刑事政策の基礎 特別編「いわゆるテロ等準備罪について その3法案検討(上)」
1 予備・陰謀とテロ等準備罪の実行準備行為…立法技術の考察
予備・陰謀は、犯罪の未然の防止、早期の段階での処罰のため設けられる必要性、特に被害の大きい重大な犯罪においては、治安上意味を有することは明白である。しかし、その行為態様を具体的に記述することは、犯罪の実行前の行為であり、その準備は多種多様で有ることから,非常に困難である。それゆえ、いきおい、包括的な規定に成るざるを得ず、せいぜい目的による限定(目的犯構成)と処罰する犯罪類型の数をしぼって厳格な解釈運用を行うのが一つの考えである(包括的予備罪 現行刑法上の予備・陰謀罪の規定とその判例実務の運用がその例である)。
しかし、罪刑法定主義の観点から、構成要件の明確化、行為態様の具体的記述が望ましい。そこで、具体的行為態様を記述し、独立した犯罪として規定する方法が考えられる(独立予備罪)。偽造通貨準備罪などがその例である。また、偽造罪とその行使罪のように性質上別の犯罪の準備行為でありながら、独立した犯罪類型として規定される、実質的ないし機能的な、あるいは性質上の独立予備罪の一種とみてよいであろう。例えば各種偽造罪は、行使罪はもちろん、詐欺罪などの欺罔を手段とする法益を別にする犯罪の手段ないし準備的行為として機能しているし、侵入窃盗・強盗などにおける住居侵入罪は、窃盗等の予備的行為として機能している。この点を重視して、偽造罪を文書等の社会の信頼に対する罪ではなく、詐欺罪等の独立予備罪と理解する見解もかつてはあった(宮本英脩)。
現行刑法は、予備と陰謀を区別しているが、犯罪の発展段階からみるに、陰謀を経て予備行為に、そして犯罪の実行に至るのならば、陰謀+予備行為(実行準備行為)の犯罪類型を創出することは十分考えられる。テロ等準備罪は、この例である。日本の犯罪は、計画的に行うより、激情的なものが多く、共謀・陰謀・合意だけで処罰するという立法は、なじまない反面、共謀共同正犯にみられるように共謀+犯罪の実行という類型は、客観的事実+背後の黒幕処罰として社会的実体に即し、機能してきた。この共謀+アルファ(犯罪の実行)を応用して、共謀+実行準備行為として、つまり陰謀+予備行為(実行準備行為)を立法技術として用いること自体、単なる共謀・陰謀・合意を処罰する立法より、明確性等から技術的にはベターであることは否定できない※。さらに従前の予備・陰謀の解釈で裁判例・学説が指摘してきた「危険性」「実行の直前性」などの考えを要件とすることは、当然必要であろう(詳細は後述)。もっとも、この陰謀+予備行為(実行準備行為)というのは、予備罪の共謀共同正犯(判例・通説は肯定説にたつ)そのものであり、既に刑法典等で予備罪処罰のある犯罪については、新規の規定ではないということになる。組織犯罪対策国際条約による新たな立法の必要性が問われるゆえんである。つまり、現在の予備罪処罰規定で十分ではないかとの問題である。※※
※実行準備行為の性質
一部の論者は、実行準備行為を処罰条件か構成要件かを問題にする。
前者と考えると合意(計画)の段階で捜査が行われる懸念を指摘するが、処罰条件であれ、構成要件であれ、準備行為がなければ罰せられないことに変わりはないこと、合意を徴表する行為の存在がない場合、捜査の端緒すらつかめないことからすると、合意の段階で捜査する意義は乏しく大きな争点とはいえまい(むしろ、この点はいわゆる事前捜査の可否の問題である。)。せいぜい合意(計画)だけで犯罪とすることは内心の自由を侵害するという批判に結びつける意味しかない。しかし、そうなると、現行法上の陰謀罪、特別法上の共謀罪などは、すべて違憲となろう。裁判例(三無事件)はまさにこれを回避するため、予備、陰謀に「危険性」の要件を必要としたと解する余地はある。したがって、内心の自由との調和、合憲解釈のためには、「危険性」の要件は不可欠ということになろう。
※※国際条約の解釈
