3 刑法上の刑の一部執行猶予の要件等
ア 要件
(刑の一部の執行猶予)
刑法第27条の2
第1項「次に掲げる者が三年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた場合において、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときは、一年以上五年以下の期間、その刑の一部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者
三 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」
第2項「 前項の規定によりその一部の執行を猶予された刑については、そのうち執行が猶予されなかった部分の期間を執行し、当該部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から、その猶予の期間を起算する。」
第3項 「前項の規定にかかわらず、その刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間の執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった時において他に執行すべき懲役又は禁錮があるときは、第一項の規定による猶予の期間は、その執行すべき懲役若しくは禁錮の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から起算する。」
<形式的要件>
ⅰ 宣告刑
3年以下の懲役又は禁錮であること(刑法27条の2第1項)。
全部執行猶予と異なり(刑法第25条第1項参照)、罰金の言い渡しは除かれている。
※3年以下の趣旨
「3年を超えるような自由刑は比較的重い刑事責任に対するものであり、たとえ一部といえども刑の執行を猶予することは、応報や一般予防のみならず、被害者感情や国民感情からして適当でないと考えられたことと、3年を超える自由刑の場合、猶予期間や保護観察の有無など実刑部分の執行を挟んだ将来の事項を裁判時に量刑判断で行うことは困難とされたからである」と解されている(太田・前掲180頁)。しかし、裁判時点で3年先までは見通せるが、それを超えると見通せないというのは奇妙な理屈である(量刑事情は裁判時であるから、3年先すら正確には見通せないのではないか。)。単に利益衡量上、社会復帰・更生保護よりも応報感情(処罰感情)の要請を優先させるということと全部執行猶予の場合(3年以下の場合に限定)とのバランスをとるということではないだろうか(大塚=河上=中山=古田編・大コンメンタール刑法第三版第1巻684頁から685頁参照)。
ⅱ 対象者
全部執行猶予の場合と同様に「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」(刑法27条の2第1項第1号 初入者)「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」(同3号 準初入者)であるが、これらに加え「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者」(有罪判決は受けていても、今回初めて刑務所に入る初入者)(同2号)も含まれる。すなわち、全部執行猶予期間中に犯罪を犯した再犯は初入者として適用される(松本・前掲250頁参照)。これに対し、全部執行猶予は、1年以下の場合に限って再度の全部執行猶予を認めていることに注意すべきである(刑法第25条第2項)。
第1号の「刑に処せられたことがない者」には、単に前科がないだけでなく、全部執行猶予の猶予期間が取消なく経過した者、刑の消滅により刑の言い渡しが効力を失った者も当たる(太田・前掲180頁)。
第3号の「執行を終わった日」の起算日は、満期釈放は釈放日から、仮釈放の場合は、刑期の満了日の翌日からである(太田・前掲181頁参照)。
第1号ないし第3号に当たらない累犯者(刑法第56条)については、刑法上の一部執行猶予の適用はない。但し、例外的に薬物犯の累犯者に関しては薬物法上の一部執行猶予の適用の余地がある(後述)。
<実質的要件>
ⅲ 再犯防止の必要性・相当性
犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であること(刑法第27条の2第1項)。
A 考慮すべき情状
犯情:犯行の動機、態様、手段、被害結果、程度、共犯関係など
犯人の境遇その他の情状(一般情状):犯人の生活歴、性格、前科前歴、家族、職業、生活態度、示談・被害回復など。
B 再犯防止の必要性判断
一部執行猶予の目的である施設内処遇と社会内処遇の連携を図ることが再犯防止のうえで必要かどうかという、専ら個別予防上の判断と解されている(太田・前掲181頁)。
C 再犯防止の相当性判断
個別予防面と犯情面の相当性があるという(太田・前掲181頁、大塚ほか編・前掲685頁参照)。
個別予防面での相当性:被告人の社会内処遇の有効性・実効性の判断。例えば、被告人が暴力団員であり、釈放されても組織関係者と交流を持つ蓋然性が高い場合は、社会内処遇の有効性、実効性は乏しく、相当性は否定される(大塚ほか編・前掲686頁参照)。あるいは、暴力団を脱退し、住居、仕事に関し、家族や友人知人のサポートを確実に受けられる状況であれば、社会内処遇の有効性、実効性があり、相当性は肯定される。
犯情面での相当性:宣告刑が3年以下であっても、犯行が非常に悪質、社会に与えた影響が大きいなどの場合に、相当性が否定される(太田・前掲182頁参照)。これは、つまり、個別予防上の必要性・相当性があっても、犯情が重い=暴力団の抗争事件で複数の死傷者が出たなど重大事案の場合は、特別予防の必要性よりも、応報感情(処罰感情)ないし一般予防を優先する利益衡量判断のため、刑の一部執行猶予を否定する方向で、「相当性がない」(不相当)という意味で用いられる消極的要件のようにみえる。しかし、犯情の重大性(責任刑)は宣告刑で考慮済みで有り、その枠の中で特別予防(施設内処遇と社会内処遇の連携)を考慮するのが、相対的応報刑論及び一部執行猶予制度であるならば、個別予防面での相当性のみ考慮し、犯情面での相当性は考慮すべきではないと解すべきではないだろうか(私見)。
ⅳ 猶予刑と猶予期間
猶予期間は、1年以上5年以下である。全部執行猶予の猶予期間と同じである。ちなみに窃盗罪や覚せい剤取締法違反について、初犯から2犯までの再犯期間が5年以内の者が7割以上占めており、社会内処遇上の十分な期間として考慮されたともいわれている(大塚ほか編・前掲687頁参照)。
全部執行猶予においては、従来の実務では、宣告刑よりも猶予期間を長く設定する慣行があるので、一部執行猶予においても、猶予期間は猶予刑よりも長く、また猶予刑が長くなれば、それに応じて猶予期間は長くなるだろうといわれている(太田・前掲183頁)。
猶予刑の長短、実刑部分の長短については、宣告刑(3年以下)の範囲内で、情状に応じて定められる。どの程度の施設内処遇と社会内処遇を要するかは、人によって異なるからである。しかし、実刑部分を極端に短くするのは、短期自由刑の弊害が生じ、猶予刑を極端に短くしても一部執行猶予が取り消された場合、刑事施設内での処遇期間を十分にとることができない(太田・前掲182頁)。また、実刑部分が宣告刑の3分の1を下回ると、実刑部分の仮釈放ができなくなるので、立法論として3分の1を超える実刑部分とすべしとの見解もあるが(太田)、猶予部分が取り消された場合にも仮釈放の問題が生じるので、制度上実刑部分のみ仮釈放が問題となるわけではないので、実刑部分について制限を設けるべきかどうかは、即断できない(大塚ほか編・前掲688頁参照)。結局、ケースバイケースであるが、一種の量刑相場が今後実務上形成されることが期待される。