「自分」は生きている!
ある出来事※があって
「自分」は傷みを抱えて生きているんだということを
痛感させられました。
それを外側から見ることができるようになっていたのに
その時は確実に言動を「自分」に乗っ取られました![]()
まだまだコイツは意識の奥で苦しんでいたようです。
でもおかげで「自分」が生きているということを実感し
どこかでそれが苦しいながらも素晴らしいことなのだと
感じています。
…せめて「自分」くらいは楽にしてやれるのだろうか。
※その出来事についてこちら枷鎖枷杭 に書きとめました。
(このブログはワタシの心のゴミ捨て場となっています。
親や過去との対決に関心のある方には参考になるかも
知れませんが、フラッシュバックの危険性もありますので
予めご了承の上ご注意ください。)
合わせ鏡の法則
以前「鏡の法則」という話を耳にした時
自分の方こそが鏡だと思った。
それまで向き合った(知った)人々の反応やあり方を
逐次分割再構成して映し出しているだけではないの?
それを私のあり方として。
(自分という)鏡の向きによって
向き合う鏡の像(相手のあり方)は変わる。
合わせ鏡の正面には「映すモノ」の実在が
見えるのだろうか?
自分の方こそが鏡だと思った。
それまで向き合った(知った)人々の反応やあり方を
逐次分割再構成して映し出しているだけではないの?
それを私のあり方として。
(自分という)鏡の向きによって
向き合う鏡の像(相手のあり方)は変わる。
合わせ鏡の正面には「映すモノ」の実在が
見えるのだろうか?
ツールと使い手
記憶(過去)や予想(未来)
想像、妄想、バーチャル体験(架空ストーリー)
すべてはツール。
使いこなせず、自動状態にしたまま
時々暴走させてしまう。
そんな高機能ツールを
持てあましてはいませんか?
自分という使い手はそれらを使って
どうありたいのでしょうか?
たしかに誰も教えてくれなかったけど![]()