夜のバスの話 | 怖い話します(選集)

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

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今晩は、よろしくお願いします。東京でアパレル関連の会社に
勤めてる雨宮ともうします。今からお話するのは、先月下旬、
私の郷里の北陸のある市での出来事なんです。地名までは言わなくても
かまいませんよね。法事があって数日帰郷してたんです。
私の父方の祖父の17回忌ということでした。私は、祖父との
思い出はありません。祖父が亡くなったのは私が6歳のときでしたから、
あんまり記憶がないんです。父は次男で、早くに実家を出て自立していて、
お盆や正月に私を連れて帰るなんてことも ほとんどなかったんです。
あまり子ども好きじゃない、気難しい人だったみたいですね。
それで、父は2年前に亡くなってまして、母は今、入院中です。
ですから、一家の代表として私に出ろって病院から電話がかかってきて。

気乗りはしませんでした。祖父はむかし漁師の網元だった人で、
そのせいかわかりませんが、父方の親戚は気の荒い人が多かったんです。
金曜でしたので、その日は会社を休み、次の土曜は休日なので、
一泊するつもりででかけました。午前中に法事があり、会場のお寺に
たくさん人が来てたのには驚きました。市の助役さんという方もいたんです。
午前10時から始まって、いったん昼食休憩があり、午後もずっとという
長い長い法事で、椅子だったので足は大丈夫でしたが、
お坊さんが何人も来てて、読経の声で頭が痛くなったんです。
あらためて、ああ、祖父って有力者だったんだなって思いました。
それで、法事が終わると宴席になりました。お寺でやったわけじゃなく、
近くにある料亭の広間を貸し切ってのものでした。

そこで、恥ずかしい話ですが、父の兄、私から見れば伯父にあたる人と
口論になってしまったんです。原因は、祖父が亡くなったときの遺産相続の
ことで、私にはまったく事情のわからない話です。伯父はかなり酔っていて、
そのときのことでネチネチと私にからんできて、最初はガマンしてたものの、
とうとうコップのビールを伯父の頭にかけちゃったんです。
それからカバンを持って料亭を飛び出しました。背後で怒声が聞こえましたが、
追いかけてくる人はいなかったです。はい、私も気が強いほうで、
父の一族の血筋を引いてるのかもしれません。外は小雨が降ってましたが、
傘は持ってました。時刻は夕方の5時過ぎ。駅前にビジネスホテルを
取ってたので、タクシーでそこまで行こうとスマホで連絡を取ってみました。
そしたら、雨で利用者が多く、少し時間がかかるって言われたんです。

来てくれるようお願いして、近くにあるバス停の近くで待ってました。
お寺は郊外にあったので、走ってる車は少なかったです。そこで30分ほど
待っても来ないので、もう一度かけてみようかと思ったとき、
バスが近づいてきたんです。青いバスでした。いえ、車体自体は
どこにでもある路線バスでしたが、窓から漏れている照明が青かったんです。
深海を連想するような色でした。とっさに行き先の表示を見たら、
「市内巡回」とあったので、それなら駅前には必ず行くだろうと思い、
乗ることにしました。乗ってからタクシーはキャンセルしようと。
バスが停まり、静かに中央の乗り込み口が開いて、通路に上がると、
全身が青い照明につつまれて深海にいるみたいでした。これ、わざと
青くしてるんだと思いました。何かのイベントバスなんだろうか。

乗車券の機械がなかったので、ちょっととまどってると、
「ああ、お嬢ちゃん、こっちこっち」という声が後部座席のほうから聞こえ、
見ると、袈裟を着たでっぷりと太ったお坊さんが、席から身を乗り出して
手招きしてたんです。ああ、今日はお坊さんと縁がある日だな、
そう思って、軽く礼をし、通路をはさんだ反対側の席に座りました。
そのお坊さんはあまり太ってるので、一人で2人分の座席を占めてましたね。
私が「これ、乗車券は?」お坊さんに聞くと、お坊さんは少し笑って、     
「このバスは無料だよ。乗るのはお金持ってない人ばかりだから。
 それよりお嬢ちゃん、よくこのバスが見えたねえ」どういう意味か
わかりませんでした。「ただ、バス停のところにいたら来たので・・・」
「お嬢ちゃん、もしかして、お寺帰りかな」

