刑事政策の基礎 特別編 「いわゆるテロ等準備罪について」国会審議編…将来犯罪捜査(事前捜査)を認める法務省答弁の問題
1 周知のとおり、いわゆるテロ等準備罪について、国会審議がすすめられている。参議院では、有識者等の参考人招致も実施され、賛成意見、反対意見もかわされている。
ア 組織犯罪国際条約締結目的の観点から 現行法上の陰謀予備罪等で対処できるか≒新規立法の必要性の可否、イ テロ防止と組織犯罪対策は必ずしも一致しない≒テロ防止の強調は、組織犯罪対策目的というテロ防止より広い目的であり、対象犯罪の限定(277罪)は、テロ防止の観点からではなく、組織的犯罪による不正収益が多く生じやすい著作権法違反などが対象とされており、これを「テロ資金源」との関連性から説明するのは、無理があるし、テロ防止を強調するのならば、単独テロ準備行為が対象から外れること、サイバーテロなどにおける組織性が緩やかなサイバー攻撃準備行為が対象となるかどうかは組織要件を厳格に考えると、かえって適用外になる(例えば、アノニマスなど)と、テロ防止目的達成はちゅうと半端ではないかといった疑問、ウ 捜査の濫用・一般人への適用の問題(最近の審議はこの点に法務大臣らの答弁を中心に反対派の批判が集中している。法務大臣答弁の矛盾等に対する民進党の追及は、法案の中身についての掘り下げがないので、揚げ足取り的な感じと、審理を遅らせる引き延ばし戦法も焼け石に水の感もある。)などが気になった点である。内心の自由の侵害のおそれは、構成要件の不明確性、捜査機関の判断の恣意性の問題と関連しており、結局ウの問題に収斂しよう。
2 政府与党は、来週にも衆院通過を考えているようであり、濫用防止等の附帯決議は別として(自民党、公明党と維新間において捜査の可視化等の維新の要望と附則規定の政治的折衝が行われている)、法案の中身である構成要件や対象犯罪についての修正は、現時点の報道をみる限りは、予定されていないようである。
このような状況下で、昨日(平成29年5月12日)の法務委員会での法務省刑事局長の答弁が気になった。
東京新聞(平成29年5月13日朝刊 ネット掲載版)から、引用すると、公明党の質問に対し、法務省の刑事局長は「『犯罪の計画行為が既に行われた嫌疑がある状況で、準備行為が行われる確度が高いと認められるような場合は、手段が相当であれば任意捜査を行うことは許される』と述べた」という。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201705/CK2017051302000126.html
一般的に、捜査とは、過去に行われた犯罪に対する証拠収集と犯人検挙の活動であり(司法警察活動)、犯罪の防止、鎮圧といった行政警察活動とは区別されていた。
ところが、通信傍受(盗聴)捜査やおとり捜査が、リアルタイムで現在進行中の将来の犯罪検挙のためのものとして行われる場合、その許容性の問題として、将来犯罪捜査(事前捜査)の問題が20年以上前から、刑事訴訟法上の論点として、議論されていたものである。古くは、故・田宮裕教授の論考があり、ネットで検索できる最近の論文として、加藤康榮「行政警察活動と犯罪の事前捜査」日本法学80巻第4号(2015年2月)などがある。
http://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/nihon/80_4/01.pdf
法務省の答弁は、積極説(要件を限定したものであるが)に立っており、これは、単にテロ等準備罪の問題だけでなく、犯罪捜査一般に及ぶ危険のある重大な発言である。判例も従前の実務、学説(通説)も消極説と理解されていたからである。将来の犯罪について、捜査できることになると、罪を犯す蓋然性があることを理由に逮捕等も理論上は可能となってしまうのである(いわゆる「予防拘禁」。ちなみに戦前の治安維持法の最後の改正で予防拘禁を認める規定が設けられていたのは歴史的事実である)。答弁が任意捜査に限定する趣旨としても、そもそも、刑訴法上の任意捜査の原則からすると、将来犯罪捜査も原則的な捜査処分となってしまう。捜査機関による個人のプライバシー領域への過度で広範な介入を招いてしまうおそれがある。適正手続き(憲法31条等)からは、その趣旨を野党は徹底的に解明すべきではないだろうか。また、将来捜査を一定の場合に認めるとしても(従来の大陸法的行政警察・司法警察の区別の修正ないし放棄)、それは、解釈ではなく、徹底議論の上、立法で明確化すべき事項であろう。