よいタイトルが思いつきませんでした。 -2ページ目

鳥の唄—歌えない歌姫—(7)

 
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 2010年、10月2日。

「おっ、可愛い子だなー」

 バイトの帰り、万里子さんに頼まれたおつかいで商店街の小さな化粧品店に寄ったんだけど、店頭に貼ってある真新しいポスターの女の子に思わず見とれてしまった。って、立ち止まってる暇はないってね。とっとと用事を済ませて、今日も猛特訓だ。

「おやじ! シャンプーとハンドクリームいっちょ!」

  駅に近くにある大型ドラッグストアのほうが安く買えるのに、わざわざ暑苦しいおやじが店主の店で買うんだから、万里子さんも変わってるよなあ。理由を聞いてみたら、「わたしが売上に貢献してあげないと、あのお店潰れちゃうでしょう?」だとさ。まったく、万里子さんは人がいいぜ。

「おっ、衛くんじゃないか。万里子さんのおつかいかい? 久々だな」

 もう秋だってのに、額に流れる汗を拭き拭き棚卸しに励むおやじ。見た目は某大食い系タレントみたいなポッチャリ体系で、しかも若い頃はアイドルのおっかけやってたっていうんだから、よく化粧品屋の店主なんかになったよなあ。

「それとも、やっぱりアレかい。アレを貰いにきたのかな?」

 いわくありげに、おれの顔をジロジロ見るおやじ。つうか、アレとか言われてもよくわかんねえし。

「おやじ、アレってなんだよ?」

 今日は、なんかサービスでもやってんのか?

「美鳥ちゃんのことだよ。気付かなかったかな? ほら、店頭に今日から貼ってあるポスター」

 美鳥? 店頭のポスター? 一瞬、おやじが何を言ってるかわからなかったが、おれの頭に例のうさん臭いマネージャーのおっさんの声が蘇る。

『美鳥のデビュー曲、大手化粧品メーカーのタイアップ付きだ』

「マジかよ。あれが美鳥?」

 ダッシュで店頭に戻り、件のポスターを確認してみるおれ。

「またまたぁ、これが美鳥だなんて冗談はおやじのビール腹だけにしといてくれよ……って、あれ、よく見たら確かに美鳥っぽいな。でも、これ本当に美鳥なのか?」

 おれは美鳥が化粧した姿を見たことないからな。正直、目の前にいるポスターの女の子はその辺のアイドルより遥かに可愛くて、にわかに美鳥とは信じがたいのだった。じっくり見てるとドキドキして、なんだか汗まで出てくる始末だ。

「信じられないって顔してるねー。実は、店頭プロモーション用の動画を収めたDVDも届いてるんだ。衛くんも、一緒に見るかい?」

 ポスターとにらめっこしていたら、いつの間にかおやじまで店頭に出て来て、おれの横にいるのだった。どうりで暑苦しいはずだ。そりゃ汗もかく。

 んで、おやじの提案についてだが、サブローとの特訓もあるんで無駄な時間は使えないんだけど、それでも美鳥の新たな一面が見れるという誘惑におれは勝てないのだった。



 店内の奥の、生活感溢れるお茶の間でDVD鑑賞にしけこむおれとおやじ。って、店のほうはいいのかよ。

「ようし、じゃあ再生するよー。実は、ぼくもCMのほうを見るのは今回が初めてなんだ。今朝、届いたばっかだか……ああ衛くん! 人が話し終わる前に、再生ボタンを押さないでよ!」

 おやじも元アイドルオタクだからか、話が蘊蓄[うんちく]混じりで無駄に長いんだよな。おやじの無駄話に付き合ってる暇は、おれにはないのだ。

 使い込まれた25型のブラウン管テレビに、まずは至誠堂のロゴマークが浮かび上がる。

「なんだかドキドキするねえ」

 おやじうるさい。いちばんドキドキしてるのは、おれなんだよ。

「うおっ!」

 メーカーロゴ画面から、次の瞬間、いきなり目を閉じた可愛い女の子の顔のアップ。ポスターの女の子と同じ顔だ。

 で、レーザー光線のような虹色の光が女の子の唇をなぞっていく。

「CGを使ってるね、これは随分とお金を掛けたCMだなあ」

 レーザー光線は、女の子の唇をピンク色に染めていく。おまけに、なんだかつやつやと光輝いている。

「この口紅は、グロスの効果もあるみたいだね。ティーン向け商品にしては、凝ってるなあ」

 口紅を塗り終わったと同時に、女の子の目が開かれる。そして、唇が開き、女の子は歌い出す。

「さよなら さよなら 昨日までのわたし さよなら さよなら 迎えにいこう 新しいわたしを」

 美鳥だ。

 間違いなく、美鳥の声だ。

 聞き間違えるはずはない。これは、確かに美鳥の歌声だ。

「美鳥……」

「ん~。すごい演出だなあ。あれ、衛くん、もしかして泣いてる?」

 おやじに指摘されて、自分の目からなんか流れてることに気付く。そうか、おれはやっぱり歌ってる美鳥を見るのが好きなんだな。あの歌声を聴くと、なんだか現実のイヤなことや怖いことを全て忘れることができるような、安らかな世界にいる気がするんだ。すごく落ち着くんだよ。でも、まさか涙まで出てくるとはな。

