宮城県産ドラマー、石川洋のブログ。 -5ページ目

宮城県産ドラマー、石川洋のブログ。

宮城出身、都内中心、全国で活動中のドラマー、石川洋のブログです。ライブサポート、レコーディング、ドラムレッスン等行っています。

この間Twitterとかにも書きましたが、最近生徒に感動させられた話が割と立て続けにあったので書いてみます。

 

 

その1. 

 

結構前から千葉でグループレッスンをしているのですが、そこに中1くらいから高3まで通ってくれたやつがいます。

 

中学生なのにどう見てもおっさんにしか見えない雰囲気、身長で、あんまり必要なこと意外は話さず愛想を振りまくことも無い、端的に言うとあんまり明るくなさそうな印象でした。

 

で、ドラムをおれの所で始めて、きっと初めて何かに熱中したのでしょう、まあ結構な勢いで上達しました。

 

初心者から始めて、あそこまで叩けるようになったのは結構凄いことです。

 

 

 

中高一貫ということで、高校受験も関係なくドラムを叩きまくり、順調に成績が落ち(中学に入った段階では相当成績よかったらしい)、高校に入ってからはいくつかバンドを組んだりしていたようです。

 

きっと、ドラムを奪ったら抜け殻になるんじゃないかなと思うくらいはまっていたと思います(私見ですが)。

 

ちょっとここには書けないようなエピソードもあったりするのですが(本人が見る可能性もあるので…)、「練習なんて、ちょっとしかしてないすよ」と本人はいつも言うんですが、明らかに相当練習しているのが会う度に分かるのです。

 

するとこっちもどんどん新しい難しいことを教えたくなるもので、どんどん上手くなっていったわけです。

 

それに比例して、対外的な性格やコミュニケーション能力も上がってきたとおれは思うし、なんか素晴らしいなぁと思っていました。

 

 

 

その彼が大学受験だということで、去年は途中から勉強に専念していました。

 

某難関大学に挑戦するというのは聞いていたので、「頑張ってすぐケリつけて早くまた習いに来いよ」と送り出しまして、どうしてるかなぁなんて思っていた先月末、久しぶりにレッスンに来ました。

 

LINEでも別に構わないのに、律儀に受験の報告をしにわざわざ来てくれました。

 

結果は、希望していた大学はダメだったと。

 

だから1年浪人(つまりもう一年ドラムはお預け)して、その大学を狙うとのことでした。

 

きっと努力したんだと思うから、残念だなぁという気持ちもありましたが、湿っぽいのは苦手なのでとりあえず今日は楽しくレッスンして気分転換にでもなればいいなと思っていたら。

 

なんか彼が持ってきた袋からゴソゴソとドラムのヘッド(皮)を3枚出しました。

 

何事かと思ったら、「ここのスタジオにはお世話になったので、お礼として持ってきました」と。

 

そのレッスンをしている施設にはスタジオが3部屋あるのですが、3部屋分のスネアの表ヘッドを自腹で買って来たのです。

 

それを自分が叩くことはないのに。

 

 

 

いやいやいやいやいやいやいや。

 

まず、きっと受験勉強でバイトもできてなかっただろうに、自分でお金を払って買ってきたということ。

 

そして、自分の受験はだめだったのに、スタジオに気を回せるということ。

 

 

 

危なく泣かされるところでした(笑)

 

 

 

「チューニングは自信ないので、先生お願いします」というオマケつきでしたが(笑)

 

 

なのでその日は急遽レッスン内容を「スネアの構造勉強、メンテナンスの仕方、チューニング」に変更して、3台のメンテと表ヘッド交換をしました(笑)

 

 

 

いやー、なんというか、昔からそいつを見ている人間としては、自分がしんどい時なのにも関らずそんなことができる人間になったんだなぁ、すげぇなぁ…と感動してしまいました。

 

彼が目指している職業は、世間的には完全に勝ち組のお金には不自由しない職種なのですが、

 

「その仕事をしてお金を稼いで、家にずっとドラムが叩けるスタジオ作るのが目標です。お金だけあっても人生ロクなもんじゃないと思うので。」

 

と言っていました(笑)

 

そいつの目標が早く叶って、一日でも早く好きなだけドラム叩けるようになるといいなぁと思います(^^)

 

 

感動話その1でした!

 

今年であれから七年。

 

 

今年もこの日を宮城で過ごすことができました。

 

母と二人でまずは亡くなった従姉妹の墓参りへ。

 

 

 

改めて字で見ると、平成23年て凄い昔な感じもします。

 

でも、たった七年前。

 

 

 

その後、南三陸の母の実家へと行きました。

 

 

叔母夫婦といつものように話していたら、亡くなった従姉妹と仲が良かった方が線香をあげに。

 

 

その方は恐山に行って、イタコを通じて亡くなった従姉妹と少し話したと泣きながら言っていました。

 

 

普通の話をしている時はみんな普通なのですが、そういう話になった途端に涙が出てきます。

 

7年経って、忙しい日々やらで辛い気持ちが心の奥の方に行ったとしても、ふとしたことですぐに鮮明に思い出してしまうんだなと感じました。

 

自分ですらそうなんだから、親戚達は間違いなくその何倍も辛いでしょうし、きっと一生そうなんだろうなと思います。

 

 

 

母の実家の高いところから見た海と車。

 

 

近くに昔よく遊んだ砂浜の海水浴場があったのですが、かなり護岸されていて、砂浜がほとんどなくなっていたのが残念でした。

 

 

近くの養護施設に入っている祖母に会ってから、時間があったのでさんさん商店街へ。

 

 

2017年の夏は忙しくて南三陸の街に行けなかったのですが、新しいさんさん商店街が想像以上に凄くてびっくりしました。

 

