ごきげんよう。

 
さらっと第一報でお伝えした、京都で
 
屋久島の移住者なーやさんにご指導
いただいて、屋久杉磨きをした
体験レポ、第二報として、今回は
わたくしの内なる気づき編。
 

磨きに磨いた4時間で、流木がツヤツヤの
玉に変わった!
 
「デカっ」と、

主催のヘブンリーのこゆきさんに驚かれたけど、

 
確かに、ひときわでかい。
 

一緒に磨いたリトリート仲間たちの玉も
勢揃いしたら、神々しい光。
 
家に帰って、マザーオブパールビーズに
通したら、森と海の循環する
アクセサリーになった。
 
普段、1つのことにこんなに時間を
かけて、取り組むってあまりない。
 
細切れ時間を繋いでなんとか、こなし、
時間に追われている。
 
早起きして、自分だけの時間を作って
いても、子どもたちがドスドスと
足音を響かせて降りてくると、
 
「あぁ、わたすの時間もこれまでか」
と、時間切れを感じる。
 
だから、一心にひたすら目の前の木片に
向き合って磨いた4時間の時間をかけて
プロセスを楽しむことは、
わたしには新鮮だった。
 
だけど、思い出した。
 
子どもの頃、わたしには時間の概念は
あまりなかった。
 
子どもには時間の概念がなくて、
悠久の時を生きている。
 
それでは、この社会では生きていけない
から、わたしたち大人は時間の概念を
植え付ける。
 
でも、社会性はたっぷりあったから、
まわりに合わせることもできて、
時間を意識して時間を守れた。
 
注意の集中もできるから、
ぐっと集中して、短時間で仕上げられる。
 
週1回の絵の教室で、自分のリズムで
好きな絵を描く時間が大好きだった。
 
思えば、まわりと溶け合い、
あの身を委ねる感覚は内観だった。
 
反面、今は子育てに集中していて、
どうも子どもの悠久の時間を
コントロールしようとしている。
 
「速くしなさい」は、大人のルールなので、
わたしは使わないけど、
(違うやり方はいくらでもある。
知りたい方は、「そだちのしくみ」講座
にいらしてね)
 
それでも、大人の一方的なルールを
押し付けようとしている自分に
ハッとすることもある。
 
他人には求める比率は低いけど、
 
自分には、
宇宙人なので、いつも、結果は俊速!
速さ、最高!
トロトロしてんじゃねーよ!!
で、爆走している。
 
だって、宇宙人からみたら、
地球の時間はまどろっこしい。
 
「ツー」と言えば、
次の瞬間には、
「カー」
と、結果として返ってくる。
 
それが、当たり前だったから。
 
なので、こゆきさんのアロマタッチ講習に
出た時も、2人一組になっての実習で
わたしの組だけ、異常に速かった。
 
癒しじゃないじゃん!
と、また、笑われたけど。
 
3月に吉祥寺のブランソレイユ で、
ブレインパワーをアップする
脳オペのようなトリートメントを
受けた時も、そうだった。
 
サロン主催のまさこさんに、
どういうところを強化したい?
と、聞かれて、かくかくしかじかと
話したことが、
 
トリートメントを始める前のお祈りが
終わって、さぁ!始めるぞ!の段階で、
 
投げた問いへ、答えがスコーンと
光の玉となって、
わたしの中へ入った。
 
それは、わたしだけの幻覚でもなく、
まさこさんもその感覚がわかり、
あまりに速くて、まさこさんと大爆笑。
 
「一応、体のトリートメントと
調整も形としてやっておきましょうね」
と、一通りのプロセスはやっていただいた
けれど、俊速だった。
 
宇宙は、結果、結論ありき。
プロセスなんて、ない。
 
だって、時間の概念がないから。
 
過去も未来もなくて、常に今しかない
から、プロセスなんてない。
 
今、今、今の瞬間の連続だ。
 
だけども、地球には重力があり、
人間としての体もあり、
現実生活では決して
時間は有限ではない。
 
だって、時間という枠組みを
共通意識としてルールを作らないと、
それぞれが、自分の時間を主張して
社会が混乱するから。
 
わたしたちは、社会的な動物なので、
人との関係性で生きている。
 
人との関係をよくするためには、
「ルール」が必要なのだ。
 
その1つが、社会性。
 
発達障害と言われる人にとって、
このルールがわかりづらいのは、
社会性がからむからだ。
 
社会性の問題とも言われている。
 
だけど、社会性なんて、定義がそもそも
そんな感じで、抽象的であいまい
だから、濃度の差があれど、
誰もがその問題を持つ。
 
意識していればの話だけど。
 
だから、わたしは、
日々、時間を意識して、焦っている。
 
本当は、時間なんてないのに。
 
概念上、ルールとして、時間がある
と、しているけれど、物理上、
時間はない。
 
と、理論物理学者の保江邦夫先生も
教えてくださった。
 
時間がない、焦り。
 
それは、体にも出ていて、芦屋の漢方
を処方する不思議な内科の先生にも、
脈診で指摘されたばかり。
 
あまりに時間を意識しなさ過ぎても、
それは人としての社会性に問題が
あるけれど、ほどよく、時間を
使いこなしたい。
 
そして、結果を最速で得ること
(できちゃうのだから仕方ない)
もいいけれど、せっかくなので、
時間の流れという、ものごとの
プロセスも楽しみたい。
 
そんなことを思った、京都の夜。
 
玉磨きその2に続く。