「いやあ、運送屋のバイトも大変すからね! 細かい字を見て荷物仕分けなきゃなんねえから、目に疲れが溜まって……」

「はっはっは、ごまかさなくていいよ。ぼくも応援してるアイドルがソロデビューして、初めて単独で夜ビットに出て歌ってるのを見たときは感極まって泣いちゃったからね~。知ってる? わんわん同好会の小原ちえって言うんだけど……」

 おれが生まれる前のアイドルのウンチク話に夢中になってる間に、袖で涙を拭き取っておく。

「ちぃちゃんはグループの中でも、いつも落ちこぼれ的な役割だったから、ぼくもまさかソロデビューするとは思わなくてねえ……いま思えばそれもプロデューサーの夏樹さんの……」

 あれ? そういや、このCMで掛かってる曲、この前おっさんにもらったデモテープ音源みたいなのとは微妙に違うな。あれはバラードみたいな感じだったけど、こっちはアップテンポな感じだし。歌詞も違うな。CM用に別バージョンも作っていたのだろうか。だとしたら、かなり大掛かりな広告展開だな。男のおれでも知ってる超有名化粧品メーカー。そこのCMに起用された美鳥。正直、美鳥がオーディション大会で優勝して歌手デビューすると聞いたときは、素人のど自慢大会に優勝したくらいにしか考えてなかったから、ここまで大々的に大物新人みたいに扱われて芸能人デビューするとは思わなかった。なんだか、美鳥がどこか遠いとこに行っちゃった感覚だ。

「おっ、CMに続いてはプロモーション映像が始まるみたいだね。なになに……『はじめてのメイク』?」

「おっ美鳥だ!」

 モニターの中には、挙動不審な様子で所在なさげに椅子に座っている素朴な女の子——おれの知ってる、いつもの美鳥がそこにいた。

『——メイクは今までしたことがないという森野美鳥ちゃん。今回は、そんな彼女に至誠堂の新ブランド「SAKURAヴァージニティー」の商品を使って素敵に変身してもらいましょう!』

 教育テレビみたいな、お上品なナレーターは続いて、視線も定まらずボケーッとしている美鳥に質問していく。

『美鳥ちゃん、メイクの経験は?』

「なっ、ないですよー。学校にメイクして行ったら怒られちゃいますし」

 そらそうだよなー。しかし美鳥よ、CMに出るタレント本人が、スポンサーの商品を否定するようなことを言っていいのか。おれは、少し心配になった。

『そうですよね! でも大丈夫! 今回、美鳥ちゃんにご出演いただいた「SAKURAヴァージニティー」ブランドは、学校に行く平日はお肌のお手入れ期間としてスキンケア用品をご用意しています。美鳥ちゃんも、今回お試しいただいています。どうですか? お肌の感じは!』

 ナレーションに合わせて、洗顔クリームやら乳液やらのスキンケア用品やリップクリームが画面上に次々に出てくる。

「う~ん。さすが大手メーカーだけあって、プロモーション映像作りがこなれてるね」

 まただよ、おやじのうんちく。

『え、えっと~。う~ん。なんだか、いつもと違ってすべすべしてる感じですか?』

 モニターの中で、つまらなそうに受け答えする美鳥。うーん、しかし愛嬌とかが全くないんだが大丈夫なんだろうか。

『「SAKURAヴァージニティー」の美肌効果がしっかり現れてますね! それでは、お手入れが充分行き届いたところで、今度はいまここで美鳥ちゃんにメーキャップ商品をお試しいただき、素敵に変身してもらいましょう。名付けて、週末アイドル宣言!』

 おお、なんかどっかで聞いたことあるようなキャッチコピーが飛び出したぞ。

「大手メーカーだけあってPTAのおばさんにも配慮した広告展開してるねー。ぼくなんか、放課後アイドルのほうが現実的なんじゃないかと思うよ」

 まあ、高校生にもなればちょっとしたメイクぐらいなら普通にして学校に通ってたりするからなー。ひと昔前は、それが行き過ぎてガングロコギャルとかいう珍生物が大量発生したらしいし。とか考えてたら、モニターの中では、ファンデーションの塗り過ぎで顔から粉が吹いたようになってるおばさんが美鳥に次々とメイクを施していくのだった。ファンデーション、コンシール、ビューラー、アイライン、アイシャドウ、マスカラ、チーク……男のおれには、到底やってられそうにない面倒くさそうな手間を掛けて 、美鳥へのメイクは続いていく。ご丁寧にナレーションの教育おばさんのワンポイント解説付きだ。

