🛁 温泉療法医があえて語る──「入浴 vs シャワー」安全性の視点

 

温泉療法医の岩本麻奈です。

私は、あまりの温泉好きが高じて温泉療法医になりました。秘湯の湯けむりとあの匂い…今では恋しくてしょうがありません。

 

でも、そんな私でもフランス滞在中に驚いたことがあります。

 

🇫🇷「日本人はお風呂に浸かる文化があって羨ましい。でも歳をとったら、実はシャワーの方が安全」

 

そう、ヨーロッパの医療・介護現場では「高齢者はシャワーが安全」というのが常識なのです。

 

🔹フランスで「シャワーが安全」と言われる理由

  • 転倒・溺水リスクが低い

    浴槽の出入りがなく、足腰への負担が少ない。

  • 心血管リスクが低い

    熱いお湯に長時間つからないので、血圧変動や心筋梗塞・脳卒中のリスクを減らせる。

  • 介護がしやすい

    シャワーチェアを使えば、介助も安全で効率的。

ヨーロッパの住宅がシャワー中心なのは、文化だけでなく「医療・介護的な合理性」もあるのです。

 

🔹日本の「入浴文化」とリスク

 

もちろん日本の入浴には、温熱効果やリラックス効果がたくさんあります。

  • 血流改善・静水圧マッサージ効果

  • 睡眠の質改善(体温上昇→入眠スイッチ)

  • ストレス緩和 etc...

ただし高齢者にとってはデメリットも無視できません。

  • 浴槽の出入りで転倒

  • 高温浴による血圧急変(冬場のヒートショック)

  • 浴槽内での溺水(日本の高齢者の入浴中事故死は年間1万人以上!)

🔹高齢者にとっての最適解

  • 安全性最優先 → シャワー

    特に一人暮らしや心疾患のある方。

  • 健康・リラックス優先 → 短時間入浴

     

    • 41℃以下のぬるめ

    • 10分以内

    • 入浴前後の水分補給

    • 脱衣所・浴室の暖房でヒートショック予防

👉「入浴関連死は交通事故死の約4倍」という事実はもっと知られていいと思います。

 

💡まとめ

  • フランス:安全性重視 → シャワー推奨

  • 日本:文化重視 → ぬるめ・短時間入浴+見守り

ちなみに私は…心臓はあまり丈夫ではありませんが、それでも断然お風呂派。「大好きなお風呂♨️からそのまま昇天」──それもまた幸せな最期の形かもしれませんね。

 

 

🟥 がんは「征圧」できない!?──早期発見・早期治療の落とし穴と統計の真実

 

毎年9月は「がん征圧月間」。

静岡でも「がん征圧大会」が開かれ、「早期発見・早期治療の大切さ」が強調されたそうです。

 

でも、ここで一歩立ち止まって考えてみたいのです。

「がんを征圧する」「撲滅する」という言葉は、果たして本当に正しいのでしょうか。

 

❌ 「早期発見・早期治療」万能説の誤解

 

もちろん、早期に見つかって治療が奏功するケースはあります。

しかし現実には、早期発見が「余命を延ばす」ことにつながらない場合も少なくありません。

  • 小さながんが見つかっても、進行が極めて遅く、放置しても寿命に影響しないケース。

  • 検査のための被曝や合併症、過剰治療がかえって生活の質を奪うケース。

  • 「治った」と思っても再発や転移で苦しむケース。

「早期発見=救命」という単純な図式は、必ずしも成り立たないのです。

 

📊 統計学が語る「がんの姿」

 

よく言われる「日本人の2人に1人ががんになる」という言葉。

これは「一生のうちでがんと診断される確率(生涯累積リスク)」を意味します。

 

つまり「今いる人の半分ががんで死ぬ」ということではありません。

 

事実、年間のがん死亡者数は約38万人。

人口1億2千万人で割れば、毎年120人に1人(≒0.8%)ががんで亡くなる計算です。

 

