刑事政策の基礎 特別編 「いわゆるテロ等準備罪について」その1
1 いわゆる共謀罪の処罰を内容とする組織犯罪処罰法改正問題は、以前3回も国会に上程されながら、廃案に終わっている。しかし、本年(2017年)になってから、共謀罪改め「テロ等準備罪」に名称変更(といっても原案には「テロ」の名称はない。)と構成要件の具体化、主体の組織犯罪の要件化、対象犯罪の大幅な削減を狙って(それでも300近くある。)、2017年2月28日、新たな改正案が与党内に開示され※、審議検討を経て、3月10日の閣議決定に向けて、現在議論が進められている。
※2017年版組織犯罪処罰法改正案(閣議決定前原案)
http://www.tbsradio.jp/124223
2 「テロ等準備罪」がいわば限定された「共謀罪」(これは、共謀罪における主観説・合意説ではなく、オーバートアクトovert act(顕示行為・外部的行為。国際条約上の「合意の内容を推進するための行為」)を要件とする立場を採用し、実態は、犯罪組織内における「共謀共同予備罪ないし準備罪」というべきものである。従来の予備罪不可罰の罪では犯罪化であり、予備罪可罰の罪では重罰化の立法案である。)の個別の批判は、従来の「共謀罪」批判の論考(例えば下記②)が、そのまま、ネット検索すれば、直ちに情報に接することができるので、詳細は割愛する。※
※ いわゆる共謀罪に関する議論
従前の議論をまとめたものとして、①長末亮「共謀罪をめぐる議論」編集 国立国会図書館調査及び立法考査局 レファレンス788号[2016-09-20]53頁以下、共謀罪否定論として、②日本弁護士連合会「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(2017年2月17日)、共謀罪肯定論として、法務省コメント「組織的な犯罪の共謀罪について」(2006年10月)がある。
①について http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10195997_po_078803.pdf?contentNo=1
②について http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2017/170217_2.html
③について http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji35.html
本件立法案は、治安刑法の側面があることは否めず、行動の自由保障の観点から多くの疑念が提示されるのは避けられない。法案の賛否とは別にしても捜査機関の通信傍受・電子監視における職権濫用は罰則の強化とともに令状審査の徹底と情報開示によって抑制を図ることを考えてもよいであろう(現在審理中の無令状GPS捜査の最高裁の判断が注目される。)
とはいえ、立法事実の検証としては、日本国内については、いわゆるイスラム原理主義・過激派テロ組織の活動が事件化したことはないが(但し、イスラム国に参加しようとしていた学生に関し、刑法上の私戦予備罪の容疑で捜査が行われたことがあるし、国内での協力者と疑われる者への内偵捜査は現実に行われているようである。)、1970年代の日本赤軍事件、1995年の地下鉄サリン事件など日本国内ないし日本人による組織的テロ事件の実例はある。振り込め詐欺など特殊詐欺の組織化・国際化のケースもあり、国際的な資金洗浄、薬物・人身取引と組織犯罪との結びつきは、日本も無縁ではない。重大犯罪の未然の防止・抑止刑の考えからは、現行の予備罪だけの処罰範囲のカバーで必要十分かどうかが問われる。法益の保護は、伝統的な侵害後の事後的制裁による応報に基づく一般予防だけでなく、侵害前の事前の一般予防を刑罰によって達成する、つまり処罰の前倒し、既遂から未遂へ、未遂から予備へと犯罪化が行われてきたのも歴史的に理由のないことではない。但し、その分、刑罰の国民生活への干渉は増大し、濫用による自由の抑圧の危険が高まる。立法技術は、法益の保護・治安の維持と自由の保障の緊張関係をどう合理的に線引きをするのかが問われているのである。「過度に広範な規制」に憂慮する論者は消極的になるし、組織的な重大犯罪への脅威、不安感に駆られる論者は、安易に積極的になろう。いわば国家権力に対する悲観主義(性悪説)と楽観主義(性善説)の対立である。
3 そもそも、本件改正は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」第5条第1項(a)(ⅰ)「金銭的利益その他物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」=いわゆる「共謀罪=コンスピラシー」の立法措置要請の問題であって、共謀罪否定論は、同条約批准否定論が素直であるが、留保付き批准論が主張されることがままある(日弁連の意見書など。)
この点の条約の留保・解釈宣言の問題は、議論があるところであるが、日本が予備罪を例外的にしか処罰していない伝統を根拠に「留保」することは、米国の州法と連邦法との関係という憲法原則に抵触することへの懸念からの「留保」と異なり、難しいのでないかとの見解として古谷修一「国際犯罪防止条約の特質と国内実施における問題-共謀罪の制定を中心に-」2007年早稲田大学社会安全政策所紀要(1)236頁以下がある)。
なお、同(ⅱ)はいわゆる「参加罪」の立法措置要請で有り、同条約は、「共謀罪」又は「参加罪」の立法措置を要請しているので。本来立法政策的には、「参加罪」の犯罪化もありうるのであるが、あまり注目されていない。
また、そもそも国連条約に基づく犯罪化について批判的な見解として、足立昌勝「条約に基づく犯罪の創出と治安法」関東学院法学第22巻(2013年)第4号1頁以下がある。
4 今後、国会での論争が展開される中、治安と自由のバランス、実体法だけでなく手続き法による規制※も含めて広い視野にたった上での議論が望まれるが、与党のいつもの数を頼んだ強行採決の落ちは、国民の不信を募らせるだけである。なお、閣議決定後の上程案が確定した段階で、その是非について、追って検討する予定である。
※共謀罪の手続き
実体法で共謀罪(コンスピラシー)を犯罪化しても、その立証に当たって、手続き法上の特別な手当がないとその立証は現実には難しいのではないかとの指摘をするものとして、亀井源太郎「共謀罪と刑事手続」法学会雑誌48号(1)119頁以下(2007-07)がある。