『できましたー。アイドルのように美しく変身した美鳥ちゃんを、皆さんにみてもらいましょう!』

 料理番組みたいなノリのナレーションに合わせて、メイクした美鳥が画面上に登場する。そこにはおれが知ってる素朴な美鳥ではなく、キラキラと芸能人のように光輝くオーラを発する美鳥がいたのだった。あっ、もう芸能人なんだっけ。別にもともと可愛くないわけじゃなかったけど、メイクってすげえんだな。確かに『変身』って感じだ。女の子が時間掛けてやるのも、わかる気がする。

「ほわあ……こりゃあ、すげえや」

 おれが隠してたアイドルの水着グラビアかなんかに、美鳥が『わたしのほうが全然かわいいし』って落書きしてたけど、今のメイクした美鳥の姿を知ったおれには否定できないな。ひいき目に見てることを差し引いても、確かに美鳥はどんなアイドルよりもおれには可愛く見えるのだった。もし、今の美鳥に見つめられたりでもしたら、おれはそれだけでどうにかなってしまいそうだ。

「確かに、メイクした美鳥ちゃんは見違えるほど可愛くなったね! でも、『はじめてのメイク』か……半年くらい前、美鳥ちゃんがウチに化粧品を買いに来たんだよね。万里子さんのお使いって言ってたけど、万里子さんウチでシャンプーや日焼け止めを買いに来ることはあっても化粧品を買ったことは一回もなかったから不思議に思ってねえ」

 確かに。おれも、この店には万里子さんのお使いでよく来たけど、化粧品を頼まれたことは一度もなかった。だとしたら……

「ははっ。美鳥ちゃんも年頃の女の子だからねー。恋のひとつでもしてるのかな?」

 と、なぜかおれのほうをいやらしい顔つきで見るおやじ。おいおい、その顔で歩いてたら本当に猥褻物陳列罪で現行犯逮捕されちまうぜ?

「そんな美鳥ちゃんも、誕生日にはこっちに帰ってくるんだろ? 楽しみだねえ」

「そうっすね。こっちは給料3ヶ月分の指輪とか用意しなきゃなんないから、大変っすよ」

 と、冗談混じりでおやじには返しつつも、ひとつの疑問が生まれていた。

 美鳥が誕生日にこっちに帰ってくる。

 これは、美鳥がおれと万里子さんに直接話しただけで、他の町の人たちには秘密の情報だったんだけどな。万里子さんいわく、美鳥がゆっくり家で過ごしたいから周囲には秘密にしといてってことだった(まあ芸能界的な都合もあるんだろうが)。

 なんか、引っ掛かる。

「おっ、次は美鳥ちゃんのデビュー曲のプロモーションビデオが流れるよー」

 モニターの中の美鳥から目を離せないおれだったが、頭の中では、魚の骨が喉の奥に引っ掛かったような鈍い痛みを感じるのだった。

 さよなら
 さよなら

 美しい、美鳥の歌声とともに、それは じわじわと広がっていった。

鳥の唄—歌えない歌姫—(6)

 
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 わたしのお兄ちゃんがこんなにやらしいわけがない

 第1話 ブラザープリンス

 ハロー! あたし、花も恥じらう乙女の小田原穂鳥! ピッチピチの女子中学生! 14歳よ! 
夢はアイドル歌手になることなの! ヤッピー!!



 ……って、今時こんなJCいるわけねえだろ! 昭和かよ! アイドルになりたいってのも、芸能界のイケメンどもと付き合いたいからだよ! あたし超肉食系だし! もうバリバリ合コンとかしちゃう予定! あたし見た目には自信あるから、アイドルも余裕っしょ! そんな感じの今時JCなんだし! あたしに純粋無垢な女子中学生像を期待した人は、もう超ごめんなさいって感じ! AVの無垢シリーズ見てろよって感じなんだし! 冴えないドーテーくんには夢溢れる内容って感じだしね! そうそう思い出したけど、あたしんちの兄貴も超ドーテーっぽい! ある意味、今時昭和ノリを貫いてる感じ! 


