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刑事弁護人の憂鬱

日々負われる弁護士業務の備忘録、独自の見解、裁判外の弁護活動の実情、つぶやきエトセトラ

刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その2…陰謀・予備罪の意義(下1)

 

() 裁判例

 ア 予備の定義について、最高裁判例は存在しないが、破防法39条・40条の「予備」の解釈に付随して、予備の定義の一般論を論じる東京地裁昭和39530日判決(下刑集656694)、「三無事件」)が著名である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%84%A1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

 事案は、被告人らは、共産主義革命を阻止し、永久無税、永久無失業、永久無戦争の「三無主義」を標榜し、多数の有志や学生を動員し、機を見て武装勢力多数で国会を急襲し、左翼勢力を放逐し「三無政策」を実施しようと企て、武器等の入手を図り(現実にはライフル銃2)、映画ロケ名目で学生動員等を図ったが、構成員は、リーダー・幹部の命令一下危険な行動に赴く関係になく、学生動員も現実の決行予定日変更から役立つものとはいえないなどの事情のもと、破防法39条・40条の政治目的の騒擾罪・殺人罪の予備罪で起訴された件について、判決は予備の定義を詳細にのべた上で、騒擾罪・殺人罪の予備罪の成立を否定し、明白かつ現在の危険があったとして陰謀罪の成立を認めた。破防法の初適用事件である。

すなわち、

「一般に「予備」とは、「犯罪の実現を目的とする行為で、その実行に著手する以前の準備的段階にあるものをいう」と解されているが、犯意実現のためのすべての準備的行為が「予備」とされるわけではなく、おのずからそこには一定の限界がある。この点は、判例、学説によつても、明示的あるいは黙示的に、ほぼ承認されているところと思われる。(たとえば、殺人の目的で兇器を購入することはその予備と解されるが、単に金物店等で兇器を物色する程度では、たとい同様の目的からにせよ、未だ殺人の予備とはいえないであろう。いわんや、単に殺人の際の変装具をあらかじめ用意するだけでは、その予備にならないこと勿論である。)

 どの程度の準備が整えられたときに「予備」となるかについては、判例の見解は必ずしも明瞭でなく、学説もわかれており(学説は、「予備」について「犯罪実現を指向し、しかもいまだ実行の著手に至らざるもの」とか、「遠い未遂」とか、「結果惹起のための条件を設定し、実行々為を容易ならしめる行為」とか等抽象的に説くものと、「特定の犯罪のために危険な道具を準備するところに予備罪が成立し、またそれほど具体的にならなければ予備行為は存しない」とか、「物的な準備手段を講ずること」とか等、やや具体的に論ずるものとに大別されるが、各学説が挙げている例をみると、前記の例示の結論は承認されそうであるし、またこれらの説は、つぎに説く見解ともそれほど隔るところはないようである。)準備の方法、態様についても制限はないが、いやしくも「予備」を処罰の対象とする以上は、罪刑法定主義の建前等からいつても、予備行為自体に、その達成しようとする目的(いわば、本来の犯罪の実現)との関連において、相当の危険性が認められる場合でなければならないと考える。詳言すると、各犯罪類型に応じ、その実現に「重要な意義をもつ」あるいは「直接に役立つ」と客観的にも認められる物的その他の準備が整えられたとき、すなわち、その犯罪の実行に著手しようと思えばいつでもそれを利用して実行に著手しうる程度の準備が整えられたときに、予備罪が成立すると解するのが相当である。」

 

 イ さらにこの控訴審である東京高等裁判所昭和4265日判決(高刑集203351)は、原審を支持したうえで、予備罪の成立は、「客観的に相当の危険性の認められる程度の準備」ないし「近く、所期の目的の達成を目指す実行着手の域にまで至りうる程度に危険性が具体化しているかどうかを基準として、これを判定するのが相当」という。

 

 ウ 大阪高等裁判所昭和431128日判決(大阪高裁刑速昭和44542頁以下)は、「一般に強盗予備罪の成立には、強盗実行の意思の存在と、それが単なる内心の決意に止まらず該決意の存在を外部的に認識しうるような客観的事実を必要とする」として、包丁を窃取して、タクシー強盗の機会をうかがった事案について、包丁の窃取段階での強盗予備罪の成立を否定した。

 

 

 

刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その2…陰謀・予備罪の意義(中)

2 予備の定義

  予備の定義であるが、現行刑法上は、定義規定はなく、解釈に委ねられている。

 

