邪の話 | 怖い話します(選集)

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

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矢本って言います。青果市場で働いてます。これね、俺が
14歳、中学2年のときの話なんです。今から10年くらい
前のことですね。俺、今、そんなに太ってないですよね。
身長184cmで体重が72kg。けど、小学校のときは
すごく太ってて、6年生のときは今よりも重かったんです。
まあ当時から背は高い方だったんだけど。だからというか、
運動は苦手だし、性格も引っ込み思案なほうで。
それで、中学校に行くとみんな部活動に入りますよね。
でも俺、運動部は最初から無理だと思ってて、何かいい文化部が
あれば入るか、でなきゃ帰宅部だと考えてたんです。
そしたら親父が・・・あ、うちの親父は青果市場に店を持ってて、

俺、そこで働いてるんです。その親父がね、「お前なあ、
 さすがに太り過ぎだから、何か運動部に入れ。それと、
 家の飯も少し量を減らすぞ」そんなことを言い出しました。
嫌だったけど、当時から怖い親父でね、言いつけには逆らえないんです。
困ったなあと思いました。走るのはまるっきりダメだし、
最初は水泳部って考えたんですけど、その学校の水泳部、
全員がアスレチッククラブでやってる子で、学校での練習は
してなかったんです。で、迷いに迷ったあげく柔道部に入ったんです。
いや、深い考えはなくて、ただ、あんまりランニングとかは
ないんじゃないかと思って。・・・ で、入ってみて、
ランニングはありました。毎日学校の回りを3周走る。

ぜんぜんついてけなかったです。新入部員は俺を入れて6人で
全部男。その中で俺が一番見た目の体格はよかったけど、
運動経験ゼロだから、走っても毎回ビリというか、何周も遅れるんです。
それ以外の基礎運動、腕立て腹筋もぜんぜんできなかったです。
1週間やってみてもう辞めたいと思ったけど、親父が怖くて
言い出せませんでした。ただ幸いだったのは、その柔道部、
弱かったことです。顧問の先生が経験者じゃなくて、練習にあんまり
顔を出さない。だからいいかげんな内容で時間も短い。
先輩方も優しい人が多かったです。でね、1年生の間、試合にも
何回かは出たんですが、全敗でした。試合の結果は柔道カード
ってのに書くんですが、春休み期間に親父がそれを見まして、

「何だこれは、弱いじゃないか。家でも練習しろ」って言い出して、
早朝ランニングをさせられたんです。ほら、さっき青果市場って
言ったでしょ。うちは朝早いんです。親父は4時ころに起きるんで、
俺は5時に起こされて、それから1時間ランニングしてこいって。
逃げようがないんで、あ~あと思いながら走ってました。
コースは、家を出て町内を突っきり、運動公園の近くにある
神社で折り返して戻ってくる。6kmちょっとくらいですかねえ。
もちろん途中で歩いたりしてました。で、あれは5月でした。
その日も走りに出たんですが、何か体が軽かったんです。
あんまり疲れを感じない。慣れてきたのかもしれないって
思いながら神社に着いて、ふだんは鳥居の前で引き返すんです。

けど、その日は時間があまってたんで、お参りしていこうと考えて
参道に入っていきました。ただ、お賽銭は持ってなかったんです。
その神社は小さいとこで、社務所なんかもないし、
賽銭箱は出てるけど、建物の扉は朝はいつも閉まってました。
でね、鈴だけ鳴らして、いちお手を合わせて、「どうか
 体重が減りますように」ってお祈りしたんです。それから
戻ろうとして数歩歩いたら、両足が一度にがくんとなって前のめりに
転びました。手をついたし、顔とかにケガはなかったんですが、
立ち上がると左足のふくらはぎが横に切れて、血がだらだら
流れてたんです。でもそれって変ですよね。前に転んだんだから、
ふくらはぎがどっかに触れたはずはない。痛くはなかったです。

首にタオルをかけてたんで、それで傷口を縛ったら、みるみる血が
染み込んで・・・ ああ、大変だ。早く家に戻って病院行かなくちゃ、
って思いました。そのとき、横の植え込みから何かヒョンと飛び出して
きたんです。最初、猫に見えたんですが、そいつはまったく
人間を怖がる様子もなく、俺の足元まできて参道にこぼれてた血を
ペロペロ舐めたんです。今でもちゃんと覚えてますけど、
その目が真っ黒だったんです。全部が黒目になってた。それと
顔立ちは猫に似てましたけど、毛が長く、耳も長くて先がとんがってました。
そいつの毛が足に触れて、体がぞくぞくってしたんです。
飛び退くと、しばらく血を舐めてましたが、顔を上げて俺のほうを見、
ととっと神社の階段を駆け上がって回廊を走り、

