やわらかこころ塾 since2007 -49ページ目

私ベクトル

何かについて気にかかる

思うところがあるというのは


その対象に、そのエネルギー、その質の

ベクトルが向いているということ。


それはそのまま自分の活動


苦労の報われなさ


たしかに彼は偉大な父親であろうとした。

たしかに彼女は賢い母親であろうとした。

ただそれは決して子どもに対してではなく、
その親や世間(社会)、ひいては自分に対してそうあろうとしていたのだった。

子どもの側は心の奥で自ずとそれを見抜き、
残酷にも同意させられるのだ。

または立派な夫、または良き妻
または優秀な子

いつかその愛の不在に気づく時、
同意できなくなる時は必ずくる。

もちろんそうあろうともできないのは
さらなる悲劇に違いないけれど。

…ふいに目覚めて浮かんだ言葉です。
場違いかも知れませんが、忘れないように書き込んでみました。

へ~そうだったのか~!!

なにかを得るとか、失うとか

それに反応した喜びや悲しみ

それなりに甘美な追憶や希望も

過去の変化や予想される変化を解釈して

そう知覚するように刷り込まれたもの


真の意味で在るものは、今この瞬間に

目の前に展開している現実だけで


実存としての自分というのは

その投射&認識器官に過ぎないよね


解釈に踊らされずに、永遠に続く今の

自他の垣根のない実存を味わうことが


生きることのように思える今日この頃。


うーん、言葉が的を射ないなぁ^^;