パチスロ人生 12
なんだかんだで、時は平成7年、ネクタイ締めたサラリーマンなおのれがいた。社会人一年目、何もかもが初体験する世界であり、圧倒される毎日であった。
私生活においても、彼女がいるわけでもなく、休日のストレスの解消はパチスロになってしまっていた。しかもそこで負けが込み、更にストレスを貯めるという結果に。ホント悪循環の繰り返しであった。そうやって病んでいく自分がいた。そうなると、職場を離れるまでに、そう時間はかからなかった。
平成7年12月、無職という肩書きを背負ったおのれが誕生するのであった。
そして無職という肩書きに引け目を感じ、人と会うことを避けるようになった。収入が閉ざされたなか、わずかばかりの預金がなくなるまでには、時間はかからなかった。そしてパチスロを打ちに行くたび、そのスピードは加速される結果となった。ロクデナシ人生暴走中である。
私生活においても、彼女がいるわけでもなく、休日のストレスの解消はパチスロになってしまっていた。しかもそこで負けが込み、更にストレスを貯めるという結果に。ホント悪循環の繰り返しであった。そうやって病んでいく自分がいた。そうなると、職場を離れるまでに、そう時間はかからなかった。
平成7年12月、無職という肩書きを背負ったおのれが誕生するのであった。
そして無職という肩書きに引け目を感じ、人と会うことを避けるようになった。収入が閉ざされたなか、わずかばかりの預金がなくなるまでには、時間はかからなかった。そしてパチスロを打ちに行くたび、そのスピードは加速される結果となった。ロクデナシ人生暴走中である。
パチスロ人生 11
そうこうしているうちに、あっという間の学生生活が終わる。三年生までにほとんどの単位を修得しており、(意外と授業はしっかり受けてたんですよ。)四年生時は、就職活動に専念することができた。前にも書いたが、体育会系部活に所属しており、そのおかげで県内屈指の金融機関の内定をもらう事が出来た。
そうなると、卒業までの残された時間は、パチスロである。たまにパチンコも打ったが。
その頃打って印象に残った台は、トリプルクラウン。リーチ目はなく、リールのスベリでボーナスを察するといった、出目マニアのおのれにしてみればつまらない感じなんだけど、そこは裏モノ。七枚交換で二十万円出たからにはもう中毒になるしかないでしょう。その二十万出たとき、モーニングが入っておりゲットしたが、連チャンせず。百ゲームくらい回して、台移動したところ人が変わったとたんに吹き出し、夕方までにドル箱天国。
これはもう泣くしかないですな。インパクト大であった。
よくよく考えてみると大学四年間、彼女もできず、女っ気のない生活であった。もちろん、体育会系の部活に時間をとる事が多かったのもあったが、それ以外のほとんどの時間をホールへ出勤てな感じでやってたらそらぁ彼女なんて無理な話ですわな。
平成7年の冬から春にかけての出来事であった。
他に打った台。ペガサス412、ニューパルサー、グレートハンター、ウイリーチャンプ(オレンジ色)等々。パルサー以外、裏ざんす。やはり、連チャンの魅力にやられた、ロクデナシが勝ち組に回るまでには、まだまだ時間がかかるのである。
そうなると、卒業までの残された時間は、パチスロである。たまにパチンコも打ったが。
その頃打って印象に残った台は、トリプルクラウン。リーチ目はなく、リールのスベリでボーナスを察するといった、出目マニアのおのれにしてみればつまらない感じなんだけど、そこは裏モノ。七枚交換で二十万円出たからにはもう中毒になるしかないでしょう。その二十万出たとき、モーニングが入っておりゲットしたが、連チャンせず。百ゲームくらい回して、台移動したところ人が変わったとたんに吹き出し、夕方までにドル箱天国。
これはもう泣くしかないですな。インパクト大であった。
よくよく考えてみると大学四年間、彼女もできず、女っ気のない生活であった。もちろん、体育会系の部活に時間をとる事が多かったのもあったが、それ以外のほとんどの時間をホールへ出勤てな感じでやってたらそらぁ彼女なんて無理な話ですわな。
平成7年の冬から春にかけての出来事であった。
他に打った台。ペガサス412、ニューパルサー、グレートハンター、ウイリーチャンプ(オレンジ色)等々。パルサー以外、裏ざんす。やはり、連チャンの魅力にやられた、ロクデナシが勝ち組に回るまでには、まだまだ時間がかかるのである。
パチスロ人生 10
そんな、ろくでなし学生生活もあっという間に過ぎて行く。そして時代は四号機へ突入して行く。
四号機の新たな点はリプレイの採用。すなはちコインを投入せずして次のプレイが出来る。そして、ビッグの獲得枚数が期待値方式となった点である。だからビッグの獲得枚数にばらつきが出てくるようになった。これがのちに、リプレイ外しという目押しによる技術介入が生まれ、機械割りをアップさせる事が出来るようになった。この話はまた後日。
四号機で初めて打った台はエレコのチェリーバーだったと思う。ビッグとシングルの集中の台。今でこそ、液晶や、派手な演出があたりまえになっているが、当時は出目によってボーナスを察する、すなはちリーチ目によりフラグ成立を見抜くといった感じであったが、このチェリーバーはビッグボーナス成立したゲームでリールを止めた後、台の左から右へ閃光が走るという演出があり当時としては驚かされた。この頃はまだモーニングがあり、このチェリーバーにもモーニングが入った。しかしこの台、閃光が走ったあと右側のウィンランプがつくようになっていた為、このランプを切っている店が自分のテリトリーではほとんどであった。
そしてもう一つ山佐のニューパルサー。ノーマルでありながらもニューパル連チャンなる言葉が生まれた、今までの山佐マシンを継承した大量リーチ目マシン。たまにフラグ成立に気付かずな台を拾う事もあったとさ。
四号機の新たな点はリプレイの採用。すなはちコインを投入せずして次のプレイが出来る。そして、ビッグの獲得枚数が期待値方式となった点である。だからビッグの獲得枚数にばらつきが出てくるようになった。これがのちに、リプレイ外しという目押しによる技術介入が生まれ、機械割りをアップさせる事が出来るようになった。この話はまた後日。
四号機で初めて打った台はエレコのチェリーバーだったと思う。ビッグとシングルの集中の台。今でこそ、液晶や、派手な演出があたりまえになっているが、当時は出目によってボーナスを察する、すなはちリーチ目によりフラグ成立を見抜くといった感じであったが、このチェリーバーはビッグボーナス成立したゲームでリールを止めた後、台の左から右へ閃光が走るという演出があり当時としては驚かされた。この頃はまだモーニングがあり、このチェリーバーにもモーニングが入った。しかしこの台、閃光が走ったあと右側のウィンランプがつくようになっていた為、このランプを切っている店が自分のテリトリーではほとんどであった。
そしてもう一つ山佐のニューパルサー。ノーマルでありながらもニューパル連チャンなる言葉が生まれた、今までの山佐マシンを継承した大量リーチ目マシン。たまにフラグ成立に気付かずな台を拾う事もあったとさ。