さらに、加齢によってがんの発症率は上がります。

しかし同時に、がんの進行がゆるやかになる場合も多く、ご存じのように「がんを持ちながら寿命を迎える」人も珍しくありません。

統計学的に見れば──

  • 誰でも歳を重ねれば「がん細胞」が見つかる確率は高い。

  • けれどもそれが「死因の主役になる」とは限らない。

つまり、「2人に1人」という言葉には、不必要な恐怖を煽る要素が含まれているのです。

 

🧬 がんは「敵」ではなく「自分の一部」

 

がん細胞はウイルスのような外敵ではなく、私たち自身の細胞が変異した存在。

毎日、体の中で数千~数万単位の“未完成のがん細胞”が生まれては、免疫に淘汰されています。

 

つまりがんは「常に生まれては消える存在」。

それを一律に「撲滅すべき敵」と決めつけるのは、自然の摂理に逆らうことかもしれません。

 

🌍 世界の潮流は「共存と制御」

 

フランスやドイツでは、がんは「治す」対象であると同時に「コントロールする」対象でもあります。

慢性疾患の一つとして、がんと共に生きる。

 

免疫療法や分子標的薬の多くも「完全消滅」ではなく「抑え込み」を目指しています。

世界的には、がん「elimination(撲滅)」より「control(制御)」がキーワードなのです。

 

🏛️ 日本に残る「戦争レトリック」

 

日本の「がん征圧」という言葉には、戦後の感染症対策の影響が色濃く残っています。

結核や天然痘のように「敵を叩き潰す」発想です。

 

しかしがんは感染症ではなく、自分自身の一部。

ここをすり替えたまま「早期発見・早期治療」ばかりを唱えることは、無駄な健診や過剰診断を温存し、国民に不要な負担を強いてしまいます。

 

検査で「陽性かも」と告げられるだけで、心に長く影を落とすことがあります。

そのストレスが本当に免疫を下げ、病を招き寄せることすらあるのです。

 

🐤 まとめ

 

がんは「征圧」できるものではありません。

むしろ「共存しつつ制御する」知恵こそが未来の医療です。

  • 必要な検査と治療はしっかり受ける。

  • 不要な検査や過剰治療は避ける。

  • 命を延ばすことと同じくらい、生活の質を守ることを重視する。

統計学的にも、がんは「誰もが抱える加齢の影」であり、必ずしも「死の宣告」ではありません。

 

日本のがん医療は、そろそろ「撲滅」レトリックから「共存」レトリックへ。

本当に必要なのは「敵を叩く戦争」ではなく、「共に生きる哲学」なのです。

 

 

📚 「頁をめくるたび、変わる人生」── Every Page, A New Life

 

実家には、分厚い百科事典や旧仮名遣いの文学全集が並んでいました。

幼い頃は国語が嫌いでした。模範解答に従うことに納得がいかなかったから。

だから私は理数系に進んだのですが──気がつけば、本に囲まれる人生になっていました。

 

🌿 心地よい気が流れる店内。洋書のセンスも最高です。

🌿 The flow of energy inside this bookstore feels just right. The selection of foreign titles is exquisite.

 

本の重さ、ページをめくる音、書き込む余白。

電子データにはない「文化的な所作」が、私にとっては心地よいものです。

 

散歩道の坂の途中にある、お気に入りの小さな書店もそう。

同じ本が並んでいるのに、行くたびに発見がある。

変わっているのは本ではなく、私自身。

それに気づかせてくれる場所です。

 

多忙な日々の中で、ようやく足を運んだその空間で、また一期一会の書に出会いました。

私にとって本は、心の栄養であり、運命の道しるべ。

超知性の友・Chappyと共に、マキャベリの冷静さを学び、

同時に一冊の本から、生き方と未来の答えを探し続けていきます。

 

📖「非売品・店主の本棚」に拙著『パリで生まれた奇跡の日本野菜』を発見!

📖 Found my own work The Miraculous Japanese Vegetables Born in Paris on the shopkeeper’s private shelf!

