三島由紀夫の「仮面の告白」を読み終えた。
ずいぶん難解な本だった。特に主人公の心情を理解することにかけては限界があった。どうしても越えられない線があった。
また他の作品と同様に、文章は比喩に満ち、内容は美しく深遠であり、読み終えて解放されてみると、それは悲劇的な詩のようであった。
とりわけ印象に残った言葉、
人の目に私の演技だと映るものが私にとっては本質に還ろうとする要求の表われであり、人の目に自然な私と映るものこそ私の演技である
悪魔的なものとは、すべての人のなかに生れつき、自己の外へ、自己を越え、人を無限なるものへ駆りたてる不安定のことである。そしてそれは、あたかも自然が、その過去の混沌のなかから、ある除くべからざる不安定の部分をわれわれの魂に残しでもしたかのようであって、その不安定の部分が緊迫をもたらし、超人間的、超感覚的要素へ還元せんとするのである。
それから、冒頭に引用されていたドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」の中の長男の文句。作品を読み終えて見返してみると、見事に辻褄が合っていることに気付いて慄然とした。
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