 あたしの兄貴は、親が神社やってるからか仏教系高校に通ってて周りからはブッダの生まれ変わりって言われてる。でもブッダって何? ラップかなんかやってる人? とにかくすごい頭がいいってことだけは、あたしにもわかる。将来、坊さんになるくせに顔も意外とイケメンなんだけど、でも全然性格がクソマジメで面白くない! 会話は、どんな人にたいしても徹底鉄扉ですます調! ゲロ臭い臭いをまき散らしてるホームレスのおっさんにも、「これからは寒くなるので、皆様方も風邪に気をつけてください」と毛布を配る始末だよ! そんな汝、隣人を愛せよ的な兄貴の行動を見てあたしの友だちは「ほっちゃんのおにいちゃんは、もうオールタイム賢者タイムな聖(せいんと)お兄さんだね」って言うし、とにかく優しい人なんだけど、あたしは絶対、ウチの兄貴は机の引き出しの奥とかにエロ本やAV隠してるようなタイプだと思う! 普段マジメな人ほどムッツリスケベだって言うし!



 だから、あたしは兄貴が部活の都合で帰るのが遅れるっつう、このナイスタイミングを利用して普段入るなって言われてる兄貴の部屋に侵入。 参考書やら哲学書やら、あたしが生涯目を通すことはないだろう難しそうな本が並ぶ勉強机をガサ入れしてみる。エロ本かなんかが出てきたら、「みんなにバラされたくなかったらあたしの言うことを聞け」って、新しい服でも買ってもらうんだ! うわ、やべえ、あたし超悪人!



「なんだよ、普通にマジメに勉強してるノートばっかじゃん。」

 エロ本どころか、アイドルの水着グラビアが載ったマンガ雑誌すらないんだけど、ウチの兄貴どんだけ堅物なんだよって感じ。

「あーあ。つまんねーの……ん?」

 ガサ入れも飽きたんで、駅前のカラオケ屋にいる友だちと合流しようかなーとか考えてたら、なんか他とは違う妙なオーラをまとったノートを発見した。なんか表紙からして真っ黒だし、超ヤバい感じがする!

「えー小田原狂介、世界征服計画 草稿」

 1ページ目から文字ギッシリで一瞬うげえと思ったけど、なんか『世界征服』とか笑っちゃうようなこと書いてるし、これっていわゆる黒歴史ノートってやつ? なんか面白いから続けて読んでみよう。

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 小田原狂介 世界征服計画 草稿

 私がこれまで生きてきて最も学んだことは、世間の連中は愚鈍極まりなく生きる価値のない人間ばかりだということである。彼らは、世界に対してマイナスの効果しか与えぬ。ならば滅ぼしてしまえと言いたいところだが、時は平成の世。凶悪犯罪者にすら弁護士が付く慈悲深い時代では、例え名案があっても実行に移すことは不可能なのだ。織田信長のような人間は、現世には二度と現れぬだろう。革命家が生きづらい世の中である。政治においては、保守派という自らの生活の安定と金庫の中身を保守することしか考えていない腐った連中がのさばっている状態である。仮に私が政界進出するとしたら、これら多数派の連中への対処を考えなくてはならぬ。私は懐柔や、同盟など甘っちょろい考えは不必要だと考えている。駒だ。やつら多数派に対抗する、駒が必要だというだけである。

 さて、その駒についてだが、幸いにも私には実家が神社を営んでいるので、これを利用する。そう、私自身が宗教団体を作り教祖として収まればよいのだ。そのための準備は、既にしてある。何事も、物事は三日三晩で片が付くものではない。入念な準備を整えた者こそが、勝つのである。そのためなら、私は苦労などいとわぬ!

 私は、自らの野心を腹の内に隠し、聖人君子のような外面を作り上げてきた。肉親ですら、私が虫を殺さぬような慈悲深き人間だと考えているのである。確かに私は虫は殺さぬ。しかし腐った人間どもなら、容赦なく地獄に送り付けることができるのが私の正体である。準備が整ったら、まず私は父親を始末するつもりである。それから、実家の神社を乗っ取り次に宗教団体を開設する。団体の名前は、『報福の科学』とはどうだろうか。入信した者には、福がやってくる。

 信者を集める方法であるが、愚民どもを簡単に集めるならば教義に性的な要素を取り入れればよい。フリーセックスを謳えば、脳味噌が性器のことしか考えていないような白痴極まりない馬鹿どもが釣れるであろう。性からの解放。抑圧された民は、歓喜を持って受け入れるであろう。

 そして、宗教団体として形が整ったら次のステップとして政界進出を考えねばならぬ。党名は既に考えている。『国民の性活が第一』。これである。最初は議席数はすくなくともよい。段階的に国会の内部破壊を実行していく。

