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Drunk on Speech

このサイトは慶應義塾大学英語会Chief of Speechだった作者が、今まで学んできたこと・感じてきたことを公開しているものです。

大学生向けのエッセイを次々と公開していく予定です。どうかみなさんのSpeech作りの参考にしていただければと思います。


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家にあるパソコンや冷蔵庫が壊れると、それを直しに来てくれた人に対して感謝の気持ちを持つことが出来ないということはよくあることです。場合によっては、感謝の気持ちを持つどころか、怒りが頂点に達して、「お前が悪いんだ」などと悪態をついてしまいます。これには気をつけなくてはなりません。

Speechをやっていても、親切で手を貸そうとしてくれる人に対して感情をぶつけてしまうことがよくあります。それが特に顕著に現れるのが、自分のSpeechが批判されたときです。学内や社会人の先輩に、もう少し改善したほうが良いのではないかというアドバイスをもらっても、「なるほど」と思えずにマイナスの感情だけがたまってしまうのです。

誰でも批判されて腹を立てるものです。批判されて気分が良いなどと思う人はいないでしょう。批判されて腹を立てるのは、「俺のほうがお前よりも絶対に正しい」という思い込みがあるからです。しかし、本当に的外れなことしか言っていない批判には怒りも沸いてこないはずです。どこかに自分でも納得する点があるからこそ、つい強がってしまうのです。

批判というのは不思議なもので、それを肯定して受け止めることで初めてその嫌な気分から解放されるものです。だったら、批判を「受ける」という受動的な立場から抜け出して、批判を「利用する」という能動的な立場に自分を置き換えてみてはどうでしょう。批判の中の一割くらいしか当たっていないときであっても、その一割を積極的に評価して学ぼうという姿勢を大事にすべきです。ですから、まずは自分に意見を述べてくれる人を大切にしなくてはなりません。そして、その人を「利用して」優勝への階段を駆け上がっていくのです。

レベルの高いSpeakerが集まっている世代は周りがライバルだらけです。ライバルは学外だけにいるだけでなく、学内にいることだってあるのです。それが自分よりも年下の後輩という人もいます。そして、多くのライバルと戦っている人は、味方が助けに来てくれても、自分に向かってくる人はみんな敵のように感じてしまうものです。それでは優勝することは出来ません。実は、優勝を逃した人の周りには、助けに来てくれた人はたくさんいたのに、その人自身で味方を失っていたことがほとんどなのです。

『勝利のために35』
味方の批判を利用する


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残念なことに大会で優勝できなかった人たちの多くが、「この3ヶ月のシーズン、必死で頑張ってきたのに優勝できなくてとても残念です。ですが自分なりに満足しています」と言って去っていくのを、あなたも聞いたことがあるでしょう。実は、この台詞の中には彼らがどうして優勝できなかったのかを如術に表している一言があります。それは何でしょうか?それは「3ヶ月間」という期間です。彼らにしてみれば、3ヶ月間もやって優勝できなかったのだから仕方ないというのが本音なのでしょうが、本来は「3ヶ月間しか」やらなかったから負けたのだというのが真実です。

私が1年生の時に学内予選のJudgeとして呼ばれた4年生の先輩が、「最低でも半年間くらいかけてSpeechを作らないと、決して良いものは出来ないよ」と後輩にアドバイスをしていました。私もそのとおりだと思います。

私たちは常日頃から良いTopicを探しておかなくてはなりません。そして、それが見つかった時点でより深いResearchを開始します。Researchとは、図書館の中だけでやるResearchではなくて、積極的にそのTopicに関わる人達と触れ合うResearchを含みます。障害者についてのTopicを選んだ人は、積極的に障害者の人達と触れ合わなければOriginalな考え方は出てこないでしょう。規制や法律の問題を取り上げたい人は、政府などの専門家に積極的に面会を申し込み、本には載っていない情報を引き出すべきです。