「あ、はい、ずっと法事があって、その後は料亭にいたんですけど」
「ああ、やっぱりな、それで見えたんだな」 「・・・どういうことですか?」  
「いや、このバス、普通じゃないだろ」お坊さんはそう言って、
鼻先で前のほうを指したんです。たしかに不思議な光景でした。
まず、乗り口から後ろはガラガラというか、私とそのお坊さんしか
いないのに、前のほうの座席はかなり人がいるようでした。
ようでしたというのは、後ろ側のバスの照明は白に近い明るさなのに、
前になるにしたがって青く暗くなっていき、運転席は真っ暗で
計器類の明かりしか見えなかったんです。それで、「たしかに変ですね。
 これ、路線バスなんですよね?」って確かめたんです。
「ああ、これから夜中、街をぐるぐる回るんだ」 

「じゃあ駅へも行きますよね」 「もちろん」それで一安心しました。
まだ質問したかったんですが、お坊さんが黙ったので私も話をやめたんです。
そのうちバスは広い道から外れ、住宅街のようなとこへ入っていき、
児童公園の前で止まりました。でも、外にバス停らしきものはなし。
乗り口が開いて、黒いシルエットになった人が入ってきたんです。
着ているものがうっすらと見え、スーツ姿のサラリーマンらしかったんですが、
首のところに縄のようなものが巻きつき、後に垂れてたんです。「!?」
その人は音を立てず、滑るような動きで前の空いている座席に座りました。
「今のは・・・」思わずお坊さんに聞くと、「そこの公園のブランコで
 首を吊った人。みうらよしのぶ、38歳の銀行員だな」
「どういうことですか」 「お嬢ちゃん、タクシー怪談て知ってるかい」

「え、あの、寂しい道とかで女の人をタクシーが乗せ、墓地に行ってください
 って言われる」 「そうだ。で、運転手が、お客さん着きましたよと言うと、
 さっきまでルームミラーに映ってた女の姿はなく、座席がじっとりと
 濡れている」 「まさか、このバス」 「そう。タクシー幽霊の話は
 全国にある。亡くなった人が、事故の現場、自宅、墓地などを行き来する
 ために利用してるんだな。といっても無賃乗車だが。
 でな、この市のタクシー組合から依頼されて走ってるバスだよ」
「・・・」 「信じられないかな」 「いえ、でも、幽霊がいるとして、
 どうしてこのバスが幽霊専用ってわかるんですか」
「あの青い照明は、そういう者を引きつけるんだ。逆もそう。
 このバス自体が、霊がいるところを見つけて入っていく」 「・・・」

バスはあちこち寄り道をし、いつまでたっても駅へは着きませんでした。
まあでも、無料なんだし、翌日は休みなので気になりませんでした。
そのバスがどういうものなのか、興味津々だったんです。
バスは乗る人だけでなく、降りる人もいました。
降車ブザーが鳴り、バスは大きなお寺に付属した墓地の前で停まりました。
前の席で影の人が立ち上がり、降りていったようでしたが、
暗くてよく見えませんでした。こうして、本来は20~30分ほどで
駅につくはずなのに、私は3時間近くそのバスに乗ってたんです。
また別の墓地の前でバスが停まりました。それまで動かなかったお坊さんが、
「この子はもういいだろう」そう言って立ち上がり、懐から数珠を出して
指にかけ、バスの前のほうへ通路を歩いていったんです。

バスの降り口のところで、お坊さんが何か話す声が聞こえ、
それから短い読経の後、「かっ!!」という鋭い気合がかけられました。
バスが発進するとお坊さんが戻ってきたので、「今のは?」と尋ねました。
「交通事故で亡くなった中学生の女の子だ。昨日、ひき逃げ犯がつかまってな。
 そろそろ成仏させてやろうと思ったわけよ」 「・・・」 「いつまでも
 霊としてこの世にとどまっているのはよくない。きりがいいところで引導を
 渡すのが拙僧の仕事」 「ああ」やがてバスは明るい道に出て、それから
駅まではすぐでした。私はブザーを押し、お坊さんにお礼を言って通路を前に
行きました。両側に座っている霊たちはやはり影のようでしたが、
さわさわと身じろぎしてるのがわかりました。駅前に降り立ってバスを見ると、
青い窓から、霊たちの気配が私を見下ろしていました。これで終わりです。