●私なりの解読してみたいと思います。
あらすじ(Wikipedia)
スポーツインストラクターの青豆は、とある老婦人の指示のもと、女性をDVで苦しめる男たちを暗殺する任務についている。彼女は人間の身体の微妙な部分を捉える優れた能力をもっており、首の後ろのあるポイントに細い針を突き刺すことで、心臓発作に酷似した状況で人間を殺害することができる。青豆がその任務に携わるようになった背景には、彼女の過去が関係している。 しかし、ある任務に携わったあたりから、青豆は自分がそれまでの現実とは微妙に異なった世界「1Q84年」にいるらしいことに気づく。
予備校の講師として数学を教える天吾は、小説家を目指して新人賞のために小説を書きつづけている。応募していくなかで知り合った編集者の小松とも親しくなり、小松から無署名のコラム書きや新人賞応募作の下読みなどを任されるようになる。天吾は応募作のなかから、「ふかえり」という少女の書いた『空中さなぎ』という小説を見出し、小松に強く推薦する。小松は天吾に『空中さなぎ』をリライトして、文壇を見返さないかと持ちかける。
青豆と天吾は実は10歳の時に出会っているが、その後は交わることもなく離ればなれとなり、それぞれの孤独を抱えて生きるようになった。そんなふたりが1984年に、同じ「さきがけ」という宗教団体に関わる事件に巻き込まれていく……。
①リトルピープル
●ジョージ・オーウェルの小説「1984」に出てくるビッグブラザーとは、
作中の全体主義国家オセアニアに1984年時点で君臨する独裁者。ポスターやテレスクリーンでは、「偉大な兄弟」は、黒い髪に黒い口ひげを貯えた人物として描かれている。これは、ソビエト連邦共産党の書記長でありソビエト連邦の最高権力者であったヨシフ・スターリンをモデルにしているといわれている。
●村上の小説にはビッグブラザーのパロディとしてのリトルピープルが登場する。
●小さな妖精のような小人の集団で、さきがけのリーダーが死んだ時、牛河が死んだ時に体内から出てくる。
●リトルピープルの役割は、特定の人物の体内に入り込み、個人を支配し、悪に手を汚すことに手を貸している。
●評論家・宇野常寛の「リトルピープルの時代」で論じてあるように、ビッグブラザーのような絶対的な権力ではなく、小さな悪、小さな権力の象徴としてリトルピープルは描かれている。
②さきがけ
●「いつかもっとずっと先に、この仕事で得たものが、僕自身の遺跡として(あるいは)出てくるかもしれません。でもそれはほんとうに先のことです。僕はこの本の取材をとおして、人生を大きく変えられてしまった人々の姿を数多く見てきました。言葉にならないほどの切望や哀しみが、そこにはありました。僕はそれをたとえ一部でも、自分のものとして抱え込むことになりました。ある意味では彼らの声は僕の声であり、僕の声は彼らの声であるのです。
僕はその人たちの身に起こったことを、そんなにかんたんに自分の『材料』にしてしまいたくないのです。たとえ生のかたちでないにせよ。僕にとっての小説というのは、そういうものではないような気がするのです。
●「僕が今、一番恐ろしいと思うのは特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなものです。多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。オウム真理教は極端な例だけど、いろんな檻というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる」
「物語というのは、そういう『精神的な囲い込み』に対抗するものでなくてはいけない。目に見えることじゃないから難しいけど、いい物語は人の心を深く広くする。深く広い心というのは狭いところには入りたがらないものなんです」
●オウム真理教を題材にした「アンダーグラウンド」のインタビューを受けた村上の一説だ。
●1Q84は過去作「ねじまき鳥クロニクル」の続編と言っていい作品だ。
●牛河という人物が同じような役割で再登場している。
●これは村上作品では鼠以来の珍しいケースだ。