社殿の後ろに消えてったんです。家にたどり着いて、母親に足ケガした
って言いました。タオルは血でぐしょぬれ。けど、母親が「まあ大変」って
タオル取ったら、傷は赤ボールペンで書いた筋みたいで深くもなく、
血も止まってたんです。結局、医者には行きませんでしたし、
翌日にはもう痕が消えかけてましたね。え、カマイタチ? いや、
当時はそんなこと考えもしませんでした。それ以後もランニングはして
ましたよ。神社の中には入りませんでしたけど。でね、それから、
少しずつだけど体重が減ってきたんです。まあ、走ってるし食事量を
少なくされたせいだと思いますけど。1ヶ月後の6月、中総体の大会が
ありました。俺は団体には出ないけど個人には出たんです。最重量級。
人数は少ないけど、みな強くて、今回も1回戦負けと思ってたんですが・・・

なんと優勝しちゃったんです。ありえないですよ。最重量級ってのは、
各チームの団体の大将になってる生徒が多いんです。そんときは、
俺が出した技が全部決まって、相手が1回転してひっくり返ったんです。
自分で奇跡だと思いましたし、回りからもそう言われました。
で、表彰式で賞状と盾をもらったんです。あ、団体のほうは5-0で
1回戦負けで、チームで表彰されたのは俺だけ。でね、学校で
報告会ってのがあるんです。体育館のステージで各部ごとに結果を
校長に報告する。みんな俺が賞状をもらったんでびっくりしてました。
クラスに戻っても、担任が褒めてくれたし、すごくいい気分でした。
そんなの生まれてから初めてだったし。それまでも、体が大きかったから
イジメられたりはしてなかったけど、みなから一目置かれたような感じで。

それで、市で優勝したんで県大会に出るんです。3年生の先輩方は全員
引退で、2年生の先輩とは乱取りしても全部勝ちましたね。
顧問からは「才能が開花したな」みたいなことを言われたんですが、
自分では半信半疑っていうか、一信九疑でした。でね、それから一週間
くらいして、放課後に3年生に呼び出されたんです。いや、柔道部じゃなくて
その学校の不良グループです。ヤキを入れられると思ってビビりきって
たんですけど、仲間に入れって誘われたんです。今にして思えば、
体のでかいやつがいれば何かと便利だと考えたんでしょうね。
グランドの小屋の後ろで囲まれてそれを言われ、断ったら腹にパンチを
入れられました。そっからのことは覚えてないんですが、気がついたら、
不良グループのやつら倒れてたんです。全員が鼻血とか出してました。

俺が投げて、倒れたところを蹴ったり踏んづけたりしたみたいなんです。
けどねえ、記憶がないんですよね。すぐ学校側にわかって、
警察沙汰になってしまいました。ただ、俺はそれまで悪いこととか
してなかったし、呼び出された事情も判明したんで、家裁に行くとか
そういうことはなかったです。うちの親父が全員の治療費を出すことに
なりました。けど、親父は怒ってなかったです。むしろ「よくやった」
みたいなことを言ってましたね。その後、部活動は停止、
県大会は出場辞退になって。この一連の流れ、ほんと自分でもわけが
わからなかったです。早朝のランニングは続けてました。せっかく
体重が減ってきてたし。でね、夏休み前くらいですかね。
あの神社の鳥居の前に来たら、名前を呼ばれた気がしたんです。

うーん、男の声だった気もしますが、はっきりしない。
参道を入ってって、前にここで転んだんだよなあ。そしたら変な動物が
出てきて俺の血を舐めた・・・そんなことを思い出してると、
正面の神社の扉に何かがあったんです。黒っぽい毛のかたまりの
ようなものが。近づくと、それね、前に見た獣だったんです。頭を太い釘で
神社の扉に打ちつけられ、手足はだらんと下がって生きてるようには
見えませんでした。それと、獣の頭の上に半紙を二つ折りした紙が
貼ってあって、そこに大きく一文字、筆で「邪」って書かれてたです・・・
怖くなって逃げて帰りました。それから神社には行かなかったんで、
その後どうなったかはわかりません。結局、柔道部は辞めることになり、
それからは卒業まで無部でしたが、体重は減り続けましたよ。
 

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