苦労の報われなさ
たしかに彼女は賢い母親であろうとした。
ただそれは決して子どもに対してではなく、
その親や世間(社会)、ひいては自分に対してそうあろうとしていたのだった。
子どもの側は心の奥で自ずとそれを見抜き、
残酷にも同意させられるのだ。
または立派な夫、または良き妻
または優秀な子
いつかその愛の不在に気づく時、
同意できなくなる時は必ずくる。
もちろんそうあろうともできないのは
さらなる悲劇に違いないけれど。
…ふいに目覚めて浮かんだ言葉です。
場違いかも知れませんが、忘れないように書き込んでみました。
へ~そうだったのか~!!
なにかを得るとか、失うとか
それに反応した喜びや悲しみ
それなりに甘美な追憶や希望も
過去の変化や予想される変化を解釈して
そう知覚するように刷り込まれたもの
真の意味で在るものは、今この瞬間に
目の前に展開している現実だけで
実存としての自分というのは
その投射&認識器官に過ぎないよね
解釈に踊らされずに、永遠に続く今の
自他の垣根のない実存を味わうことが
生きることのように思える今日この頃。
うーん、言葉が的を射ないなぁ^^;