 () 学説上は、「予備とは、実行の着手にいたらない行為であって、犯罪の実行を目的としてなされた、犯罪の完遂に実質的に役立つ行為である」(平野龍一・刑法総論Ⅱ339)、あるいは、予備とは「犯意を実現するためになす準備行為であって、まだ実行の着手にいたらないものをいう」(西原春夫・刑法総論改訂版上巻313)などと解されている。

  「実行の着手に至らない」という未遂との区別のための消極的定義の面と、予備固有の内実としての積極的定義の面から成り立っている。平野説は、「実質的に役立つ行為」西原説は、「犯意を実現するためになす準備行為」※1という点に積極的意義を見いだす※2。

 

※1 予備と準備の区別

 予備行為と準備行為は一般的に相互互換的に使用されるが、現行刑法上、通貨偽造準備罪は、一定の物的な準備行為のみを「準備」行為として犯罪化している。従属予備罪が自己が犯行実現するための予備罪(自己予備)のほかに、他人のための予備罪(他人予備)を含むかどうか争いがあるが(通説は、自己予備に限定し、他人予備を否定する。)、通貨偽造準備罪については、他人のための「準備」行為も処罰されることにほぼ争いはない(但し、斉藤誠二・特別講義刑法「予備罪の周辺」152頁以下は、予備=準備と解して、通貨偽造準備罪の他人予備の否定説に立つ)。現在議論される「テロ等準備罪」の準備行為は、通常の予備行為よりも限定された意味をもつものなのかは、立法趣旨及び他の規定との関連性から議論されよう。

 

(通貨偽造等準備)

刑法第153条 「 貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」

 

※2 予備罪の類型

 通常の予備罪は、未遂、既遂が処罰されることを前提に、「…罪を犯す目的」という目的犯構成をとる(例えば、殺人予備罪。例外として、内乱予備・陰謀罪)。よって、未遂ないし既遂が成立する場合は、予備罪は吸収され、別罪を構成しない(不可罰的事前行為ないし共罰的事前行為)。これを従属予備罪という。未遂罪と同様に修正された(拡張された)構成要件である。目的犯構成は、予備という行為態様を主観面から限定する立法形式である。また、通常、予備・陰謀罪は、刑の減免規定などが併せて規定されていることが多い(内乱予備等は例外)。予備・陰謀罪は、未遂に比べて可罰性が低いことが考慮されているといえよう。この点、予備の中止犯の問題と関係する(後述)

(殺人予備)

刑法第201条 「 第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。」

 

 これに対し、独立した構成要件規定として処罰される予備罪を独立予備罪という。私戦予備罪などがこれに当たる。他人予備を含む通貨偽造準備罪を独立予備罪の一種と解されているが(通説 団藤重光・刑法綱要各論第3255頁、平野・前掲340)、この考えは、「準備行為」と通常の「予備行為」を文言上区別し、「器械又は原料を準備」という行為を限定して規定していることを重視するものである。但し、自己準備をして偽造すれば、偽造罪に吸収され、他人準備で他人が実行すれば、偽造罪の幇助(団藤・前掲255乃至256)または偽造罪の共謀共同正犯に吸収されると解されるので、従属予備罪としての性質も有しているというべきである(私見)。なお、宮本英脩博士は、私戦は罪でないから、犯人が既に戦闘に着手したときには、前の予備又は陰謀の行為は可罰性を失い、私戦の着手が刑罰消滅原因と解している(団藤・各論168頁参照)。しかし、私戦そのものの処罰規定を欠くのは、私戦が実際に開始されるということは、ほとんど想像ができないからとして、殺人罪等の規定が適用されるとしても(団藤)、私戦準備罪の保護法益は国際法上の外国の法益であり(通説 団藤・各論164)、殺人罪も私戦行為を通常随伴するものではないから、私戦予備罪は殺人罪等に吸収されずに独立に成立すると解すべきである(林幹人・刑法各論初版473頁参照)

(私戦予備及び陰謀)

刑法第93条 「 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。」

 

 なお、平成13年の刑法改正で不正のプリペイドカード作成に関する「支払用カード電磁的記録に関する罪」(刑法163条の2ないし163条の5)が新設され、新たな犯罪類型として、支払用カード電磁的記録不正作出準備罪(163条の2)が犯罪化された。