 政界進出すれば、さらに報福の科学の入信者も増えるだろうが、まだまだ足りぬ。優れた広告塔が必要だ。

 穂鳥。私の妹である。これを投入すればよい。穂鳥は、なかなかどうして私に似て切れ者だ。私の前では馬鹿な女子中学生を演じているが、世間体に出るときは清純極まりない態度。夢はアイドル歌手らしいが、そのためなら世間を欺くのもいとわない態度はなるほど私にそっくりである。穂鳥ほどの器量ならば、簡単にアイドル歌手になれるであろう。私に芸能界のコネもでき、野望実現には一石二鳥である。

 穂鳥を広告塔に起用すればよい。なに、言うことを聞かなければ私が力づくで……

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「なにこれ、マジキチじゃん」

 エロ本どころじゃない、もっとヤバいモノが出てきた感じ。このノートを読みながら、あたしは冷や汗をかいていた。汗の量は、だんだん増えている。なぜなら……

「そのノートを見てしまったか、穂鳥よ」

「兄貴!」

 あたしは、兄貴が部屋に近付いてくる足音を感じていたにもかかわらず逃げることができなかった。このノートには、魔法のような不思議な力があるのかもしれない。

「穂鳥よ、既にお前は私の術中にかかっているのだ。私が世界支配のために帝王学を学び取得した能力の中のひとつに、催眠術がある。そのノートを読んだあかつきには、身体が動かなくなる。という、暗示を既にお前に掛けていたのだ」

 マジかよ! 超用意周到じゃん。

「穂鳥、お前が私に対して妙に執着していることには感づいていた。そこには、兄という関係を超える要素があることにも!」

 いつの間にか兄貴は、あたしの身体に密着してきている。身体が動かないので、拒むこともできないのだ。

「お前は私の前では頭の軽い今時の女子中学生を演じているが、いまだに男女交際すら経験していないことを私は知っているぞ! それは何故だ!?」

「し、知っているクセに……」

 兄貴は、私の身体が動かないのをいいことに、私の胸やあそこを優しく弄ってくる。

「あ、あに……お、おにいちゃんのことが好きだからぁ……あっ、ああん」

 最後は言葉にならなかった。

「はっはっは! 実の兄に乙女の純潔を奪われるのが、お前の望みか! なかなか狂っているな! だがしかし、私とお前は似ている! ともに世界征服をしようではないか!」



 その夜、あたしのはじめては、おにいちゃんに奪われてしまったのです。



「私の性技は、まだ108式あるぞ!」

「マジで! おにいちゃん!?」

 第1話 おわり。



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 2010年、10月1日。18時。

「たまげたなあ。なんだ、これは」

 例のごとく、バイトが終わってから万里子さん宅にてサブローと猛特訓していたわけだが、なかなか芳しい結果が出ないので休憩を兼ねてネットサーフィンしてたら、とんでもないものを見つけてしまった。なんだか聞いたことのあるタイトルに釣られて見たら、完全に頭のおかしい小説サイトだった。

 これでサイトの宣伝文が『おにいちゃんはクレイジー ゴナ クレイジー? わたしの胸のトキメキをシェイク イット メイク イットして!!』なんだぜ? 完全に詐欺だよなあ。作者のプロフィールも、現役女子高生作家ってなってるけど絶対に中身はおっさんだな。間違いない!

「アホー」

「うっさいぞサブロー!」

 おれがサボってることを突っ込みたいのだろうが、元はといえばこいつがなかなか歌を覚えてくれないのが原因なのだ。

「ハッピーバースデー トゥ ユー はい!」

「ハッピー バカデース トウフー」

 サブローのやつ、わざとやってんじゃないだろうな……

「バーカ」

「はいはい。おっと、バイト先に来週の火曜日は休むって連絡入れとかないとな」

 おれはサブローを無視して、携帯電話を手にする。バイト先の主任のおっさんは冗談の通じない堅物なおっさんだけど、どっかの冗談みたいなマネージャーのおっさんと違って聞き分けはいいのである。

 しかし、ふざけた小説だったけど、それでも引っ掛かったところはある。人間の本心はわからないってことだ。小説の主人公の女の子は、表向きバカにしてるような兄貴のことを、内心では惚れていたのだ。