Researchが済んだ後は、学内や社会人の先輩にSpeechを見てもらうべきです。そこで多くの疑問点や改良点が出てくるはずです。そして、それらを解消すべく再びResearchを行うのです。ただ、これらのサイクルが一回でおしまいということは滅多にありません。Rewriteした後のSpeechからも、またまた足りない論点が出てくるのです。そして、ようやくこのサイクルを抜けて最後に原稿を固めても、今度はDeliveryの練習に打ち込まなくてはなりません。ここまでくると6ヶ月でも足りないくらいです。

多くのSpeakerは、春は前期のSpeechを作るための季節だと思っています。しかし、春は前期のSpeechだけのためにあるわけではありません。この時期は、すでに前期のSpeech原稿を固めつつ、後期のSpeechのResearchを開始する時期なのです。ですから、大会で優勝するためには、頭の中の季節を一つ早く設定する必要があるのです。

『勝利のために34』
頭の中の季節を一つ早く設定する


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前節では情報の非対称性を解消する策として、「自分でMonitoringを行う」ということはほとんど意味がないということを言いました。そこで、ここでは他にどのような方法が考えられるのかを紹介しながら、それぞれの方法の特徴を述べていきたいと思います。

まず第一に考えられるのが、「専門家にMonitoringをお願いする」という方法です。自分はある事柄に対する情報をほとんど持っていなくても、その道に精通した専門家を雇うことによって相手の行動を監視してもらうという方法があります。例えば、「家を買う前にその家が欠陥住宅でないかを一級建築士に検証してもらう」などといったやり方がそうです。この種の方法は、自分でMonitoringを行うよりは大分効果が出てきますが、その雇った専門家ですら自分にとって不利な行動に出る可能性も考えておかなくてはなりません

第二に、「格付け機関を設立する」といったことも考えられます。これは、例えば、金融機関の健全性を図ったり、治癒率の高い病院のランキングを格付けしたりという方法です。一般に個人で大規模な組織をMonitoringするには大きな費用がかかります。しかし、格付け機関がMonitoringにかかった大きな費用を、多数の利用者で分配すれば、一人あたりの費用は小さくなります。また、彼らは自分達の格付け能力に対する評判を気にして、なるべくフェアな格付けを行う傾向があります。逆に言うと、格付け会社が公平中立な立場になければ、特定の集団に有利な結果を導き出すリスクも承知しておかねばなりません

第三に、「何度もサービスを受ける」ということがあげられます。一回のサービスからでは相手の行動の是非を判断できなくても、継続的にサービスを受ければそれをMonitoringできることがあるのです。例えば、「多数の人の多期間にわたる化粧品の肌に対する効用の結果を情報公開できる場を作ろう」といった主張がそうです。私たちに化学の知識がなくても、多数の人が多期間にわたってその化粧品をつけた結果、肌が悪化したということがわかれば、その化粧品会社は何かおかしいということが間接的にわかります。

しかし、どの方法も困難が付きまとうことがわかるでしょう。自分自身が情報を持っていない以上、間接的にしか相手の行動の良し悪しは判断できません。さらに公平中立な情報公開の場を作ることも困難です。ですから、あなたの解決策をMonitoringだけにすると、Questionerから格好の餌食にされ、Logicをつぶされてしまうことがほとんどなのです。

『勝利のために33』
Monitoringだけで問題解決は難しい


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私達が他者と取引をするときはいつも、「情報の非対称性」という困難な問題が付きまといます。「情報の非対称性」とはすなわち、ある物事に対して各人が持っている情報には差があるということです。代表的な例として医療サービスをあげることが出来るでしょう。医師は医学という非常に高度な情報を持ち合わせており、患者にはそれに匹敵する知識がありません。

ここで問題になるのは、情報の非対称性下では情報優位な者がモラルハザードを起こすということです。これは簡単に言ってしまえば、相手に知識がなければ自分本位の行動をとったとしてもばれにくいということを示しています。例えば、医師としては自分の利益を最大化したいがために、不必要に過剰な薬剤を患者に提供します。患者には知識がないので、本当にその薬が必要なのかどうかの判断がつけられません。結果として、医師の利益最優先行動は表面化しなくなってしまうのです。