 

 

そして、やっと夏に南三陸にスーパーが出来ていました。

 

ガソリンスタンドや薬局やホームセンターは割とすぐ出来たのに、スーパー作るのに6年もかかんのかよとも思いますが(採算がとれるかどうかで長引いたらしいですが…)、ようやくこれで多少便利になりましたねー。

 

ただ、南三陸といっても広いので、もっと店舗も増えるといいなと思います。

 

 

 

この日は時々凄く曇ったり、雨が降ったりしていたのですが、夜に東京に出発しようと思ったら凄く晴れていて星がキレイでした。

 

 

 

 

写真撮ってみたけど、全く分かりませんね(笑)

 

 

 

 

不定期かつ超微力ですが、自分の記事を読んだ方が現地のことを考えたり、他の日本各地で起こるかもしれない震災等に対してのことや、日常について考えるきっかけになれればと思っていますので、今後も宮城について書いていきたいと思います。

 

 

最後になりますが、過去の震災、宮城関連の記事です。

 

長い物も多いですが、震災直後の部分だけでもお時間ある時にでも読んで頂ければ幸いです。

 

 

2011年3月11日
 

2011年3月12日

 

2011年3月13日、14日

 

2011年3月15日、16日

 

2011年3月17日、18日

 

2011年3月19日~21日

 

震災で行方不明だった親戚

 

2013年3月11日

 

従兄弟の話

 

お盆in宮城

 

震災から3年

 

帰省からの南三陸

 

2015年3月11日

 

2015年お盆in宮城

 

2016年3月11日

 

2017年3月11日

 

 

それでは。

またすっかりご無沙汰のブログ更新になってしまいました…orz

 

 

今年も3月11日は宮城で過ごすことができました。

 

元々は普通に実家や親戚の家で過ごそうと思っていたのですが、去年知り合ったシンガーソングライターの鈴木あいちゃんが、定期的に都内で復興支援ライブをやったり気仙沼でもライブをやっているということで声をかけてくれて、今年は気仙沼でライブをすることになりました。

 

まずは南三陸の街を通って、老人ホームにいるばあちゃんのところへ。

 

 

相変わらず元気そうなので、100歳まで余裕でいけそうだなと思いました(^^)

 

実家から南三陸の街を通るときには防災庁舎の跡が見えていたのですが、盛り土やら新しい道路で全然見えなくなってました。

 

 

 

 

 

さんさん商店街も仮設での営業が終了し、新しい商店街ができたようなのですが、今回は時間がなく行けずだったので次回は必ず寄りたいと思います!

 

 

その後、亡くなった従姉妹のお墓参りをしてから、みんな集まっている母の実家へ。

 

 

親戚達と色々話したりしていたら、14時46分になったので、黙祷。

 

 

亡くなった従姉妹の子供が、6年前は小さい子供だったのに、すっかり大人びて従姉妹に似てきていてびっくりしました。

 

 

母の実家の下の港。

 

 

 

 

 

 

 

道路はまだ直ってなかったり、作ってる途中の所が多いけど、ここはすっかりキレイになりました。

 

 

親戚達と話をして、ご飯も頂いてから気仙沼へ。

 

 

 

会場の方や、色々な素敵な関係者の方たちに出会い、無事ライブを終えました。

 

 

打ち上げは気仙沼の屋台村に向かい、そこでもまた楽しい出会いもありました。

 

 

屋台村は間もなく閉じてしまうようですが、とても素敵な雰囲気だったのでまた新しくああいう雰囲気の飲み屋横丁ができればいいなぁと思いました!

 

 

翌日は海の市でライブをして、ここでもまた素敵な方たちに出会い、楽しい時間を過ごせました。

 

みなさん、本当にありがとうございましたm(__)m

 

 

 

 

「復興支援ライブ」というのは、中々自分にとって複雑というか、どう向き合っていいものかずっと考えていました。

 

自分が超有名人だったら、もの凄い経済効果を生み出すこともできるかもしれないけど、今の自分では大したことはできないし、かと言って安易に自己満足な「復興支援」も違う気がする。

 

元が多少ひねくれている性格なもので(笑)、ポーズだけの復興支援の言葉なんかにも辟易していたこともありますし。

 

だからとりあえずは自分の手の届く範囲のできることだけはやろうというのがスタンスでした。

 

震災直後に宮城に帰っていたから地元の気持ちも分かるし、離れた場所の人たちの「何かしたい」という気持ちもなんとなく理解できる立場だったから、ずっとモヤモヤしていたのですが、今回誘ってもらったことで一つすっきりしました。

 

 

大きいことができるに越したことはないけど、そうじゃなくても自分にできることをしていけばいいな、と。

 

それで少しでも自分に興味を持ってくれた人が震災のことや被災地の現状に興味を持ってくれたら素晴らしいし、身の回りの物事や人々にさらに感謝できるようになったら素敵だなと。

 

今後はそういう考えで、長くやっていけたらなと思っています。

 

誘ってくれた鈴木あいちゃん、出会ってくれた気仙沼のみなさんに感謝です。

 

 

 

以下、自分の震災関連の記事ですので、まだ読んだことが無くてお時間ある方は、是非読んでみてください。

 

2011年3月11日
 

2011年3月12日

 

2011年3月13日、14日

 

2011年3月15日、16日

 

2011年3月17日、18日

 

2011年3月19日~21日

 

震災で行方不明だった親戚

 

2013年3月11日

 

従兄弟の話

 

お盆in宮城

 

震災から3年

 

帰省からの南三陸

 

2015年3月11日

 

2015年お盆in宮城

 

2016年3月11日

 

 

長文お読み頂きありがとうございましたm(__)m