 美鳥は、おれのことをどう思ってるんだろうな。まあ、美鳥がこんな小説読んでたりとかは、絶対ないだろうけど。

「ああ、もしもし西島さん、来週のシフトの件なんですけど……」

 美鳥の誕生日も、もうすぐだ。



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 2010年、10月1日。20時。

「あの……古井さん。わたしの携帯が見当たらないんですけど……」

 マンションに向かうタクシーに乗った美鳥の第一声が、これ。暗にお前がなにかやったんだろという顔で、俺の顔を見上げている。

「ああ携帯か。今度から社内で使う携帯がスマホに変わるんだ。もちろん、お前の分もある。はい、これだ。古い携帯は、俺のほうで処分しといたからな」

 何食わぬ顔で、真新しいスマートフォンを美鳥に渡してやる。俺は美鳥の携帯の中身など、なにも知らないし見ていないという調子で。

「はい……ありがとうございます」

 あからさまに気落ちした表情で、スマートフォンを受け取る美鳥。

 それからまもなく、タクシーは美鳥が住むマンションに着いた。

「おやすみ。明日は早いから、寝坊するんじゃないぞ」

「わかりました。……うっさいハゲ」

 美鳥は、小声でなにやら言ったような気がするが、そのまま踵を返して、トボトボと自分の部屋まで向かっていった。まったく、最初の印象と違って意外と手が掛かる子だぜ。



「社内の携帯が、スマホに一斉に切り替わるとは初耳ですね、古井さん」

 タクシーに戻った俺に、苦笑しながら言う運転手。

「抜き打ち検査したら、携帯でエロサイト見てたんだよ。まったく呆れたもんだ」

「へえ。あんな可愛い子がねえ」

 タクシーといっても、ベイマックス専用みたいなもんだから、この運ちゃんも俺の顔馴染みだ。

「やっぱり今時の子だよ。裏でなにしてるか、わかったもんじゃない」

「はっはっは、古井さんも仕事なのに、実の娘を扱うみたいな態度ですねえ」

「そりゃあな」

 携帯のメール履歴を見る。以前知り合った政界の人間からメールが来ていた。件名、次回参院選の件。本文、不妊治療に勤しむ奥様の力を是非とも我が党に借りたいと思い……俺はメールを最後まで見ずに携帯を閉じた。

 

鳥の唄—歌えない歌姫—(5)

 
 -9-

 2010年、9月27日。

 私が生きている意味なんか、きっとないんだ。

 教室に来ると、いつも思う。

 ここに、私の居場所はない。

 HRが終わったあと、私は席を立ち、あの場所へと向かう。

 気にとめる者は、いない。教師さえも。



 私が通う中学校、校舎の横には部室棟がある。

 部室棟の女子トイレ、その中のいちばん奥の個室。

 ここが、私だけの場所。

 私の通う中学校は、「街全体を見渡せる素晴らしい場所」という理由で、丘の上に建てられた。確かに昔なら山や川や、さぞ素敵な風景が見られたんだろうけど、今は工場から立ち上る煙やらまばらに立つビルなど、中途半端に発展した風景が見られるだけだ。当然、素晴らしい気持ちになんかならない。なんだか、憂鬱になる。

 だからかは知らないが、私たちの通う今の校舎は今年度を持って取り壊しになり、来年度からは新校舎に通うことになる。新しい部室棟や体育館は、既に完成していて、体育の時間や部活ではひとあし早くそっちを使っているのだ。

 だから、旧部室棟は、もう誰も使わない。人々から忘れられた場所。

 そんな場所で、「釣り」をするのが私の日常。



 いつもの席(といっても、トイレ特有の固い感触がする便座なんだけど)に付き、携帯のメールボックスを開けると既にいくつかのメールが届いていた。

「なになに……『モモコちゃん、おはよう! モモコちゃんのパンツの色は何色?』、ぷっ、ここって変態ばっかり?」

 登校前に、釣り糸は垂らしていた。検索サイトで「メル友掲示板」と調べ、その最上位にヒットする勝手サイト。あっ、勝手サイトっていうのは一般人がレンタルホームページとかで作ったサイトだってことね。

(※正確には、各携帯会社のトップメニューから行けるキャリア公式のサイト以外のサイトのこと)

 その勝手サイトに、こんな書き込みをしておいたのだ。

『わたしはモモコ。もうすぐ大手プロダクションからデビューするアイドルです! いま暇だから、みんなとお話したいなあ(^O^)』

 アイドルがこんな掲示板にいるかよって話だけど、意外とこんな嘘丸出しの書き込みにも引っ掛かる奴がいる。

「おお、今日は26通もバカが来てる。新記録じゃん」

 昨日、私は某美少年アイドル系事務所の人気グループのひとりだった。一昨日、私は某売れっ子モデルだった。

 この場所では、私は誰にでもなれる。クラスの中じゃ誰にも相手にされない私が、みんなの羨望の的となる。それがむなしい遊びだとはわかってるけど、教室の中にいて嫌な気持ちになるよりはずっとマシだと私は思う。

「うげげ、来たメールの半分近くがソーセージ画像じゃん」

 ソーセージってのは、男のひとのアレのことね。どうして、最初の送信メールからいきなりこんなモノを送りつけてくるのか理解できない。ネットをやってると、世の中には変態がいっぱいいるんだなあと思う。

