。音楽の著作権は著作権者に帰するものです。また、個人的耳コピのため音楽的には間違った解釈である可能性もありますが、故意に著作権者の音楽の価値を低めようとするものではありません。】 |