正確には、国際条約は「共謀罪(コンスピラシー)」または「参加罪」の立法を要求している(既存の法律でまかなえる場合は、留保できるとの見解もある。)。前者は英米法圏、後者はドイツ、フランスなどの大陸法圏の刑事立法でみられる犯罪類型である。参加罪は、犯罪組織等に参加しただけで処罰されるもので、団体・結社の自由を制約するものである。日本の予備罪は、大陸法圏の考えであり、共謀(陰謀、計画)は、予備行為の前段階と解されているから、ここでいう共謀は、たとえオーバートアクトを要求しても、予備とは異なる概念である。よって、予備罪で共謀をカバーするには、予備(準備)概念を広く解釈するしかなくなるが(共謀・陰謀も予備行為に包含されるとする。)、それは従前の裁判例・学説と調和しない。共謀共同正犯の予備罪の概念であれば、共謀(計画)+実行準備行為と重なることになるが、しかし、これは逆にいえば、テロ等準備罪は、主体の範囲を制限した共謀共同正犯の予備罪を制定するものといえ、既存の予備罪と重なる罪については、一種の特別法となる。既存の予備罪の規定がない罪については、新規処罰であるが、これも共犯形態しか処罰されず(必要的共犯)、単独のテロ準備行為が、対応する予備罪がなければ処罰されず(国際条約は、もともと組織犯罪対策でテロ防止対策ではなかったものであるが。)、処罰のもれが生じる。それゆえ、既存の予備罪でカバーできるので、国際条約上の新たな立法は不要とする立論は、直ちに首肯できるものではない。むしろ新規の予備罪の規定と予備罪の拡張解釈が必要となろう。
2 テロ等準備罪の構成要件と各種論点
組織犯罪対策法改正案 抜粋
第1条 目的 「鑑み、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を実施するため」に改める。
(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)
第6条の2 「次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。」
第1号 「別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 五年以下の懲役又は禁錮」
第2号 「別表第四に掲げる罪のうち、長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 二年以下の懲役又は禁錮」
(1)立法目的と対象犯罪の関連性の問題
今回の法案提出にあたり、政府は、組織的犯罪集団の例示としてテロリズム集団を明示し、2020年の東京オリンピックのテロ対策に不可欠とアピールしているが、実際の目的規定は、マフィアや国際的薬物シンジケートや人身売買組織などの不正収益行為に打撃を与えるための国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(TOC条約ないしパレルモ条約)の実施のためであり、法案自体はテロ対策に限定するものではない。しかも、衆議院での政府答弁では、テロリズム集団を組織的犯罪集団の一つ、例示と明言している。よって、テロ防止との関連性から本件法案を議論するのは、本来適切ではない。
すなわち、明示された法案の目的は同条約第5条第1項(a)(ⅰ)「金銭的利益その他物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの」の規定に適合させるためである。
この規定から、本条約の前提とする犯罪組織は、経済的利欲ないし営利目的の「重大な犯罪」を行うものとされる。一般的に一定の思想信条のために行う殺傷行為等を行うテロ犯罪とは、必ずしも一致しない。せいぜい、テロ組織が身代金目的の拉致監禁や、テロ資金獲得行為がこれに含まれうるといえるにすぎないであろう。また、後述するが、法案の目的がパレルモ条約実施のためならば、組織の共同目的ないし実行準備行為の目的として、金銭的利益その他物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的に限定することが立法上または解釈上要請されるというべきである(条約実施の目的からくる限定性)。
また、対象犯罪は、単に形式的な法定刑の長短で一律に決定するのではなく、条約の趣旨に照らしかつ従来の予備罪等の処罰ないし不処罰との均衡から、「重大な犯罪」にふさわしい犯罪に限定する必要があるというべきである。この点から、本法案の対象犯罪が277という総量の問題ではなく、本来、個々の対象犯罪の可罰性について、立法事実(従前、組織的犯行が行われたことがあるか、経済的被害大きいなど)に照らして個々に吟味しなければならないであろう。この点は、構成要件の解釈において具体的に検討したい。
(2)構成要件の解釈
ア 処罰根拠は何か
イ 主体 組織的犯罪集団
・テロリズム集団の意義
・団体性の意義
・結合関係の基礎としての共同目的の意義
ウ 行為
・計画の意義
・目的の意義
・実行準備行為の意義
エ 危険性
・組織要件としての危険性
・実行準備行為要件としての危険性
3 減免規定の問題性
4 捜査手続きの濫用の問題…事前捜査との関係