「昨日はお宝画像がいっぱい来たのにねえ。はい削除、削除と」

 昨日、私は人気男性アイドルグループメンバーの一宮くんだった。一宮くんはゲーム好きを公言しているので、ネットでこんな遊びをしていても不自然じゃないと思ったのか純粋な女の子が何人か釣れた。いきなりパンツや胸を晒した画像を送ってきた子もいる。よくやるなあ、と私は思うけど、こういうのは使えるからいい。暇つぶしに変態男をからかったりしてると、よく『パンツ見せろ』とか言われるから、私のパンツの代わりにこの誰とも知らない女の子のパンツ画像をあげたりする。変態男は、とても喜んでいた。世の中は、うまく回っているなあと思う。社会勉強。

 まあ、私はその輪の中からは外れているんだけど。別にいいんだ。私の両親が社会貢献してるから。父は会社の重役。母も一流の編集者として、毎日あくせく働いている。私のことをほったらかして、一生懸命働いている。まあ、欲しいものはなんでも買ってくれるから別にいいんだ。立派なおとうさんとおかあさん。私が授業をバックレても、教師たちがスルーするぐらいだし、本当に親が偉いと得だよね。

「ん……なに、これ?」

 無題とか「掲示板みました」とか「おはよう」とか安易なメール件名ばっかりな、一連の着信メールのなかにひとつ妙な件名のものがあった。

『あなたもなのですか!? わたしもなんです』

 浮いていた。

「『わたしも』ってことは、こいつもアイドルってこと?」

 私と同じような釣り師が、釣りに釣りで返して来たのかなとも思うが、念のため本文も確認。

『あなたももうすぐデビューするのですか? 実はわたしも歌手でデビューするんです。東京に出てきたばっかりで、友だちが全然いないんでお友だちになってほしいです』

 なりすましか、それとも天然の本物か。まだ判別が付かない。私はちょっと興味を持った。今日のメインは、こいつにしよう。例え、相手がなりすましでも、私は弱みは見せなければいい。

 私は、次のように返信した。

「いいですよ! 友達になろう! わたしは、SGMの研修生やってて来年にはデビューする予定です! あなたはどこの所属ですか?」

 私は、某大手集団アイドルグループの研修生という設定。研修生なら、よほどのアイドルマニアでもない限り名前は知らないし、こうやって釣りをして遊ぶにはちょうどいいんだ。

『所属って、事務所のことかな? ベイマックスだよ』

 おいおい、超有名どこじゃん。釣り目的なら、誰も聞いたことのないような事務所名あげるとか私のように研修生の振りをするパターンが多いんだけど……まさか本物なんだろうか。

「ベイマックス!? すごいね! 証拠とかある? あっ、この掲示板よく偽物とかかがいるからね」

 私自身が偽物なのに、よく言えるものだと思うけど。

『証拠? 事務所がベイマックスっていう証拠かな? じゃあこれ』

 返信されてきたメールには、『ベイマックス 芸能企画部マネージャー 古井隆介』と書かれた名刺の画像が添付されていた。

「これ、本物かな……」

 名刺に書かれたマネージャーの名前を、検索して調べてみる。

「おいおいマジかよ……」

 誰もがその名前を知る超有名なアイドルを手掛けたマネージャーとして、Wikipediaの専用ページがあったり、某有名掲示板にも専用スレッドがある人物だった。

『マネージャーさんには悪用するなって言われたけど、いつもグチグチうるさいからどうでもいいやー。なんか無意味にカッコ付けてるくせにハゲてきてるし』

 某有名掲示板の専用スレッドにも「こいつハゲ」とか書き込みがあるんだけど、まさかこの子が書き込んだろうか。

「ねえ、そのマネージャーさんのこと嫌いなの?」

『嫌いというかウザい! 悪いひとじゃないと思うけど、あれするなこれするなってうるさいし! お兄ちゃんにメールもできないんだよ』

 家族にメールもできないほど、最近のアイドル業界は管理が厳しいのか。大変だね……と、すっかりこの不思議な歌手の卵の話を信用していた自分にちょっと驚いたり。でも、事の真偽は別にどうでもいいんだ。退屈な学校の時間が終わるまで、暇潰しなんだから。



『あっ、ハゲに呼び出されたから、今日はメールこれで。またね』

 それからも、マネージャーの悪口やら恋愛話やらで、昼休みが終わる頃まで、その子とのメールは続いた。

 それきり、その子からメールは二度と来なかったが、別にいいんだ。

 名前を聞くことも忘れてたくらい、私にとってはどうでもいい暇潰しの相手なんだから。



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 2010年、10月1日。

「昨日までのわたしにサヨナラ、くちびるにひとすじ七色の光、新しいわたしに会いにきて!」

「いや、あたし煙草は吸いますけどハッパのほうには興味ないんで」

 相も変わらず、小島は俺に対して冷たい。新人時代にいじめてやったことを根に持ってんのか?

