刑事手続きの基礎 「性犯罪の非親告罪化…告訴期間と公訴時効」
1 現在、性犯罪の非親告罪化の立法論が法定刑の重罰化とともに法務省等で議論されている。
2 現行刑法では、性犯罪である強制わいせつ、強姦罪は、被害者の告訴がなければ公訴提起されないという意味で、告訴が訴訟条件(告訴条件)となっている親告罪である。この告訴が性犯罪被害者の心理的負担となっているという指摘から、非親告罪化が議論されているのである。
3 この点の具体例として、京都新聞のインターネットニュース※を見かけたが、そこでは、警察から「被害から7年がたち、告訴の期限が近づいている」と告げられた。」とある。被害者が告訴にいたるまで悩み、いざ告訴をする段階で、告訴期限の壁が立ちはだかったようによめる。しかし、これは法律的に不正確なように思える。既に平成12年の刑訴法改正で、性犯罪の「告訴期間」の制限(以前は犯人を知ってから6ヶ月)はなくなっているからである(刑訴法235条第1項)。一歩譲って、これが「告訴期間」ではなく、「公訴時効」の誤りだとすると、強制わいせつの公訴時効は、刑訴法250条第2項第4号により、7年である。そうなると、論点は、性犯罪の告訴期間の問題ではなく、公訴時効の問題である。記事内容は論点が明白にずれていることになる。つまり告訴と公訴の誤認していることになる。
※2016年3月26日京都新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160326-00000025-kyt-soci
4 告訴とは、被害者など告訴権者が、捜査機関に対して、犯罪事実を申告しその訴追を求める意思表示である(刑訴法230条以下参照)。書面(告訴状)または口頭(ただし、告訴調書の作成)で行う。親告罪とは、告訴を訴訟条件(公訴条件)とする犯罪をいう。告訴がないと刑事裁判はできない、つまり有罪無罪の判断がされず公訴棄却となる。刑法上の親告罪として、強制わいせつ罪、強姦罪、未成年者等拐取罪、名誉毀損罪などがある。なお、非親告罪でも告訴自体はできることに注意すべきである。また、単なる被害申告である被害届けは、「訴追を求める意思表示」ではないので、告訴とは異なる。
告訴は、公訴提起がなされるまで、取り消すことができる(刑訴法237条第1項)。告訴期間は、性犯罪等の一部の犯罪を除き、犯人を知ったときから6ヶ月である。
告訴類似のものとして、告訴権者以外の第三者が訴追を求めて行う「告発」、特定の罪について認められる「請求」がある。
5 公訴とは、検察官等が裁判所に対し、起訴状を提出し、特定の犯罪事実について、被告人の処罰を求める訴訟行為である。公訴には時効期間がある(刑訴法第250条。ただし、近年の数次の改正より、刑法の法定刑改正に連動して時効期間は一部延長され、死刑が法定刑にある殺人罪などは、時効期間が撤廃されている)。公訴時効も訴訟条件であり、時効期間経過後の公訴は、免訴となり、有罪判決はされず、裁判は終了する。
6 上記の手続きをまとめると、親告罪は、その公訴時効期間内において、告訴がなければ、刑事裁判できないということになる。その意味で、時効期間が告訴期間と同様の機能を果たしていることになる。上記京都新聞の記事は、善解すれば、こういう意味かも知れない。そうなると、問題性は、強制わいせつ罪の公訴時効7年が短すぎることにあろう。民事の不法行為事件で、幼少のころの性的虐待のためPTSD等を患った件で、成人後から時効を起算すべきとの立法論※と同時に刑事の公訴時効もバランスをとるべきという問題意識になろう。
※児童の性的虐待の民事消滅時効の問題性
https://www.bengo4.com/saiban/1137/n_3195/
7 性犯罪の非親告罪化は、被害者の負担を軽減することを目的とする議論であるが、告訴状作成をなしにしても、犯行状況の立証のために、被害者調書作成は、現行の捜査実務上、不可避であり、その聴取の方法・供述調書作成の方法の工夫が必要であり(捜査官の取り調べが2次被害をもたらす)、非親告罪にしたからといって、被害者の負担ということが劇的に改善するわけではない。問題解決には、被害者の捜査・公判手続き負担の事実と法制度・立法政策の正確な理解と把握が必要である。