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HARDCORE STILL LIVES!

朝は早くから目が覚める。体は疲れているのに、昨夜も2リットルもビールを浴びたのに、である。外は雨が降っており、今日の仕事は延期に為るため完全オフ。
マッドボールの来日が決定していることもあり、片っ端からハードコアナンバーを聴きまくる。朝からである。もう完全に覚醒する。日本の雄、アグレッシブドッグス。そしてマッドボール。妥協を許さないその強靭なサウンドにパワーを貰う。
決して商業的に成功する音楽とは言えないが、おのれには、衝撃的でカッコいい音楽である。さて、次は何聴こうかな。
drunk36さんのブログ-200906280832000.jpg

パチスロ人生 16

バタバタして決めた就職先であったが、そこはのちに倒産してしまうのであった。いずれそうなるであろうと思わせるような周りの働きぶりに3ヶ月で見切りをつける。まだ23歳であり選択肢はたくさんあると思っていた。先が見えない不安感も強かったが、またもや退職する結果に。それから地下に潜り込む生活が始まるのである。
その頃パチスロはと言うと、データロボを参考にするようになってから勝率が上がるようになってきた。
クランキーコンドルと、スーパーモグモグを設置している店でコンドルの方が人気があり客がついており、選び放題のモグモグを好んで打っていた。しかしまだまだ裏モノが横行する時代、ウイリーチャンプ(青)も大好きで打ってしまうのであった。ビッグ、レギュラー、シングルの集中、どのボーナスからでも始まる連チャンが大好きでたまらなかった。インパクトのある1確目、みかん7みかん。もう一度拝みたいものである。

パチスロ人生 15

その後、とりあえず働く場が決まり、またサラリーマン人生がReスタートする。とりあえず安月給ではあるが、定期的な収入が見込めた。しかしこの返済額になると、利息を入れるだけで元金があまり減らない状況であった。
それでもパチスロは打った。その頃二軒の店がグランドオープンし、そこをホームグランドにしていた。
その店は二店ともデータロボを導入しており、それを活用するようになってから徐々に勝率が上がるのであった。ノーマルAタイプを打つ上で、データロボの出玉推移グラフ、ビッグ出現率は参考になった。

当時打った台はスーパーモグモグ。クランキーコンドルと同配列な台。ただし、上段黒7テンパイが確定目でなかった為、コンドルより人気が劣ったのかも知れない。モーニング規制が入り、朝イチから並ぶ理由がなくなった。
しかしコンドルのシマではお祭り騒ぎな状態になっていくのであった。


当時打った台
スーパーモグモグ、クランキーコンドル、ニューパルサー