刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その2…陰謀・予備罪の意義(中)」
2 予備の定義
予備の定義であるが、現行刑法上は、定義規定はなく、解釈に委ねられている。
(1) 学説上は、「予備とは、実行の着手にいたらない行為であって、犯罪の実行を目的としてなされた、犯罪の完遂に実質的に役立つ行為である」(平野龍一・刑法総論Ⅱ339頁)、あるいは、予備とは「犯意を実現するためになす準備行為であって、まだ実行の着手にいたらないものをいう」(西原春夫・刑法総論改訂版上巻313頁)などと解されている。
「実行の着手に至らない」という未遂との区別のための消極的定義の面と、予備固有の内実としての積極的定義の面から成り立っている。平野説は、「実質的に役立つ行為」西原説は、「犯意を実現するためになす準備行為」※1という点に積極的意義を見いだす※2。
※1 予備と準備の区別
予備行為と準備行為は一般的に相互互換的に使用されるが、現行刑法上、通貨偽造準備罪は、一定の物的な準備行為のみを「準備」行為として犯罪化している。従属予備罪が自己が犯行実現するための予備罪(自己予備)のほかに、他人のための予備罪(他人予備)を含むかどうか争いがあるが(通説は、自己予備に限定し、他人予備を否定する。)、通貨偽造準備罪については、他人のための「準備」行為も処罰されることにほぼ争いはない(但し、斉藤誠二・特別講義刑法「予備罪の周辺」152頁以下は、予備=準備と解して、通貨偽造準備罪の他人予備の否定説に立つ)。現在議論される「テロ等準備罪」の準備行為は、通常の予備行為よりも限定された意味をもつものなのかは、立法趣旨及び他の規定との関連性から議論されよう。
(通貨偽造等準備)
刑法第153条 「 貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」
※2 予備罪の類型
通常の予備罪は、未遂、既遂が処罰されることを前提に、「…罪を犯す目的」という目的犯構成をとる(例えば、殺人予備罪。例外として、内乱予備・陰謀罪)。よって、未遂ないし既遂が成立する場合は、予備罪は吸収され、別罪を構成しない(不可罰的事前行為ないし共罰的事前行為)。これを従属予備罪という。未遂罪と同様に修正された(拡張された)構成要件である。目的犯構成は、予備という行為態様を主観面から限定する立法形式である。また、通常、予備・陰謀罪は、刑の減免規定などが併せて規定されていることが多い(内乱予備等は例外)。予備・陰謀罪は、未遂に比べて可罰性が低いことが考慮されているといえよう。この点、予備の中止犯の問題と関係する(後述)。
(殺人予備)
刑法第201条 「 第199条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。」
これに対し、独立した構成要件規定として処罰される予備罪を独立予備罪という。私戦予備罪などがこれに当たる。他人予備を含む通貨偽造準備罪を独立予備罪の一種と解されているが(通説 団藤重光・刑法綱要各論第3版255頁、平野・前掲340頁)、この考えは、「準備行為」と通常の「予備行為」を文言上区別し、「器械又は原料を準備」という行為を限定して規定していることを重視するものである。但し、自己準備をして偽造すれば、偽造罪に吸収され、他人準備で他人が実行すれば、偽造罪の幇助(団藤・前掲255乃至256頁)または偽造罪の共謀共同正犯に吸収されると解されるので、従属予備罪としての性質も有しているというべきである(私見)。なお、宮本英脩博士は、私戦は罪でないから、犯人が既に戦闘に着手したときには、前の予備又は陰謀の行為は可罰性を失い、私戦の着手が刑罰消滅原因と解している(団藤・各論168頁参照)。しかし、私戦そのものの処罰規定を欠くのは、私戦が実際に開始されるということは、ほとんど想像ができないからとして、殺人罪等の規定が適用されるとしても(団藤)、私戦準備罪の保護法益は国際法上の外国の法益であり(通説 団藤・各論164頁)、殺人罪も私戦行為を通常随伴するものではないから、私戦予備罪は殺人罪等に吸収されずに独立に成立すると解すべきである(林幹人・刑法各論初版473頁参照)。
(私戦予備及び陰謀)
刑法第93条 「 外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、三月以上五年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する。」
なお、平成13年の刑法改正で不正のプリペイドカード作成に関する「支払用カード電磁的記録に関する罪」(刑法163条の2ないし163条の5)が新設され、新たな犯罪類型として、支払用カード電磁的記録不正作出準備罪(163条の2)が犯罪化された。
同罪は、支払用カード電磁的記録不正作出罪の予備的・準備的行為を独立した罪として処罰するものであり、通貨偽造準備罪と同様に独立予備罪の一種と考えられよう。但し、情報取得行為は、未遂も処罰され(163条の5)、いわば「予備の未遂」が処罰化が肯定されている(この点について、西田典之・刑法各論第6版351頁参照)。
平野説は、具体例として「物を準備する場合、たとえば強盗に用いる短刀を買うような場合(これを有形予備ともいう。)だけでなく、被害者宅の様子を見るような行為(これを無形予備ともいう。)も予備」であり、「その行為は、犯罪の完遂に実質的に役立つものでなければならないのであって、その程度の危険性のない行為は予備ともいえない」という(平野・前掲339頁)。つまり、実質的に役立つ行為というのは、犯罪の完遂の危険性を有する行為ということである。しかし、ここでいう「危険性」は実行の着手としての未遂に至らない危険性であるが、その判断基準は明瞭でない。但し、考え方としては、下記裁判例と同じく限定的な解釈思考である。