どうでもいいテーマ「記憶に反する陳述について」
1 国会は、森友学園問題で紛糾している一方で、来年度予算は成立したという。「共謀罪(テロ等防止罪)法案」も閣議決定はしてもまだ国会での本格的議論はされておらず、「性犯罪の刑法改正案」すら行われていない。後者は、刑法各論の教科書や注釈書の改訂に影響を与えるものであるが、改正が反映されてからの改訂版をまっているので、新規購入は控えている。そのため、昨年でた井田良著・講義刑法学各論(有斐閣 2016年)をまだ購入していない。平成の注釈刑法の各則の第1巻も有斐閣からでているが、176条以下の性犯罪の規定は、補訂が必要となろう。昭和の注釈刑法は、巻数も多くボリュームがあったが、平成版は、出版事情を考慮してなのか、巻数が少なく小規模なのは、大コンメンタール刑法第三版(青林書店)のシリーズと条解刑法第三版(1冊本 弘文堂)との中間を狙ったのかもしれない。刑法関係だといわゆる「講座」ものが最近出版されてないのは、これも出版事情によるものであろうか。
2 さて、話を森友学園問題の国会にもどすと、先日、稲田防衛大臣が、この問題に関連して、民事裁判の代理人になったことはないと答弁したところ、民事裁判の記録がでて代理人として法廷に出頭していたことが判明したため、その弁解に追われる中で、「記憶にしたがって述べた」ことで、虚偽の陳述はしていないといって、おやっと思ったマスコミはほとんどいないようである。刑法上の偽証罪は、以下の規定をおく。
刑法第169条 「 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。」
ここでいう「虚偽の陳述」というのは、「自己の記憶に反する事実を陳述する」ことをいう(主観説 判例・通説 団藤重光・刑法綱要各論第三版101頁。)。つまり、陳述が客観的真実に合致するかどうか(客観説)ではないので、供述内容が客観的真実でなくても、それが「記憶のとおりの事実の陳述」ならば、偽証とはならないのである。 学説上は客観説も有力だが(例えば、西田典之・刑法各論第6版472頁など)、少数説にとどまっている。
さて、さきほどの稲田防衛大臣の弁解は、偽証罪でいうところの「虚偽の陳述」ではないといいたかったのであろう。宣誓した証人ではないけれども。法曹関係者や司法試験受験生は、この意味に気づいたかもしれない。
3 宣誓した証人というと、国会に喚問された森友学園の理事長の陳述が虚偽かどうかが与野党、マスコミが議論している。
http://www.sankei.com/politics/news/170328/plt1703280043-n1.html
議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(議院証言法)は以下の規定をおく。
議院証言法 第1条の5
「 証人には、宣誓前に、次に掲げる事項を告げなければならない。
一 第四条第一項に規定する者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓又は証言を拒むことができること。
二 第四条第二項本文に規定する者が業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、宣誓又は証言を拒むことができること。
三 正当の理由がなくて宣誓又は証言を拒んだときは刑罰に処せられること。
四 虚偽の陳述をしたときは刑罰に処せられること。」
第6条
第1項 「この法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。」
第2項 「前項の罪を犯した者が当該議院若しくは委員会又は両議院の合同審査会の審査又は調査の終る前であつて、且つ犯罪の発覚する前に自白したときは、その刑を減軽又は免除することができる。」
実際の証言では、刑事訴追の可能性があるという理由で証言を拒否したことがクローズアップされたので、第1条の5第1号は一般国民にもわかりやすい。これはいわゆる黙秘権の行使である。
問題は同第4号及び第6条第1項の「虚偽の陳述」である。刑法の偽証罪と同じ意味で理解するのならば、つまり主観説ならば、たとえ、陳述が客観的真実と食い違っていても、「記憶に従った陳述」ならば、偽証にはならない。この点を国会議員やマスコミは理解して議論しているのかどうかはよくわからない。検事や弁護士出身の国会議員もいるはずであるから、この点のリーガルチェックはしているはずであるが、マスコミはきちんと取材してもらいたいものである。
既に同様の指摘として、以下のものがある。
https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/20170324?utm_term=.exPJw41EP#.tdvyQOPZ7