同罪は、支払用カード電磁的記録不正作出罪の予備的・準備的行為を独立した罪として処罰するものであり、通貨偽造準備罪と同様に独立予備罪の一種と考えられよう。但し、情報取得行為は、未遂も処罰され(163条の5)、いわば「予備の未遂」が処罰化が肯定されている(この点について、西田典之・刑法各論第6351頁参照)

 

 

 平野説は、具体例として「物を準備する場合、たとえば強盗に用いる短刀を買うような場合(これを有形予備ともいう。)だけでなく、被害者宅の様子を見るような行為(これを無形予備ともいう。)も予備」であり、「その行為は、犯罪の完遂に実質的に役立つものでなければならないのであって、その程度の危険性のない行為は予備ともいえない」という(平野・前掲339)。つまり、実質的に役立つ行為というのは、犯罪の完遂の危険性を有する行為ということである。しかし、ここでいう「危険性」は実行の着手としての未遂に至らない危険性であるが、その判断基準は明瞭でない。但し、考え方としては、下記裁判例と同じく限定的な解釈思考である。

 

刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その2…陰謀・予備罪の意義()

 

1 はじめに

  2017321日、政府は「いわゆるテロ等準備罪」の法案を閣議決定した。

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017032102000245.html

  共謀=合意を「計画」と表現し、計画に基づく「準備行為」を要件とするものという。具体的な構成要件の解釈・評価については、今後、国会の議論の展開をふまえ、吟味することとし、本稿では、従来の現行刑法及び特別法上、処罰されている「陰謀・予備罪」の構成要件の解釈について、まず検討する。

 

2 既遂・未遂と陰謀・予備

  現行刑法は、既遂の処罰を原則とし、既遂に至らない未遂を例外的処罰(刑法第44)、刑の任意的減軽(運用上は必要的に近い)としている(刑法第43条本文)陰謀・予備は、未遂に至らない、つまり、犯罪の実行の着手前の行為であり、現行刑法は原則不可罰として、重大な犯罪について、極めて例外的に処罰する。例えば、殺人予備罪、強盗予備罪、現住建造物等放火予備罪、通過偽造準備罪、内乱陰謀・予備罪、外患陰謀・予備罪、私戦予備罪、身代金目的誘拐予備罪がある。特別法である破壊活動防止法には、政治目的の放火、汽車電車等転覆などの陰謀・予備を処罰し、組織犯罪防止法も組織的殺人等の予備を処罰している。すなわち、特別法まで射程にいれると、現行法体系でも、実質的には、予備の例外的処罰を一部拡張し、重罰化している(但し、判例実務は、予備罪の処罰を限定的に解釈運用している。)

  犯罪の発展段階からみると、犯行を決意し、陰謀、準備(予備)を行い、犯罪の実行に着手し、既遂に至るプロセスで、どの段階から犯罪として処罰するかの問題である。

既遂(結果発生)となった段階での処罰が一番明確であるが、法益の保護・治安維持の必要上、歴史的にも比較法的にも既遂に至る前の未遂段階で処罰を認める立法例が多数といえる。そして、未遂処罰においては、どの段階で未遂を処罰するのかが問題とされ、19世紀初頭のフランス刑法が、犯罪の「実行の開始」の段階の未遂を処罰するという客観説的思考を採用し、明治40年に制定された現行刑法もこの流れを組み、(原則不可罰的)予備と可罰的未遂の区別を「犯罪の実行の着手」の有無で限界付ける立法をとっている※(刑法第43条、団藤重光・刑法綱要総論第3351352頁参照)

※立法技術と包括予備罪

 明治13年制定の旧刑法には予備罪・陰謀罪処罰の規定はなく、現行刑法によって、はじめて処罰規定が置かれている。目的による限定以外は予備の行為態様に限定は文理上ない包括予備罪の立法形式が取られているが、保安主義、新派の社会防衛論の影響がある(中山研一ほかレヴィジオン刑法2 未遂犯論・罪数論14頁参照)

 

 しかし、英米法やドイツ刑法は、なお、主観説的な未遂処罰を認めており、日本の刑法の判例及び学説も主観を考慮して実行の着手を考えるので、客観説的な未遂概念が厳格に貫かれているわけではない(判例及び多数説である実行の着手における犯罪計画まで考慮する実質的客観説は、本来、折衷説というべきものであろうし、形式的基準も考慮するとなれば、総合判断説ともいうべきものである。)。未遂における主観説と客観説の対比の思考は、予備罪、陰謀罪の解釈に置いても影響を与えよう。