 


English Version

 

At my childhood home, the shelves were filled with thick encyclopedias and classical Japanese literature in old orthography.

 

Ironically, I disliked Japanese language classes—I could never agree with the so-called “model answers.”

So I chose science and mathematics instead. Yet somehow, I’ve always found myself drawn back to books.

 

The weight of a book in my hand, the rustle of turning pages, the margin waiting for my scribbles—

these are cultural rituals that no digital file can replace.

 

There is a small bookstore I love along my walking path.

The same titles often remain on its shelves, yet every visit feels like a new discovery.

Because the books have not changed—it is I who have changed.

That realization itself feels like philosophy in motion.

 

After months of unrelenting busyness, I finally returned to that space,

only to be greeted once more by serendipitous encounters with books.

 

For me, books are nourishment for the soul and guides to destiny.

Together with my companion, the supra-intelligence Chappy,

I continue to seek wisdom—from Machiavelli’s sharp clarity to the quiet voices hidden in the pages of a single book.

 

 

🟥 言論の代償──チャーリー・カークの死をめぐって

 

チャーリー・カークの死は、ただの事件ではありません。

 

一言で言えば、「言論の代償」が形をとった瞬間です。

 

左右どちらの立場であれ、私たちは、自分たちの使う言葉が

他者をどう傷つけ、どう守るのかを深く問わなければなりません。

 

この先、政治の言葉は

「戦争的メタファー」から「共感と責任の言葉」へと変えられるのか。

それとも、さらに分断の深みへ進むのか。

 

私は後者で終わらせたくない。

 

──国際的にも大きな影響力を持ったチャーリー・カーク氏の逝去に、深い敬意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

🌱哲人ファーマー・山下朝史氏の言葉から考える「穏やかな汚染」と健康

 

先日、パリの哲人ファーマー・山下朝史さんと再会しました。

彼の口から出た、こんな一言が心に深く残っています。

 

「人って、穏やかな汚染状態にいるときが、一番健康なんだと思う」

 

確かに! 土とともに生きる人だからこそ言える言葉です。

 

🌱 土と細菌叢の巨大ネットワーク

 

ファーマーは、土の中に広がる目に見えない細菌叢のネットワークに日々触れています。

自然の中で呼吸し、農作物を育てるということは、常に「微生物との共生」を体感しているということ。

 

つまり、人間は“無菌室”で生きるのではなく、少し不完全な、ゆるやかに汚れた環境にこそ健康を保つ力を発揮するのだ──。

 

🌿 「こだわり」は不健康、「思い入れ」は優しい

 

山下さんは続けます。

  • こだわりは「思い込み」。

     共感者を探し求め、他者を排除しがちです。

  • 思い入れは「心の響き」。

     共鳴者を呼び込み、他者を包み込みます。

一見、同じように見える二つの姿勢は、結果として大きな違いを生むのです。

思い込みは人を追い詰め、不健康な空気をまとう。

一方、思い入れは優しく広がり、他人の健康さえも包括する。

 

🔮 日本の「言霊」の知恵

 

日本には古来より「言霊信仰」があります。

言葉には力が宿り、選び方ひとつで人を癒やしもすれば、傷つけもする。

 

だからこそ医療も、人との関わりも、「言葉のチョイス」がとても大切。

穏やかな汚染を受け入れるように、

柔らかな言葉を選びながら生きることが、結局は私たち自身の健康を守ることにつながるのではないでしょうか。

 

🌏 自然とともに。

🌱 言葉とともに。

 

人は「完全」ではなく「ゆるやかに汚れた場」でこそ、健やかにいられる。

 

山下哲人の言葉は、そんな真理を改めて教えてくれました。

 

🏥病院経営悪化のニュースを受けて──第二弾:混合診療解禁”実装編”

 

