刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その2…陰謀・予備罪の意義(上)」
1 はじめに
2017年3月21日、政府は「いわゆるテロ等準備罪」の法案を閣議決定した。
http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2017032102000245.html
共謀=合意を「計画」と表現し、計画に基づく「準備行為」を要件とするものという。具体的な構成要件の解釈・評価については、今後、国会の議論の展開をふまえ、吟味することとし、本稿では、従来の現行刑法及び特別法上、処罰されている「陰謀・予備罪」の構成要件の解釈について、まず検討する。
2 既遂・未遂と陰謀・予備
現行刑法は、既遂の処罰を原則とし、既遂に至らない未遂を例外的処罰(刑法第44条)、刑の任意的減軽(運用上は必要的に近い)としている(刑法第43条本文)。陰謀・予備は、未遂に至らない、つまり、犯罪の実行の着手前の行為であり、現行刑法は原則不可罰として、重大な犯罪について、極めて例外的に処罰する。例えば、殺人予備罪、強盗予備罪、現住建造物等放火予備罪、通過偽造準備罪、内乱陰謀・予備罪、外患陰謀・予備罪、私戦予備罪、身代金目的誘拐予備罪がある。特別法である破壊活動防止法には、政治目的の放火、汽車電車等転覆などの陰謀・予備を処罰し、組織犯罪防止法も組織的殺人等の予備を処罰している。すなわち、特別法まで射程にいれると、現行法体系でも、実質的には、予備の例外的処罰を一部拡張し、重罰化している(但し、判例実務は、予備罪の処罰を限定的に解釈運用している。)。
犯罪の発展段階からみると、犯行を決意し、陰謀、準備(予備)を行い、犯罪の実行に着手し、既遂に至るプロセスで、どの段階から犯罪として処罰するかの問題である。
既遂(結果発生)となった段階での処罰が一番明確であるが、法益の保護・治安維持の必要上、歴史的にも比較法的にも既遂に至る前の未遂段階で処罰を認める立法例が多数といえる。そして、未遂処罰においては、どの段階で未遂を処罰するのかが問題とされ、19世紀初頭のフランス刑法が、犯罪の「実行の開始」の段階の未遂を処罰するという客観説的思考を採用し、明治40年に制定された現行刑法もこの流れを組み、(原則不可罰的)予備と可罰的未遂の区別を「犯罪の実行の着手」の有無で限界付ける立法をとっている※(刑法第43条、団藤重光・刑法綱要総論第3版351~352頁参照)。
※立法技術と包括予備罪
明治13年制定の旧刑法には予備罪・陰謀罪処罰の規定はなく、現行刑法によって、はじめて処罰規定が置かれている。目的による限定以外は予備の行為態様に限定は文理上ない包括予備罪の立法形式が取られているが、保安主義、新派の社会防衛論の影響がある(中山研一ほかレヴィジオン刑法2 未遂犯論・罪数論14頁参照)。
しかし、英米法やドイツ刑法は、なお、主観説的な未遂処罰を認めており、日本の刑法の判例及び学説も主観を考慮して実行の着手を考えるので、客観説的な未遂概念が厳格に貫かれているわけではない(判例及び多数説である実行の着手における犯罪計画まで考慮する実質的客観説は、本来、折衷説というべきものであろうし、形式的基準も考慮するとなれば、総合判断説ともいうべきものである。)。未遂における主観説と客観説の対比の思考は、予備罪、陰謀罪の解釈に置いても影響を与えよう。