夕方、渋谷の道玄坂にある、「名曲喫茶ライオン」に行った。
店内はやや薄暗く、異様に静かであり、食器の触れ合う金属音と誰かの歩く床の軋む音の他はほとんど何も聞こえない。
レコード、あるいはCDのケースが1枚前方の棚に立て掛けられてあり、流れている曲がバルトークの室内楽やバッハだとわかった。後にショパンのスケルツォが3曲、幻想即興曲も流れた。ショパンのピアノ曲が、古めかしい建物の中でそこまで古くない自分の中学時代を思い出させた。

また、今日はライオンに行く前にCDを買った。「Chopin:Cellosonate•Polonaise op.3 Schumann:Adagio&Allegro op.70 -Rostropovich/Argerich」という、ショパンのチェロソナタとシューマンのアダージョとアレグロが収録されたもの。


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上野の国立西洋美術館で開催中の松方コレクション(常設展)に行ってきた。
14世紀から20世紀に至るまでの幅広い作品がたくさん展示されていた。
中でもモローのサロメ、ボナール、ドニ、そしてロダンの彫刻が印象に残った。
絵画や彫刻のモデルの体つきは、男も女も、現代に比べてずっと動物らしく見えた。


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午後、六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催中の「ボストン美術館展」に行ってきた。
16~20世紀の西洋絵画が80点ほど展示されていた。レンブラント、コロー、マネ、モネ、ドガ、セザンヌ、ルノワール、ピカソなど、いろんな作品を見ることができた。ロートレックとマティスも1点ずつあった。
1つ1つじっくり眺めることができて幸せだった。

肖像画をいくつか見るにつけ、キャンバスの中で当時の姿をとどめたままのモデルたちこそ、永遠の生を手に入れているように見えた。
後になって、三島由紀夫の「暁の寺」の中の一節を思い出した。それはこういった内容だ。「人間の種類は二つしかない。すなわち記憶に留められる人間と、記憶する人間である。」自分は後者であって、間違いなく前者ではない。




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