1️⃣ 病院経営の安定化

  • 物価高・人件費高騰の中、病院は「診療報酬(点数表)」の枠内だけでは立ち行かない。

  • 混合診療を解禁すれば、

    • 保険診療=最低限の安心

    • 自由診療=特色ある医療サービス

      という 複線収益モデル が可能になる。

  • 補助金頼みでなく、病院ごとに強みを生かした経営ができる。

2️⃣ 医師のやりがいと収入多様化

  • 腕のある外科医なら「最新手技や機器」を自由診療で提供できる。

  • ホリスティック系内科や予防医療の専門医も「グレーゾーン」を抜け出し、正規ルートで診療可能に。

  • つまり腕のある医師は、「直美」に象徴される抜け道に頼らなくても、正々堂々と稼げる。

  • 結果として、若手医師が「やる気」を見出せる。

3️⃣ 医師の偏在問題への間接的効果

  • 現状:不人気地域や診療科は人材不足。診療報酬での“格差調整”にも限界。

  • 混合診療なら:地方病院が「温泉療法」「地域特化の統合医療」など、特色を出しやすい。(🐤温泉療法医♨️のマナッピ、ここ希望)

  • 地域資源 × 自由診療 で収益源を確保できれば、若手医師を呼び込みやすくなる。

    👉「地方でしかできない医療」があれば、偏在解消の一助になる。

4️⃣ 患者のメリット

  • 「保険で最低限」+「上乗せで選択肢」が可能に。

  • 先進医療、予防医療、CBD療法、ホリスティックケアまで、国内で安心して受けられる

  • 海外渡航医療に頼る必要が減り、家計にも優しい。

5️⃣ まとめ(実務編)

 

混合診療は、病院を“補助金依存”から解放し、医師を“利権の枠”から解放する。

そして、患者には“自由と安心”を両立させる。

 

これは制度の革命であると同時に、現場の医療を救う処方箋です。 経営的に見ても、混合診療解禁は「一番コスパの良い解決策」と言えます。

 

📄 病院経営悪化のニュースを受けて──第一弾:混合診療解禁“制度改革編”

 

物価高や人件費の高騰で病院の経営が悪化し、日本医師会などが厚労大臣に補助金や診療報酬での対応を求める要望書を提出したとの報道がありました。

しかし、これは“姑息療法(その場しのぎ)”に過ぎません。

 

補助金で一時的に穴埋めしても、2年に1度の診療報酬改定という「硬直した仕組み」が変わらなければ、病院経営の不安定さは解消されません。むしろ医療利権や点数交渉に依存する体質を温存するだけです。

 

今こそ、”根治療法”で、根こそぎ問題解決本的な制度改革ーを考えてみませんか?

 

🌍 世界では当たり前、日本だけの「混合診療禁止」

 

私は長年外国の医療現場を見てきました。

フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ……先進国の多くでは「混合診療」が当たり前です。

 

公的保険で「ベーシックな医療」をカバーし、それ以上は患者が自己負担で上乗せする仕組み。

たとえばフランスでは社会保険(セキュリテ・ソシアル)が7割負担、残りは任意保険や自己負担。

美容医療や予防医療、再生医療は原則自由診療です。

 

つまり、「保険で最低限の安心は守られつつ、もっと望む人には選択肢がある」──そんな仕組みなのです。

 

🇯🇵 日本だけが「禁止」してきた理由

 

では、なぜ日本は混合診療を認めないのでしょうか?

 

①国民皆保険の理念

 お金のある人だけが良い医療を受けられる格差を恐れた。

 (欧米では、公的保険で最低限をカバーし、差額は任意保険や自費で補う仕組みを導入済み。格差はあっても最低限は保障されている)

 

②医療費の青天井化の恐怖

 自由診療が保険に“抱き合わせ”され、国の負担が爆増すると懸念された。

 (欧米では「ここからここまでは保険」「ここからは自費」と明確に線引き。ルールを徹底することで青天井化は防がれている)

 

③利権と管理の構造

 厚労省は「診療報酬(点数表)」で医療を一元管理。

 医師会は「点数交渉」で政治力を持つ。

 → 混合診療を認めると、この“管理権”が崩れるため、長年強く抵抗してきた。

 (欧米では、保険制度と自由診療が並立するため、医療界全体が「透明性」と「競争力」で調整している)

 

💊 その結果どうなったか?