「おまえ、俺が大麻でもやってると思ってるのか。知り合いにそういうのが好きなヤツはいるが、俺自身はクスリ関係は絶対やらないんだ。面倒みてるアイドルたちに示しが付かないからなぁ」

「つうか出会い頭、いきなり真顔で乙女チックなことぬかされたら、誰だってこいつクスリやってんのかと思いますよ。クスリじゃないんなら、頭でも打ちましたか?」

 煙草を吸うのも忘れて、まるで街中で奇声を上げる人を見掛けたときのような顔で俺を見る小島。

「あのなあ、俺を誰だと思ってるんだ」

「頭のかわいそうなおじさん。二重の意味で」

 こいつ俺が植毛してることまで気付いてるのか! 誰だチクったのは! 俺は、喫煙室内にたむろしてる容疑者たちを睨み付けていく。視線が合った途端、伏し目がちになる奴ばっかなんだが、みんな知ってるのか! 俺が植毛してることを!

「ボケる必要はないぞ小島くん。俺は業界にこの人あり、と言われる敏腕芸能マネージャー古井隆介だ」

「自分で言うかな普通」という、小島くんのツッコミを無視して、俺は話を続ける。

「今冬、大手化粧品メーカーの至誠堂がティーン向けブランドを新たに立ち上げる。森野は、それのイメージキャラクターとして起用されたのさ。CMにも森野の曲を使用。さっきの『昨日までのわたしにサヨナラ』ってのは、CMのキャッチフレーズ。もちろん原案を考えたのは俺」

「へえ、すごいすごい」

「おいおいリアクション薄いなあ」

 子供のくだらん自慢話に付き合う母親のような態度を取りやがって。

「だって至誠堂なら、ウチの我那覇美奈恵が既に起用されてますからね。同じ事務所の新人がまた起用されたんなら、バーターだって思うだけですよ」

「おいおい、その我那覇のタイアップを取ってきたのも俺なんだけどな」

 俺がベイマックスに来て最初の大仕事だったな。

「そうなんですかー。でも見てるほうには、そんなん関係ないですからね。ゴリ押しとか言われて、叩かれなきゃいいんですけど」

 あくまでも冷めた態度の小島くん。

「最近のガキは、ネットでいらん知識を付けて叩くのだけはいっちょまえだからなぁ。しかし、完成したCMを見れば心配はいらない! それくらい今回のCMはデキがいい! 森野はよくやったよ。で、小島くんよ。その森野は、最近どうだい?」

 俺は営業のほうで忙しくて、森野本人にあまり構ってられないからな。こういうとき小島くんは頼りになる。

「あー。ひとことで言うと携帯依存症。メイクしてるときも、挨拶もそこそこにずっと携帯見てる感じっすね」

「あいつ、今まで携帯も持ってなかったような子なんだぞ。そんなハマるもんかね」

 日頃の行動を拘束・監視する代わりに携帯ぐらいは好きに使わせてやろうと思っていたのだが……


「最近のコは、ネットとかに適応するのがはやいっすからねー。今頃、変なおっさんにパンツ画像とか送ったりしてるかも……」

 俺は、小島くんの話が終わるのも待たずに喫煙室を出て、美鳥の姿を探す。

「この時間はボーカルレッスンが終わったばかりだから、まだ社内に……いた」

 美鳥は、自販機コーナー横のベンチで、携帯を握り締めたまま寝ていた。無防備なその様子は、子供にしか見えない。

「お休みのところ悪いが、ちょっと借りるぞ」

 さっそく携帯を奪い取り、その中身を確認する。

「ブックマーク、ブックマークと……おいおい、いきなり『乙ちゃんねる』が出たぞ」

 俺の悪口やデマが書き込まれてる、タチの悪い掲示板じゃないか。

「hixi、モダゲー、ズリー、ヌクヌク動画……」

 有名どこのSNSや動画サイトが網羅されてるな。

「後は芸能人のブログやら、ファッション関連のサイトか」

 この辺は女の子だから、まあわかるが。

 ブラウザ履歴のほうも見てみるか。

「む、これは……」

『R18恋愛小説サイト わたしのお兄ちゃんがこんなにやらしいわけがない』

 そのケータイ小説の題名を見たときから嫌な予感はしたが、さらに中身を見た瞬間、俺は叫んだ。

「なんじゃこりゃー!!」