🐳 動かない日本──第2章 震災を“永遠化”した国のしくみ
🏚️「復興」という言葉の魔法
東日本大震災から14年。
津波の傷跡は癒え、瓦礫も消えました。
けれど、「復興予算」だけは生き続けている──。
たとえば令和8年度の概算要求では、「東日本大震災復興特別会計」関連で約60億円/年が計上されています。
もちろん、まだ現地に課題があるのは事実です。インフラ維持、被災者支援、心のケア…。でも、人口が減り、被災者の多くがすでに転出している地域に、毎年ほぼ同額の予算がつき続ける──
それは「必要だから」ではなく、“減らせない構造”だからなのです。
⚙️ 予算が独り歩きする構図
復興予算の流れを見てみると、驚くほど複雑です。
国(復興庁) → 県・市町村 → 外郭団体・NPO → 受託企業 → 実施事業 → 現場
途中の“層”が多すぎて、
現場に届くころには金額もスピードもすっかり痩せ細っています。
さらに、事業を担う団体が「次年度も予算を確保するため」に、
“続ける理由”を探す構造になってしまう。つまり、復興の完了は誰の利益にもならない。
この「止められない予算」は、すでに目的を見失い、
“予算を執行するための予算”になっているのです。
📉「終わらない」理由は、制度設計の欠陥
実は、復興予算が縮小しないのは政治的リスク回避の結果でもあります。誰も「削減」と言えない。
「まだ苦しむ人がいるのに…」と批判されるのが怖いからです。
だからこそ、制度上も予算が自動延命されるように作られている。事業の成果やKPIを問う仕組みがないため、“年度ごとの儀式”として続いてしまう。
いわば、「終わらせる勇気」が制度から欠落しているのです。
🏗️ 現地に残る「象徴的な箱」
被災地を訪れると、立派な建物が並んでいます。
防災交流センター、復興記念館、地域産業創生プラザ…。
しかし実際は、利用者ゼロに近い施設も少なくありません。
地元の人たちは口を揃えます。
「あの建物、誰も使ってないんだよ」
「お金をかけたのに、人がいない」
それでも、管理維持費だけは毎年計上され続ける。
“モニュメント化した予算”がそこにあるのです。
🌍 世界では“終わり方”を設計する
海外では、災害復興に「期限」と「出口戦略」があります。
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国 |
期間 |
特徴 |
|---|---|---|
|
🇺🇸 アメリカ(FEMA) |
原則5年以内に通常予算へ移行 |
成果報告書を議会が審査 |
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🇫🇷 フランス |
被災地域に「時限税控除」制度 |
経済が回復したら自動終了 |
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🇳🇿 ニュージーランド |
クライストチャーチ地震復興庁:7年で解散 |
民間主導に切替後、閉庁 |
対して日本は──14年存続!?
「復興庁」:設立2012年 → 延長 → さらに延長 → 現在2031年まで延長中
つまり、“終わらせることを想定していない”復興庁。復興が目的でなく、ただその存在が目的になっているのです。
💡 提案:「Exit Plan(出口計画)を義務化せよ」
私は、これを制度的に変えるべきだと考えます。
🧩 提案骨子
1️⃣ 予算ごとに「終了条件」を設定
事業開始時に「成果KPI」と「終了基準」を明示。
到達した時点で自動的に予算停止。
2️⃣ 「延長理由書」の公開を義務化
延長時には、定量的な根拠と評価報告を公開。
“情緒”ではなく“データ”で説明する文化へ。
3️⃣ 独立監査機関によるクロスチェック
復興庁とは別の第三者が事業の有効性を審査。
行政の“自己評価ループ”を断つ。
4️⃣ “使い切る文化”から“残す文化”へ
余剰予算を翌年度に繰り越せる制度に変更し、
「無理に使い切る」インセンティブを廃止。
🕊️ 結びに──「終わらせること」は、冷たさではない
「まだ苦しむ人がいるのに…」
この言葉を盾に、延命されてきた事業は少なくありません。
でも、終わらせることは、見捨てることではない。
むしろ、次の課題へリソースを回すための“愛ある整理”です。
復興の名のもとに、
“生きる人たちの未来”を止めてはいけない。
🐤 今日のひとこと
「復興を終える勇気は、国を再生させる勇気。
※本稿の数値は各省庁の令和8年度概算要求および公開資料に基づきます。
※本稿は私個人の忘備録であり、党の公式見解ではありません。