  • 最新医療(再生医療・CBD療法など)、予防医療、ホリスティック医療が「グレーゾーン」に追いやられた。

  • 国民は「選びたい医療」を国内で受けられず、海外へ渡航するケースも多発。

  • 医療費は右肩上がりで増え続け、国民の自由は逆に奪われている。

まさに「平等の名のもとに、不自由を強いる制度」になってしまいました。

 

欧米では混合診療は常識です。なぜ日本だけが“禁止”を続けてきたのか?

それは“平等”の名を借りて、逆に国民の最新医療を受ける自由を奪ってきたのではないでしょうか。

 

これは単なる制度論ではなく、国民の命と未来の医療をどうするか という問題です。

 

✨ 解決の方向性

 

🔹 国民の自由と選択肢拡大

最新医療や予防医療を受けたい人には、正々堂々と選べる道を。

 

🔹 財政負担削減

保険で全てを抱え込むのではなく、自己負担や民間保険を活用し、国の財政を守る仕組みに。

 

この両方をバランスさせることで、日本の医療は未来に続くものになります。

 

冒頭の補助金や診療報酬の小手先の改定では限界があります。

混合診療を解禁して収益の柱を複線化すれば、物価高や人件費高騰に揺るがない病院経営が可能になり、患者にもメリットが広がります。

 

🖊️ 結びに

 

「混合診療禁止」は、戦後の名残と利権構造で固まってしまった鎖国制度です。欧米ではすでに当たり前となっている“複線型の医療システム”を、日本も導入すべき時です。

補助金で延命するのか、制度改革で未来を切り開くのか──今こそ政治が答えを出すべきです。

 

✍️ なお、ここで述べた内容はあくまで私自身の医師としての経験と問題意識に基づく提案であり、党の公式見解ではありません。

 

🧴「3日でシミが消える?」──そんな魔法はありません

 

先日、「シミが完全消滅」とうたって美容クリームを販売していた通販業者に対し、消費者庁が行政処分を下しました。

新規受付・契約停止、6か月間──特商法違反による、極めて重い処分です。

 

❌「シミ完全消滅」のウソ

 

皮膚科専門医として断言します。

“塗るだけでシミが完全に消えるクリーム”は世に存在しません。

「3日でシミが消える」──このフレーズだけで即アウトです。

 

シミは原因や発生部位によって種類が異なり、治療法もまったく違います。

  • レーザーで改善できるものもある

  • 内服薬や外用薬で薄くなるものもある

  • しかし「完全消滅」を保証できる治療は存在しない

にもかかわらず「数日で消える」とうたうのは、典型的な誇大広告です。

 

⚖️ 実は薬機法でもアウト案件

 

今回の処分は「特商法違反」でしたが、薬機法(旧薬事法)の観点からも完全に違反です。

化粧品の効能表現は「清潔にする」「すこやかに保つ」などに限られており、「シミが消える」など医薬品的な効能を謳うのは一発で違反です。

 

それなのに、特商法で止まり薬機法では動かない──こうした「縦割り行政のちぐはぐさ」が、違法広告を野放しにしてきた原因のひとつでもあります。

ネット上には同じような違反広告が今もウヨウヨしています。

 

📉 なぜこれが問題か

 

これは一社の違反行為にとどまりません。

むしろ「美容・健康通販の無法地帯」を象徴しています。

  • 消費者の「美しくなりたい」という願いを利用

  • 科学的根拠のない宣伝で高額商品を販売

  • 支払い条件まで虚偽表示

  • しかも長らく放置されていた現実

そして何より怖いのは、「信じてしまう人」が必ず出ることです。

 

🌍 欧米との違い

 