●ねじまき鳥はカルト教団から妻を奪還するストーリーだ。
●主人公の奥さんもしくはガールフレンドがある種の巫女であり、巫女のスピリチュアル能力を巡る物語は両作に共通するテーマだ。
③牛河
●村上は本作について「全体小説を書きたい」と語り、具体例としてドストエフスキー作品を挙げている。
●牛河という人物から見た1Q84世界の再構築だ。
●牛河はドストエフスキー世界でいうと、罪と罰でラスコーリニコフを追い詰める検事と同じく、ソーニャの父親である下級官吏をない交ぜにした人物だ。
●悪でもなく、善でもない、俗そのものの存在だ。
●バルザック作品におけるヴォートラン、シェイクスピアにおけるフォルスタッフ…道化的存在だ。
●注目すべきは牛河の死体からリトルピープルは空気さなぎを制作する点だ。
④空気さなぎ
●本作を読み解く最大のテーマは空気さなぎの存在だ。
●わかりやすくいうと子宮なのだが、青豆と天吾はふかえりという触媒を通じて懐胎する。
●なぜSEXを伴わない妊娠に設定する必要があったのか。
●村上はユングやフロイトを通してセックスに対する深い洞察を持つ。
●むしろ村上作品を通じてセックスは重要なテーマだ。
●性欲でできた命ではなく、ましてや、キリスト教的な性行為蔑視でもない、いわば、日本神話的ないざなぎといざなみの産霊信仰…生命の豊穣を言祝ぐ存在としての空気さなぎ…という風に解読してみたい。
●村上作品に共通する無垢なるものへの賛美が幼子として提示されたのは本作が初めてではないか。
⑤村上春樹と父性
●村上作品と母性は初期作品から繰り返されたテーマであるが、前作「海辺のカフカ」から父親との関係性というテーマが物語の主軸として登場する。
●「海辺のカフカ」ではギリシャ神話のオイディプスのごとく、父殺しがテーマであったが、本作では、主人公・天吾とNHK料金徴収人の父との晩年が描かれる。
●しかし、二人は言葉を交わすこともなく、少年時代のトラウマを埋めることもなく父はひっそりと死んでいく。
●しかし、こん睡状態の父親の魂は青豆の隠れ家に何度も生霊として集金にやってくる。
●その父親の様子は邪悪そのものである。
●実は村上自身、両親と絶縁状態らしいが、その辺の心情が苦々しい形で反映されているのかもしれない。
⑥村上春樹と夏目漱石
●明治の文豪・夏目漱石は男女の三角関係を執拗に描き続けた。
●それは自分の義姉と兄。
●「それから」や「こころ」遺作の「明暗」までその変奏曲ともいえる。
●村上作品はその逆で常に主人公のぼくを取り囲む二人の女の三角関係だ。
●それは自伝的作品「ノルウェイの森」に顕現している。
●1Q84でも青豆と天吾とふかえりの三角関係小説とも読める。
●しかし、村上もノルウェイの森で描いた三角関係とは随分、遠いところまで来たのだなと思う。
⑦デタッチメントとアタッチメント~BOOK4を想像する。
●村上作品はデッタチメント(分離)から始まる。
●初期の「風の歌を聴け」や、「1976年のピンボール」は都会で自立して暮す作者とほぼ等身大の人物が主人公だ。
●主人公は音楽や、ビールを愛好し、他者とは深く関わらない。
●村上の作品はその後、「羊をめぐる冒険」や「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」で分裂した自己を描く。
●その後の村上は海外移住するが、地下鉄サリン事件と、阪神大震災に影響を受けて世界にアタッチメント(接触)する作品を発表していく。
●宗教や、戦争にアタッチメントする、ねじまき鳥を経由して、父子関係にアタッチメントする海辺のカフカを書き、現段階では村上世界の集大成としての1Q84を上梓する。
●この作品で村上はさらに深く世界とアタッチメントしようと試みる。
●それが空気さなぎから誕生する青豆と天吾の子供である。
●デッタチメントからアタッチメントそしてバースへ村上世界は漸進を続ける。
●1984年の世界に戻った青豆と天吾…本当のところはよくわからないが。
●生誕した子供がどうなるのか。
●そもそもリトルピープルと空気さなぎ、ふかえりとの関係は?
●BOOK4は書かれるべきだと思う。
