ESS界では、このような「情報の非対称性」に対する解決策として、モニタリング(Monitoring)という手段が非常に安易に使われている気がしてなりません。ここでいうモニタリングとはすなわち、「相手が悪いことをしていないか観察する」ということです。実際に相手をどのように観察するかには様々な手段があるのですが、多くのSpeakerは「自分で観察する」という最も困難がつきまとう主張を繰り広げます

「医師のカルテを常に見せてもらおう」とか、「つぶれる銀行が続出するので、銀行の行動を常に私達が監視しましょう」といったSpeechを皆さんも一度は聞いたことがあると思います。しかし、カルテの内容など素人の私達が理解できるはずもないし、銀行の健全性を測ることなどはプロでも難しい問題です。

もう一度思い出してほしいのは、このような問題は相手との間に知識や情報の差があるからこそ起こっているのだということです。そのような状況下で、情報の非対称性という問題を放置したまま、「自分で相手を監視しましょう」というのは、ことの本質をまるで理解していないということを表しています。たやすく独力で相手の行動を監視することが出来たら、そもそもこのような問題自体が起こらないのです。ですから、自分で監視するという解決策はほぼ100%無意味なものとなります。

『勝利のために32』
自分では監視することなどできない


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日本の家計貯蓄率がなぜ高いのかというテーマを、経済学部にいたことがある人は必ず一度は聞いたことがあるでしょう。この現象については、諸説が経済学者から提起されているようですが、今のところ一番支持されているのが「ライフサイクル仮説」という理論です。この理論は簡単に言ってしまえば、我々は若年時代に貯蓄を蓄え、老年時代にその蓄えを生活費に充てるために取り崩すという仮説です。バブル以前の日本の人口構成は若年層が老年層に比して多く、そのために貯蓄率が高かったというのが要旨です。

一方、日本の貯蓄率が高いのは、国民的な儒教的美徳観から倹約が奨励されていたからだという説を唱える人がいます。しかし、私はこの説に対しては非常に懐疑的です。皆さんも、「宵越しの銭は持たない」という言葉を聞いたことがあるでしょう。江戸時代の日本では、稼いだ金は一晩経たないうちにパッと使ってしまうのがカッコ良かったのです。たかだか150年ほど前には、いつまでも女々しく金を溜め込んでいた輩は周りの人からさげすまれていたのに、逆にその150年後には儒教的美徳観から倹約が奨励されているというのです。これには少々無理があると言えないでしょうか

ここで重要なのは何らかの現象の背景にある理由を、「単純に国民性の違いだけで片付けるな」ということです。皆さんの周りのSpeechを見返してみてください。「アメリカ人にはボランティアを奨励する国民性がある」、「ドイツ人にはリサイクルを徹底する国民性がある」などという主張をよく耳にするのでしょう。しかし、これらの現象は本当に国民性の違いだけから生まれるものなのでしょうか。私は違うと思います。

ある現象の背景には、必ず論理的な理由があるはずです。上の貯蓄率の例で言えば、人口構成からくる理由の他にも、バブル崩壊後の資産価格低下による逆資産効果や、家計が予想する期待所得低下や不確実性増大によって貯蓄率が高くなる、などが考えられます。同じように、なぜアメリカ人がボランティアに積極的に参加し、ドイツ人が進んでリサイクルに取り組むのかは、「そうすることで彼らに得になる何かがある」からのはずです。

国民性の違いというには、少なくとも平安時代頃から続いていることをあげてほしいものです。逆に言えば、それだけ長く続いているものを、あなたの7分間のSpeechなどで変えることなど出来ません。ですから問題の根本原因を国民性の違いを理由にして逃げてはいけないのです。何故なら、あなたがそこで分析をサボったツケは、あなたがとることになるからです。

『勝利のために31』
背景にある論理的理由を考える