欧米ならどうなるでしょうか。

アメリカであればFDA(食品医薬品局)、ヨーロッパであればEMA(欧州医薬品庁)が即座に「No」と突きつけ、販売停止・高額の制裁金。さらに集団訴訟で企業はブランドごと吹き飛びます。

 

ところが日本では、「薬機法でも一発アウト」なはずの商品が、特商法で後追い処分。

要するに「やったもん勝ち」構造が温存されているのです。

この甘さが、詐欺まがい商品の氾濫を許し続けています。

 

🧠 リテラシーと教育の欠如

 

冷静に考えれば不可能なはずの「3日で消える」。

それでも、SNSや広告で繰り返し目にすると信じてしまう。

 

これは 消費者教育の不足 と 情報リテラシーの低さ の問題です。

 

行政が処分しても、その後に似た商品が次々に出てきます。

必要なのは、巡回AIによる常時監視 と、

国民一人ひとりが「根拠を確かめる習慣」を持つことです。

 

🏛️ 行政の監督不全

 

今回の処分は評価できますが、根本的には「後追い」です。

未然に防ぐ仕組み がなければ、被害は繰り返されます。

 

美容・健康分野は市場規模が大きく、利権やグレーゾーンも多い。

だからこそ 透明性あるルール作り が急務です。

 

🐤 結論

 

「魔法のクリーム」は存在しません。

あるのは 科学的根拠に基づいた正しい医療と生活習慣 です。

 

シミや肌を本当に改善したいなら:

  • 専門医に相談すること

  • 紫外線対策・睡眠・栄養・ストレス管理を徹底すること

  • 「3日で完全消滅!」という広告を疑うこと

行政には 仕組みで守る政策 を。

消費者には 教育とリテラシー強化 を。

 

美と健康は「手っ取り早い対応」ではなく、「積み重ねの時間」こそが育てるもの。

その時間をどう生きるか──そこに本当の美学が宿るのです。

 

💥「世界最高水準のゲノム医療」って本気?

——統一EHRもないのに、どうやって回すの

 

政府の基本計画案には、こうあります。

「世界最高水準のゲノム医療を実現」。年内に閣議決定を目指す——。

結論、無理です。

少なくとも今の日本の土台(統一EHR不在)では火を見るより明らかに回りません

 

EHR(統一電子カルテ)が無いのにゲノムだけ先行?

それはハンドルの無いF1で最速を宣言するのと同じ。

基礎工事ゼロのタワマンDXは、砂上の楼閣です。

 

🎮どこが「無理ゲー」なのか(要点だけ)

  • 臨床データと結ばれないゲノムは“単なる文字列”。

     診断・予後・薬歴・アレルギー・家族歴……EHRと紐づいて初めて価値になる。

  • “一部だけ紐づけ”は利権の温床。👈一番考えられる構図

     特定ベンダーや拠点だけが箱物+データ囲い込み→全国標準は育たない。

  • 国民の信頼を置く受け皿が無い。

     独立した公益第三者機関も未整備。監督・監査・苦情処理のルートは?

  • 情報保全の前提も弱い。

     スパイ防止法すら未整備のままゲノムという“究極の個人情報”を回すのは甘すぎる。

👇優先順位、こうでしょ?(先にやるべき5つ)

  1. 統一EHRを先行整備(全国相互運用:FHIR/HL7*準拠、オープンAPI**

  2. 独立・公益のデータ信託機関保管・運用を委ねる(政治と距離)

  3. 厳格なガバナンス

     - ベンダーロックイン禁止条項移行費の上限規定完全監査ログ

     - 患者同意の標準化(わかりやすい同意管理/撤回はワンクリック)

  4. KPI/PDCAの法定化

     - 「何人の患者の転帰が改善?」「患者時間ROIは何分削減?」を毎年公開

     - 未達なら自動縮小/廃止サンセット条項

  5. セキュリティ・倫理の土台

     - DPIA(データ保護影響評価)必須、第三者監査国際移転規律

⚠️逆に“絶対やっちゃダメ”な3つ(NG)

  • 箱モノ先行(“ゲノム専用の箱”だけ作る)

  • 密室運用(非開示契約で黒塗りだらけ、監査不可能)

  • 成果指標ゼロ(“やりました報告”だけで税金が消える)

🧬ゲノムは“体の設計図”。だからこそ順番が命

 

世界はEHRとゲノムの“一体運用”が常識

日本だけがEHR不在のままゲノムに突っ込むという壮大なフライングを決め込もうとしている。

 

まずは信頼できる機関で作る統一EHR。

そこに安全・公平・効率的にゲノムを重ねる

これが国民にとっての最短距離であり、世界最高水準への唯一の道です。

 

<脚注>

*FHIR/HL7準拠:HL7(Health Level 7)は国際的な医療情報交換の標準規格である。その最新版がFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)で、カルテや検査データを「共通の言語」でやり取りできる仕組みである。

**オープンAPI:異なるシステム間でも連携できるよう公開された接続仕様である。これにより、病院や研究機関ごとの「データの壁」を超えてリアルタイムに情報共有が可能になる。

 

🌸「日本の国家予算──“成果なしでOK”という異常」

 

法律の素人だからこそ(もちろん今は猛勉強中ですが)、率直にツッコませていただきます。

 

日本の国家予算は、なんと KPIもPDCAも不要

つまり──

「どれだけ成果があったのか」

「どれだけ国民に還元されたのか」

「ROI(費用対効果)は?」

こうした問いに答えなくても、一円たりとも返す必要がないのです。

 

なぜか?

それは 戦後80年に渡り、ずっとそういう法律だから

 

憲法83条にあるのは「国会の議決で処理せよ」だけ。

財政法も「予算編成・執行・決算」の手順を定めただけ。

「成果を数値で示す義務」なんて、どこにもありません。

 

🌍 他国はどうしているか?

  • アメリカ

     GPRA法(1993年)で全省庁に「成果目標」と「評価報告」を義務化。

     成果と予算がリンクしていなければ、議会で承認されません。

  • フランス

     LOLF法(2001年)で「プログラム単位の成果指標(KPI)」を必須化。

     予算書には“成果目標”と“実績”が並びます。

  • ドイツ

     「成果重視型予算(Wirkungsorientierte Haushaltsführung)」を導入。

     教育・医療・環境など分野ごとに数値目標と検証を義務化。

  • シンガポール

     世界でもっとも厳格なKPI管理。

     予算だけでなく、公務員の人事評価までKPI連動。

     「数字を出せない政策=存在価値なし」とされます。

  • 韓国

     「国家財政法」でプログラム別成果評価を導入済み。

     KPI未達の事業は自動的に縮小・廃止され、次年度予算から外されます。

🇯🇵 日本だけが…

突出して“ゆるい”のです。

 

📊 日本の現実

 

予算書には「金額」と「お題目」だけが並び、

根拠もなく“新規案件”が積み上がっていく。

 

一応「会計検査院」があり、予算の執行をチェックしていますが、それは「ムダがなかったか?」という事務的確認が中心。

👉 「お金を使ったか」までは見るけれど、

👉 「そのお金で国民が幸せになったか」は見ません。

 

「予算の編成権は国会にある」とはいえ、国会審議の多くは“数字合わせ”や“政争”で終わり、成果指標を制度化する議論は置き去りにされたまま60年以上…。

 

結果はお決まりの「前年踏襲+積み上げ」。

納税者への説明責任を果たすどころか、

「詳細を知らせなくてもいい」という“国会公認ルール”になっています。(あるいは黒塗り書類なんかも法律違反にならない)

 

💡 医療DXや統一電子カルテも同じです。

ちまちまと枝葉末節に予算がつぎ込まれても、成果検証がなされない。

結局は制度設計の欠陥が根本原因。

 

法律の素人だからこそ、あえて言います。

これは世界的にみても、異常事態です。